上 下
361 / 1,103

360.【ハル視点】念願の川魚串

しおりを挟む
 店主はここで待っていろと言い置いて去っていったけれど、カーディさんは心配そうに俺達の顔を見比べながら口を開いた。

「なあやっぱり表に回らないか?」

 どうせ再開したらすごく混むんだし、わざわざ裏まで持ってくるような手間をかけさせたくないと思ったようだ。

 その気持ちはよく分かるけれど、今行ってももう忙しく火の番をしているだろう店主の邪魔になるだけだろう。クリスとふたりがかりで説得して、ようやくカーディさんはそれもそうかと納得してくれた。

 座り心地の良い椅子に深く腰かけて、アキトの手をきゅっと握る。そのまま視線を前に向ければ、さっきも感動した絶景が視界に跳びこんでくる。

 眩しい程に光を反射する川をぼんやりと眺めていると、不意にアキトが呟いた。

「初めて見る鳥だ…」

 気づけば口からこぼれていた感じのその言葉に、俺はそっとアキトの耳元に顔を寄せた。

「どれ?」
「あれだよ、ほら、あそこの川の真ん中あたりにいる鳥」

 鳥を驚かせないかこっそりと小さな声で教えてくれたアキトの指先を視線で辿れば、川の中州の辺りに桃色の鳥が一羽いるのが見えた。

「ああ、あれはビレーっていう鳥だよ」
「へー、ビレーっていうんだ」

 木の実と果物しか食べない種類の鳥だから、多分水を飲みに下りてきたんじゃないかなと伝えると、アキトは興味深そうにビレーを観察している。餌の関係か雑味の無い美味しい鳥肉として人気だが、この辺りでは滅多に見かけない種類だ。

「あれは普通の鳥?」
「ああ、魔鳥では無いよ」
「そうなんだ」

 そう説明していると、不意にふわりとビレーの隣に青い鳥が降り立った。

「横にいる青いのはテルウっていう鳥だよ。あれは魚しか食べない種類」

 この川の魚は大きく育つものが多いけれど、そんな魚すらあっさりと狩ってしまえるなかなかに狂暴な種類でもある。テルウは人間に一切危害を与えないから、別にこれは伝えなくても良いか。

 伝える情報と伝えない情報を取捨選択しながら解説をしていると、不意に後ろから気配が近づいてくるのが分かった。さっきの店主では無いが、敵意は全く無いな。そう気配を探っている間に、背後のドアが音を立てて開いた。

「こんにちは。焼きたてを持って来たよ」

 そう声をかけながら家の裏から出てきたのは、柔らかい笑みを浮かべた優しそうな男性だった。男性は両手に大きなお皿を二つ持って、俺達の方へと歩いてくる。

「あ、こんにちは。お邪魔してます」
「はい、いらっしゃい」
「ありがとうございます、運ばせてすみません」
「いいんだよ、うちの伴侶が待ってろって言ったんでしょう?」

 ああ、この人があの店主の伴侶なのか。

「うちの旦那がここに客を入れるなんて滅多にないんだけど、よっぽど気に入られたんだねぇ、お客さん達」
「おかげですごい景色を見させてもらいました。ありがとうございます」

 クリスが即座に返した感謝の言葉に、アキトもカーディもうんうんと頷いている。

「ところで、今日のお値段はいくらですか?」

 俺が男性に投げかけた質問に、アキトはゆるりと首を傾げた。どういう意味だと言いたげに不思議そうにじっと俺を見上げてくるアキトに、俺はすぐに笑って口を開いた。

「このお店は、毎日仕入れによって値段が変わるんだよ」
「え、そうなんだ?」

 驚いた様子だったアキトは、一瞬で心配そうな表情に変わった。一体いくらするんだろうと思ってる顔だな。俺は誤解をさせてしまった事に慌てながらも、説明を続けた。

「あ、ちなみに一番安くて400グル~一番高くて1000グルまでって決まってるからね。ここは漁師が営む店って事でかなり良心的なお店だよ?」
「ずっと1000グルでも良いんじゃないかって、常連は皆言うんだけどなぁ」

 カーディさんは、実は俺も言った事があるんだけどなーと明るく笑っている。

「ふふ、気持ちだけ貰っておくよ。今日のは一本600グルだよ」

 無事に値段を聞き出した俺は、クリスが財布を取り出そうとするより前に男性に向かってお金を差し出した。

「じゃあこれでお願いします」
「はい、確かに」
「待ってください、ハル!私が払いますから!」
「いや、断る!ここは俺が払う」

 俺はそう言いきると、流れるように男性の手からお皿を受け取った。

「メロウの前で交わした契約条件は、宿の支払いのみだろう?それなら食事代ぐらいは出させてくれ」
「う……しかし…」

 これなら問題は無い筈だと主張したけれど、クリスはまだ文句を言いたそうな表情だ。いくら儲かっている魔道具屋を経営しているからって、全てを払おうとされるのは俺としても困ってしまう。

 もしこれでも駄目なら、どうすれば受け取ってくれるんだろうか。そう頭を悩ませ始めていた俺に、思わぬ所から助け船がやってきた。

「クリス、ここはお礼を言って食べようぜ」
「カーディまで…」
「というかもう我慢できないから!」

 あっさりとそう言ってのけたカーディさんは、しぶるクリスを綺麗に無視して俺の手からお皿を受け取ってくれた。ありがとう、カーディさん。

「アキトも、持てる?」
「うん」

 差し出したお皿を、アキトはすぐに受け取ってくれた。

 この距離から見ても相変わらず素晴らしい焼き加減だ。旨そうな香りを振りまきながらお皿の上に並んでいる川魚串を、アキトはまじまじと見つめている。食べ物に夢中になる姿も可愛いんだから、アキトはすごい。

 不意にうなだれていたクリスが、恨めしそうに口を開いた。

「…もう我慢できないとか人前で言わないで下さい」
「えー…ハルとアキトに、店主の伴侶さんしかいないのに?」

 カーディさんはクリスの発言をあっさりと笑い飛ばすと、いただきまーすと元気に宣言した。

「はい、どうぞ」

 がぶりと豪快に齧りついたカーディさんは、もぐもぐと口を動かすと嬉しそうに叫んだ。

「あーこの味だー!すっごくうまいっ!」

 そのあまりに幸せそうな笑顔に、目の前のアキトがごくりとつばを飲み込んだのが分かった。確かに美味そうに食べるな。

「お客さん達も、温かいうちにどうぞ」
「あ、いただきます!」
しおりを挟む
感想 315

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

氷の華を溶かしたら

こむぎダック
BL
ラリス王国。 男女問わず、子供を産む事ができる世界。 前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。 ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。 そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。 その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。 初恋を拗らせたカリストとシェルビー。 キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

処理中です...