上 下
432 / 1,103

431.【ハル視点】船着き場の顔役

しおりを挟む
 昼を少し過ぎた頃、俺達の乗った船は無事に目的地に到着した。風が無いからと到着が遅れる事も多いのがこの川の難点なんだが、定刻通りに到着するなんてかなり運が良い。

 そんな事を考えながら船を下りて歩いて行くと、不意にアキトが立ち止まった。大きく見開いた目をパチパチと瞬きしながら、不思議そうに建物を観察している。予想外の事が起きた時の動物みたいな反応だな。そんな所もすごく可愛い。

「ああ、やっぱりそうなりますよね」
「そういえば俺もなったなぁ」

 クリスとカーディさんの懐かしそうな会話を聞きながら、アキトは隣に立っている俺をじっと見上げて口を開いた。

「戻ってきた?」

 そう言いたくなる気持ちは分かるけれど、俺達はきちんと移動してきたよ。

「いや、戻ってきてないよ」

 俺の答えを聞いても、アキトはまだ不思議そうな表情のままだった。

「アキト、とりあえず建物から出ようか」
「うん」

 俺の提案に素直に従ってくれたアキトは、建物を出るなり街並みを眺めながらポカンと口を開けたまま固まってしまった。予想以上の良い反応だな。

「えーっと…俺達ここまで移動してきたよね?」
「うん、してきたね」

 それは保証するよと三人揃って頷いた。クリスとカーディさんもアキトの反応を楽しんでるな、これは。他の人なら何で勝手にアキトの反応を楽しんでるんだと思うけど、この二人ならまあ許せる。

「でもここってさ……ちょっとそっくり過ぎない?」
「そっくりだな」
「ええ、かなり似てますよね」
「かなりというか相当?アキト、俺も最初は戸惑ったよ」

 慰めるようにそう口にすれば、アキトはホッとした顔でへにゃりと笑ってみせた。ああ、可愛い。

「なんでこんなに似てるの?」
「船着き場同士で張り合ってるから、かな」

 どこまで話せば良いのか悩みながら、俺はアキトに説明を始めた。

 この二つの船着き場はそれぞれ違う人が取り仕切ってる事。顔役の二人は別に仲が悪くは無いけれど、それでもお互いに対抗意識がある事。

 この二人がお互いに惚れてるってのは有名な話なんだけど、そこはまあ今は教えなくても良いかなと説明を省かせてもらった。その辺りに触れると無駄に長くなるからな。

 両片思いの二人は、色んな建築様式の建物があって面白いんだと聞いたら、もう一つの船着き場もそれを作ったし、道には迷うけどその分新しい発見が出来るんだと聞いたら、それならうちにもと複雑な道を作った。

 きっかけが何であれ、それが面白いって事で逆に観光客が増えたから、領主も何も言わなくなったんだよな。

 きっとこの意地の張り合いは、これからも続いていくんだろう。

 顔役同士がくっつくのを応援する組織まであると聞いた事があるが、これもわざわざ言わなくて良いだろう。

「はぁー…なるほど」
「乗船手続き用の建物に絵が入ったと思ったら、すぐにもう片方にも絵が入りましたからね」
「ああー俺は店の数が均衡してるって聞いたなー」

 あえて省いた説明には気づいているだろうに、クリスとカーディさんもそれには触れずに話を合わせてくれた。

「ちなみに昔は、どちらも船着き場って呼ばれてたんだよ」
「ええーでもそれは、さすがに分かり難いよね…」
「うん、かなり分かり難かったよ。それで今は、川上の船着き場とか川下の船着き場とか呼ばれてる」

 アキトは不思議そうに、なんで街の名前をちゃんと考えないんだろうと呟いていた。顔役の二人が、名前が一緒なのが嬉しいとか言うからだよとはさすがに言えないな。

「そろそろ移動しようか」
「うん」

 そっと手を差し出せばすぐにきゅっと握り返してくれるのが、たまらなく幸せだ。しかも川上の船着き場を出た時はただの恋人同士だったのに、今は伴侶候補同士なんだよな。そう思うと、自然と笑みがこぼれてしまった。

「アキト、こっち」
「あ、ごめん。ぼーっとしてた」
「ここは危険じゃないから良いんだけどね、人は多いから気をつけて」

 俺は優しくアキトの手を引きながら、高低差のある街中をどんどん進んでいった。

「お腹はまだ空いてない?」
「俺はまだ空いてないな」

 朝ごはんが豪華だったからと笑うアキトに、俺も笑みを返す 

「アキトはお腹空いてないって」

 俺は後ろを歩いているクリスを振り向くと、そう声を上げた。

「私もまだいらないですね。カーディは?」
「んー俺もそんなに空いてない」
「そうか。それなら屋台で買った果物とかでも良いかな?珍しい果物とかもあったりする筈だよ」

 そう提案すれば、アキトとカーディさんはワクワクした様子で思いっきり頷いてくれた。
しおりを挟む
感想 315

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

氷の華を溶かしたら

こむぎダック
BL
ラリス王国。 男女問わず、子供を産む事ができる世界。 前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。 ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。 そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。 その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。 初恋を拗らせたカリストとシェルビー。 キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

処理中です...