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363.船の待合室

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 ゆったりと歩いていく案内役の男性の背中を追って、俺達は階段を上っていった。辿り着いた二階の広い廊下には、いくつものドアがずらりと並んでいた。俺にはどのドアも同じに見えるけど、男性は迷いなくひとつのドアの前で立ち止まった。

「少々お待ち下さい」

 俺達に声をかけた男性はすぐに鍵の束を取り出した。

「乗船手続きは係の者が参りますので、それまでおくつろぎ下さい」

 男性の手によって開かれたドアからそっと中を覗き込めば、部屋の中には豪華なテーブルと椅子が並んでいた。それほど広くはない室内だけど、奥の方にはかなり大きな窓があるみたいだ。えっと、これはすごく豪華な待合室(個室)って感じなのかな。

 何だかすごい場違いな場所に来てしまったかもしれない。咄嗟にそう思ってしまった庶民な俺と違って、他の三人の振る舞いは堂々としたものだ。

「それでは失礼いたします」

 ドアを閉める音すら立てずに男性が退室すると、思わずふうと息が漏れた。

「アキト、大丈夫?」
「あ、ごめん、大丈夫!ただこういう雰囲気に馴染みが無いだけだから」

 それなら良いんだけどと言いながらも、ハルはまだ心配そうに俺を見つめていた。

「気持ちは分かるぞ、アキト」

 カーディは俺に近づいてくるなり、そう言いながら俺の肩をぽんっと叩いた。

「え、あんなに堂々としてたのに?」
「船着き場には来た事があるけど、乗合船の待合は下の部屋だからなぁ…俺もこの部屋は初めてだぞ?」

 カーディによると下にある待合は広場みたいな場所に椅子がずらーっと並んでいて、日替わりの屋台なんかがあったりするらしい。そっちはそっちで楽しそうだね。

「でも、そうは見えなかったよ?」
「あークリスと一緒にいたら色んな場所に行くからなーさすがにもう慣れたけど、最初の頃の俺はさっきのアキトよりも、もっともーっと動揺してたぞ?」

 苦笑するカーディからクリスさんにちらと視線を向ければ、こくこくと頷いて同意された。本当に動揺してたんだ。

「じゃあさ、どうやって慣れたの?」
「こういう豪華で俺には合わないなと思う場に慣れるのには、コツがあるんだよ」

 知りたいか?と尋ねてきたカーディに、俺はすぐに知りたいと答えた。これからハルと一緒に色んな場所に行くつもりなんだし、コツを聞いておいて損は無いだろう。

「そこがどんな場所であっても、俺の隣にはクリスがいると思えば良いって気づいたんだ」
「へー…」

 あの…カーディ?隣でクリスさんが顔を真っ赤にしてるんだけど。

「もし俺がこの場で何かをしてしまったとしても、少なくとも一人だけは味方がいると思えば、気持ちが落ち着くんだよなー」

 あ、口を両手で押えたクリスさんが、今度はふるふると震え出している。

「参考になったか?」

 今にも叫びだしそうなクリスさんの反応も気にはなるけれど、俺はそっと目をつむって想像してみた。

 例えそこがどんな場所でも、隣にハルがいると思えば良い――か。もし俺が何かをしてしまったとしても、少なくとも一人だけは味方がいる。そう考えれば、確かに肩の力が抜けてきた気がする。

「うん、これ良いね」
「落ち着いたか?」
「これから色んな場所で役立ちそうだよ、ありがとう」
「どういたしまして」

 にっこり笑顔のカーディに、俺も満面の笑みを返した。



 四人で椅子に腰かけてくつろいでいると、こんこんとノックの音が響いた。

「どうぞ」
「失礼いたします。乗船手続きに参りました」

 柔らかい笑みを浮かべたお姉さんは、深々とお辞儀をしてから部屋に入ってきた。手には名簿のようなものを持っているみたいだ。

「手続きは私達でしますので、二人は景色でも見ててください」

 クリスさんに優しくそう促されたのでちらりと視線を向けてみれば、ハルもすぐに頷いてから口を開いた。

「ここもかなりすごい景色だから、ぜひ見ておいで」

 部屋に入った時から大きな窓だなと思ってはいたけれど、そんなに景色が良いんだろうか。二階に上がっただけなのに?そう疑問に思いながらもカーディと二人で窓に近づいていけば、その言葉の真意はすぐに分かった。

「おおーすごい!」
「これは…すごいな!」

 その窓からは、様々な様式の船がいくつも並んでいる係留地が一望できた。
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