上 下
374 / 1,112

373.【ハル視点】アキトの許し

しおりを挟む
 兄さんが自己紹介をしているのは聞こえたけれど、それどころでは無かった俺はアキトをぎゅっと抱きしめた。

「アキト、ごめん。傷つけてごめん。誤解させてごめんね。これは正真正銘俺と血の繋がった実の兄なんだ…」

 弁解する声が震えているのが我ながら情けないけれど、今はそんな事を気にしている場合じゃない。今必要なのはアキトにきちんと説明をする事だ。

「ねえ、さすがにお兄ちゃん捕まえてこれ扱いはひどくない?」

 苦笑しながらもそう言いつのるウィル兄にも、今の俺には気を配る余裕なんて無かった。

「うちの家族は昔からこういう触れ合いが多い家なんだ。それが当然だと思って育ってきたから、その…家族に対してだけは咄嗟に拒否できないというか…いや、こんなのはただの言い訳だな。悪いのは間違いなく俺だ」

 本当にごめんなさいと、俺は更に言葉を続けた。アキトの言葉を聞くのが怖くて、目も合わせずにひたすら言い訳を続ける俺の姿はさぞ滑稽だろうな。

「あの…」
「先にこれだけは言っておきたいんだけど――相手が例え誰であっても、俺は身内とアキト以外には絶対にこんな風に簡単に抱き着かせたりしないからね?」

 意を決して視線を向ければ、アキトはまっすぐに俺の目を見返してくれた。

「俺の剣と、それにアキトに誓って約束する」
「あのさ…ハル?」
「アキトが嫌だって言うなら、身内にだってもう抱き着かせないようにするから、だから…別れるなんて言わないで?」

 必死でそう言葉にすれば、アキトは呆れたように苦笑を浮かべた。

「さっきから言おうと思ってたんだけど」
「…うん」

 どんな言葉が飛び出してくるんだろうと俺は身構えた。恨み事でも文句でも何でも良い。恋人をやめるという言葉以外なら、どんな言葉だって受け入れる。

「まさかお兄さんだと思わなかったから、ハルの元恋人とかなのかなとは疑ってたけど、別れたいなんて言わないよ?だって今の恋人は俺だし」
「アキト…ありがとう」

 もう一度きゅっと抱きしめてから、腕の中のアキトの体をそっと解放する。正直に言えば名残惜しくはあったけれど、人前で抱き着かれるのはアキトにとっては恥ずかしい事の筈だからな。

 その代わりにと、俺はそっとアキトと手を繋いだ。繋いだ手を振りほどかれない事に安堵した俺を見て、ウィル兄は楽し気に笑って口を開いた。

「はー変われば変わるもんだね」

 揶揄うような一言だったが、その表情は嬉しそうにほころんでいた。

「自分でもびっくりだよ」
「そうだろうね。それよりハルの大事な人、紹介してくれないの?」

 そう尋ねられた俺は、少し考えてから口を開いた。

「俺の世界で一番大事な人、アキト ヒイラギだ」
「アキトです。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。ちなみに俺は二番目だよ。よく母親似って言われる。目の色だけ父親に似たんだけどね」

 朗らかに笑うウィル兄の説明を聞きながら、もしここにいるのがファーガス兄さんだったら元恋人なんて誤解は産まなかっただろうなと思った。家族で唯一の母親似がこのウィル兄で、長兄であるファーガス兄さんと俺はよく似ていると言われるから。

「あの、誤解してすみませんでした」
「いやいや、アキトくんが謝る必要は無いよ」

 ウィル兄の否定に続いて、俺も慌てて口を開いた。

「そうだよ、本当にごめんね」
「ハルももう謝らなくて良いから」

 アキトはそう言うと、反射的にまた謝ろうとしてしまった俺の口を伸ばした手でそっと押さえた。しかもふわりと笑って俺を見上げてくる。ああ、愛おしいという言葉はこういう時に使うんだな。

「…ハル、アキトくん」
「はい」
「ウィル兄、どうした?」
「二人のこれからに祝福を」

 不意に告げられた祝福の言葉に、アキトと俺は顔を見合わせた。お互いのびっくり顔を見つめていたら、じわじわと嬉しさが胸いっぱいに広がってくる。

「ありがとうございます」
「ありがとう」

 俺とアキトの綺麗に重なった返事に、ウィル兄はにっこりと笑みを浮かべた。

「どういたしまして。二人は息もぴったりだね」
しおりを挟む
感想 318

あなたにおすすめの小説

突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています

ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた 魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。 そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。 だがその騎士にも秘密があった―――。 その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目

カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。

助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

自己評価下の下のオレは、血筋がチートだった!?

トール
BL
一般家庭に生まれ、ごく普通の人生を歩んで16年。凡庸な容姿に特出した才もない平凡な少年ディークは、その容姿に負けない平凡な毎日を送っている。と思っていたのに、周りから見れば全然平凡じゃなかった!? 実はこの世界の創造主(神王)を母に持ち、騎士団の師団長(鬼神)を父に持つ尊い血筋!? 両親の素性を知らされていない世間知らずな少年が巻き起こすドタバタBLコメディー。 ※「異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ」の主人公の息子の話になります。 こちらを読んでいなくても楽しめるように作っておりますが、親の話に興味がある方はぜひズボラライフも読んでいただければ、より楽しめる作品です。

処理中です...