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370.【ハル視点】乗船前に
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ゆったりと歩いていく案内役の背中を追って、俺達はゆっくりと階段を上っていった。
辿り着いた二階の広い廊下には、いくつもの扉がずらりと並んでいる。目印も特に無いように見えたけれど、男は迷いなくひとつの扉の前で立ち止まった。
「少々お待ち下さい――乗船手続きは係の者が参りますので、それまでおくつろぎ下さい」
鍵を開けて大きく開かれた扉から中を覗いてみれば、大きめのテーブルと椅子が並んでいた。なるほど。ここは貸出船の乗客同士を同じ部屋で待たせないための、個室の待合室か。そこまで徹底しているなんて知らなかったな。
俺がここを利用する時はもう一階上の、騎士団用の待合室だったからな。
「それでは失礼いたします」
扉を閉める音すら立てずに男が退室すると、アキトがふうと息をこぼした。
「アキト、大丈夫?」
「あ、ごめん、大丈夫!ただこういう雰囲気に馴染みが無いだけだから」
「それなら良いんだけど…」
体調が悪かったりしないかとアキトの様子を伺っていると、カーディさんが近づいていった。
「気持ちは分かるぞ、アキト」
そう言いながらアキトの肩をぽんっと軽く叩く。
「え、あんなに堂々としてたのに?」
「船着き場には来た事があるけど、乗合船の待合は下の部屋だからなぁ…俺もこの部屋は初めてだぞ?」
あっさりとそう言いきったカーディさんは、笑って続けた。
「下にある待合は広場みたいな場所に椅子がずらーっと並んでいて、日替わりの屋台なんかもあったりするんだ」
アキトは楽し気にカーディさんの話に聞き入っている。うん、体調が悪いわけでは無いみたいだな。
「でも、そうは見えなかったよ?」
「あークリスと一緒にいたら色んな場所に行くからなーさすがにもう慣れたけど、最初の頃の俺はさっきのアキトよりも、もっともーっと動揺してたぞ?」
アキトがちらりと視線を向ければ、クリスはすぐにこくこくと頷いた。本当に動揺していた頃があったと言いたいんだろうな。まあ急にストファー魔道具店の店主の伴侶になれば、動揺するのも仕方がない事だろうとは思う。
「じゃあさ、どうやって慣れたの?」
「こういう豪華で俺には合わないなと思う場に慣れるのには、コツがあるんだよ…知りたいか?」
悪戯っぽく尋ねたカーディさんに、アキトは即答で知りたいと答えた。
「そこがどんな場所であっても、俺の隣にはクリスがいると思えば良いって気づいたんだ」
「へー…」
あの…カーディさん?隣でクリスが顔を真っ赤にしてるんだが。いや顔どころか耳まで赤いな。
「もし俺がこの場で何かをしてしまったとしても、少なくとも一人だけは味方がいると思えば、気持ちが落ち着くんだよなー」
カーディさんは幸せそうな笑顔を浮かべてそう続けた。口を両手で押えたクリスが、今度はふるふると震え出したな。
「参考になったか?」
今にも俺の伴侶が可愛い!と叫びだしそうな姿が視界の端に見えたけれど、俺はそっとクリスから視線を反らした。
あんな可愛い事を言われたら、そういう反応になるのも無理は無い。俺は馬鹿にしたり揶揄ったりはしないぞと心の中で話しかけていたら、にっこりと笑ったアキトが嬉しそうに口を開いた。
「うん、これ良いね」
アキト、ちょっと待ってくれ。今の流れでこれ良いねと言ったって事は、カーディさんの教えを実践してみたって事だよね?えーと、つまり俺がいるから大丈夫だと思ってくれたって事かな?
