生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

文字の大きさ
上 下
360 / 1,179

359.【ハル視点】どうしても手に入れたい

しおりを挟む
「そこからの景色は結構すごいだろう?」

 のんびりと窓から外の景色を眺めている店主は、自慢げに笑いながらそう声をかけてきた。答えは分かってるけどなと言いたげな店主の質問に、俺たちは四人揃って即座に頷いた。こんなにすごい景色を見せて貰ったら、返事なんて一つしかないだろう。

「ああ、これはものすごい景色だよな!ありがとうな、おっちゃん!」

 嬉しそうに笑ったカーディさんがそう答えれば、店主は満足気にそうだろうそうだろうと笑っている。

「本当にすごい景色を見せてもらいました。私の伴侶も気に入ったようで…本当にありがとうございます」

 さらりと自分の伴侶であることを主張しながらも、クリスも礼の言葉を伝えている。その伴侶主張は、今必要だったのか?と少しだけ疑問に思ったが俺は何も言わなかった。

「あの、俺船着き場初めてなんですけど、すごい景色が見れて感動しました!ありがとうございます!」

 慌てた様子でアキトが口にしたお礼の言葉に、店主はまっすぐアキトを見返した。

「ああ、兄ちゃんが船着き場が初めてって言われてた子か。そりゃあ良かった」
「私からもお礼を言わせてください。船着き場には何度も来ていますが、アキトがここまで感動する景色が見られる場所なんて、俺は知らなかったので」

 俺も一緒になってそう声をかけた。

「そこまで気に入ってもらえたなら良かったよ」

 ついついアキトと二人がかりで褒めちぎってしまったけれど、店主は俺達の勢いに引くでもなく素直にそう答えてくれた。

 和やかな空気が流れ始めた瞬間を狙って、俺は口を開いた。

「あの…」
「ん?どうした?」
「この木製の椅子、息子さんが作ったと言ってましたが、家具職人なんですか?」

 さっきからずっと気になっていた事をそっと尋ねてみれば、すぐに返事は返ってきた。

「ああ、そうだぞ。一番下の息子は家具職人だ」
「正直に言って…この座り心地は、王都の家具屋でも滅多に無いと思います」

 俺が口にしたのは剣に誓っても良いぐらいの心からの感想だったけれど、店主はただのお世辞と受け取ったようだ。一瞬だけ驚いた顔をしてから、次の瞬間には嬉しそうに破顔して答えた。

「そうかい!そうまで言われると嬉しいねぇ!」
「失礼でなければ、店を教えて頂きたいんですが…駄目でしょうか?」

 急にこんな事を言い出した理由はたった一つ。いつかアキトと一緒に住むとなったら、その家にはこんな椅子が欲しいと思ったからだ。この椅子にアキトと並んでイチャイチャしたい。

 俺のあまりに唐突な申し出に、店主の男性はゆるりと首を振った。

 ああ、やっぱり突然こんな事を言ったら、どういうつもりだと警戒されるてしまうのか。他意は一切なくただ本当にこの椅子を手に入れたいだけなんだと、どう説明すれば分かってもらえるだろうか。

 説得の方法を頭の中で何通りも考えていると、店主は真剣な顔で俺の目をまっすぐに見返してきた。 

「教えるのは構わないが……それは、本気で言ってるのか?」
「ええ、本気も本気ですよ。アキトもこの椅子、気に入ってたよね?」
「う、うん!」

 急に話を振って焦らせてしまったけれど、俺が言葉を尽くすよりも素直に感想を言えるアキトの力が必要だった。

「座り心地ももちろんすごく良いんですけど、ここの部分のなめらかさがなんだか撫でたくなる感じで…俺もすごく気に入りました」

 言いながらそっと肘掛けの部分を撫でて見せるアキトに、店主は嬉しそうに目を細めた。

「ああ、そこは特にこだわったって言ってたよ。息子の仕事を褒められるのは嬉しいもんだねぇ」

 噛み締めるようにそう呟いた店主は、サラサラと何かを書き記すとその紙を俺に向けて差し出した。

「そこが息子の家具屋だ。こだわりばっかりであんまり人気は出てねぇらしいけどな…まあ機会があれば行ってやってくれ」

 俺は両手でその紙を受け取ると、必ず行きますと言いながら鞄の中に大事にしまい込んだ。

 ちらりとのぞいた紙には、店名と店の住所まできっちりと記されていた。どの街の何という家具屋かだけでも聞ければ、あとは自力で何とかするつもりだったが…これは嬉しい誤算だった。

 じっと無言のまま俺と店主のやりとりを見つめていたクリスは、意を決したように口を挟んだ。

「あの、私も後で教えてもらっても良いですか?」
「店主が良ければ教えるけど…良いですか?」
「ああ、じゃあもう一枚書いておくよ」

 クリスが大事そうに店主の手から紙を受け取った瞬間、カランカランと大きな鐘の鳴る音が川の方から聞こえてきた。その音を聞いた途端、のんびりとしていた店主は急にバッと顔を上げた。

「帰ってきたな!」
「え?」
「あの音はな、だれの家の船かが分かる便利なもんなんだ。漁に出てた息子の船が帰ってきたんだ!」

 そう教えてくれた店主は、一瞬できりりとした真剣な表情に変わっていた。職人の顔だな。

「じゃあ兄ちゃんらは、ここで待っててくれ。できたらこっちに持ってきてもらうからよ!」
「え、屋台の方に回りますよ?」

 そこまでしてもらうわけにはと俺とクリスの二人かがりで言ったけれど、店主は笑って手を振った。

「いいからいいから。よっし、もう一仕事してくっか!」

 気合を入れなおした店主は、すぐに窓を閉めて行ってしまった。
しおりを挟む
感想 329

あなたにおすすめの小説

悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

婚約破棄されたショックで前世の記憶&猫集めの能力をゲットしたモブ顔の僕!

ミクリ21 (新)
BL
婚約者シルベスター・モンローに婚約破棄されたら、そのショックで前世の記憶を思い出したモブ顔の主人公エレン・ニャンゴローの話。

不遇聖女様(男)は、国を捨てて闇落ちする覚悟を決めました!

ミクリ21
BL
聖女様(男)は、理不尽な不遇を受けていました。 その不遇は、聖女になった7歳から始まり、現在の15歳まで続きました。 しかし、聖女ラウロはとうとう国を捨てるようです。 何故なら、この世界の成人年齢は15歳だから。 聖女ラウロは、これからは闇落ちをして自由に生きるのだ!!(闇落ちは自称)

異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。

やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。 昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと? 前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。 *ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。 *フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。 *男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。

竜王陛下、番う相手、間違えてますよ

てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。 『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ 姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。 俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!?   王道ストーリー。竜王×凡人。 20230805 完結しましたので全て公開していきます。

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

処理中です...