「落ち着いたか?」
「これから色んな場所で役立ちそうだよ、ありがとう」
「どういたしまして」
にっこり笑顔のカーディさんに、アキトは満面の笑みを返していた。俺は内心で俺の恋人が可愛いと大騒ぎしながら、素知らぬふりで二人のやりとりを眺めていた。
四人で椅子に腰かけてあれこれと話しながらくつろいでいると、こんこんとノックの音が響いた。
「どうぞ」
「失礼いたします。乗船手続きに参りました」
柔らかい笑みを浮かべた女性が、深々とお辞儀をしてから部屋に入ってきた。手には模様入りの高級そうな名簿を持っている。
「手続きは私達でしますので、二人は景色でも見ててください」
クリスがそう声をかければ、カーディさんとアキトはちらりと俺の方を見つめてきた。俺はすぐに頷きを返した。
「ここもかなりすごい景色だから、ぜひ見ておいで」
この階からの景色は俺も見た事がないが、上の階からの眺めとそう変わらないだろう。そう思っての発言だったが、二人はワクワクした様子で窓に近づいていった。
「おおーすごい!」
「これは…すごいな!」
背後から聞こえてくる二人の歓声を聞きながら、俺はクリスと一緒に乗船手続きの書面を確認し始めた。
辿り着いた二階の広い廊下には、いくつもの扉がずらりと並んでいる。目印も特に無いように見えたけれど、男は迷いなくひとつの扉の前で立ち止まった。
「少々お待ち下さい――乗船手続きは係の者が参りますので、それまでおくつろぎ下さい」
鍵を開けて大きく開かれた扉から中を覗いてみれば、大きめのテーブルと椅子が並んでいた。なるほど。ここは貸出船の乗客同士を同じ部屋で待たせないための、個室の待合室か。そこまで徹底しているなんて知らなかったな。
俺がここを利用する時はもう一階上の、騎士団用の待合室だったからな。
「それでは失礼いたします」
扉を閉める音すら立てずに男が退室すると、アキトがふうと息をこぼした。
「アキト、大丈夫?」
「あ、ごめん、大丈夫!ただこういう雰囲気に馴染みが無いだけだから」
「それなら良いんだけど…」
体調が悪かったりしないかとアキトの様子を伺っていると、カーディさんが近づいていった。
「気持ちは分かるぞ、アキト」
そう言いながらアキトの肩をぽんっと軽く叩く。
「え、あんなに堂々としてたのに?」
「船着き場には来た事があるけど、乗合船の待合は下の部屋だからなぁ…俺もこの部屋は初めてだぞ?」
あっさりとそう言いきったカーディさんは、笑って続けた。
「下にある待合は広場みたいな場所に椅子がずらーっと並んでいて、日替わりの屋台なんかもあったりするんだ」
アキトは楽し気にカーディさんの話に聞き入っている。うん、体調が悪いわけでは無いみたいだな。
「でも、そうは見えなかったよ?」
「あークリスと一緒にいたら色んな場所に行くからなーさすがにもう慣れたけど、最初の頃の俺はさっきのアキトよりも、もっともーっと動揺してたぞ?」
アキトがちらりと視線を向ければ、クリスはすぐにこくこくと頷いた。本当に動揺していた頃があったと言いたいんだろうな。まあ急にストファー魔道具店の店主の伴侶になれば、動揺するのも仕方がない事だろうとは思う。
「じゃあさ、どうやって慣れたの?」
「こういう豪華で俺には合わないなと思う場に慣れるのには、コツがあるんだよ…知りたいか?」
悪戯っぽく尋ねたカーディさんに、アキトは即答で知りたいと答えた。
「そこがどんな場所であっても、俺の隣にはクリスがいると思えば良いって気づいたんだ」
「へー…」
あの…カーディさん?隣でクリスが顔を真っ赤にしてるんだが。いや顔どころか耳まで赤いな。
「もし俺がこの場で何かをしてしまったとしても、少なくとも一人だけは味方がいると思えば、気持ちが落ち着くんだよなー」
カーディさんは幸せそうな笑顔を浮かべてそう続けた。口を両手で押えたクリスが、今度はふるふると震え出したな。
「参考になったか?」
今にも俺の伴侶が可愛い!と叫びだしそうな姿が視界の端に見えたけれど、俺はそっとクリスから視線を反らした。
あんな可愛い事を言われたら、そういう反応になるのも無理は無い。俺は馬鹿にしたり揶揄ったりはしないぞと心の中で話しかけていたら、にっこりと笑ったアキトが嬉しそうに口を開いた。
「うん、これ良いね」
アキト、ちょっと待ってくれ。今の流れでこれ良いねと言ったって事は、カーディさんの教えを実践してみたって事だよね?えーと、つまり俺がいるから大丈夫だと思ってくれたって事かな?
「落ち着いたか?」
「これから色んな場所で役立ちそうだよ、ありがとう」
「どういたしまして」
にっこり笑顔のカーディさんに、アキトは満面の笑みを返していた。俺は内心で俺の恋人が可愛いと大騒ぎしながら、素知らぬふりで二人のやりとりを眺めていた。
四人で椅子に腰かけてあれこれと話しながらくつろいでいると、こんこんとノックの音が響いた。
「どうぞ」
「失礼いたします。乗船手続きに参りました」
柔らかい笑みを浮かべた女性が、深々とお辞儀をしてから部屋に入ってきた。手には模様入りの高級そうな名簿を持っている。
「手続きは私達でしますので、二人は景色でも見ててください」
クリスがそう声をかければ、カーディさんとアキトはちらりと俺の方を見つめてきた。俺はすぐに頷きを返した。
「ここもかなりすごい景色だから、ぜひ見ておいで」
この階からの景色は俺も見た事がないが、上の階からの眺めとそう変わらないだろう。そう思っての発言だったが、二人はワクワクした様子で窓に近づいていった。
「おおーすごい!」
「これは…すごいな!」
背後から聞こえてくる二人の歓声を聞きながら、俺はクリスと一緒に乗船手続きの書面を確認し始めた。
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