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355.【ハル視点】迷子多発地域

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 船着き場に近づいていくにつれて、街道を行き交う人の数は段々と増えていった。周りを警戒するための気配探知は続けたままだが、物騒な気配は一切無く実にのどかなものだ。

 船に乗るのは初めてだと目を輝かせている子連れの家族や、商売に関する情報交換をしながら歩いている商人達、ひと稼ぎの前に買い物に向かう冒険者など色々だが、全員が笑顔を浮かべて歩いている。

「楽しみだなー」
「楽しみなのは船着き場が?それとも串焼きが?」

 さっき見かけた子供と同じぐらい目を輝かせているアキトのひとり言に、カーディがそう聞き返した。

「どっちも!」
「どっちもか!」

 楽し気に笑い合う姿に癒されながら歩いていくと、ようやく船着き場の入口に辿り着いた。

 入口には木製の大きなアーチがあり、今日もたくさんの衛兵達が並んでいた。ここの衛兵は治安維持のためにあるため、練度はかなり高いんだがその実力を知らない人は多い。

 特に入口の辺りにいるのは、一般市民を威圧しない見た目の奴ばかりだから舐められるのかもしれないな。

「ようこそ、船着き場へ」
「道に迷ったら衛兵にお声がけ下さいね」
「何か困った事があればこの装備の者へどうぞ」
「迷ったかもぐらいの時もお気軽に」
「お勧めのお店を知りたいとかにも対応しますよ」

 並んだ衛兵たちは揃いの装備を見につけて爽やかな笑顔を振りまきながら、愛想良く通行人に声をかけている。楽しそうに物珍しそうにしている人から、慣れた様子でスタスタと歩いていく人まで反応は様々だ。

「アキト、こっちだよ」
「うん」

 アーチをくぐって中に入ると、すぐにたくさんの建物に囲まれた。

 船着き場の中は本当に道が分かり難い。色んな地域の人が便利さを求めて集まった街な事もあり、建築様式がバラバラで更に難解になっている。迷子になる人がたくさんいるからこその、衛兵のあの声かけだ。

 道が分からないと怒り出す人や、道が分からなさすぎて泣き出す人までいると言うが、アキトの反応は全く違っていた。キラキラと輝く目で興味深そうに周りを見渡しながら、俺の誘導に従って器用に歩いている。少なくとも泣き出す心配は無さそうだ。

 密かに胸を撫で下ろしていた俺は、不安そうに遠くを見つめているアキトに気づくとすぐにその手を掴んだ。

「え…?」
「ここは迷いやすいから、手を繋ぐのが普通なんだよ?」

 特にここから先は大通りに入るから、周りも揃って手を繋ぎだしている。周りを見てごらんと促すと、アキトはホッと息を吐いて俺に笑顔を見せた。

「そうなんだ、迷子になるかと心配してたから助かるよ」
「もちろん、それだけじゃないんだけどね」

 俺にとってはそんな理由だけじゃないとほのめかせば、アキトはゆるりと首を傾げた。分からないと言いたげなその表情すら、可愛くてたまらない。俺はそっと耳元に顔を寄せた。

「いつでも俺はアキトと手を繋ぎたいからね」

 アキトだけに聞こえるようにこっそりとそう囁けば、アキトはじわりと頬を赤く染めた。

「この辺りは変わらないな」
「ええ、前に来た時も混んでましたね」

 後ろから聞こえてきた会話にアキトが振り返れば、クリスとカーディさんも当然のように手を繋いでいる。大通りではぐれてしまえば、本当に衛兵に頼る以外に方法は無いから当然の対抗策だ。

「そこの道を左に行けば大通りだよ」

 にっこりと笑顔を浮かべて道を教えれば、アキトも笑顔を浮かべてから繋いだ手をきゅっと握り返してくれた。



 四人で一塊になって大通りへと出れば、そこにはたくさんの店が並んでいる。雑貨屋や武器屋、防具屋に、薬屋などが並んだこの辺りは、冒険者と旅人、それに衛兵の補充のために利用される場所だ。周りを見渡してみれば、華やかな衛兵の装備の色がちらほらと見えている。

 魔道具屋を見つけた時はクリスが立ち寄りたいと言うかと思ったが、ちらりと一瞥しただけで終了した。意外な反応だなとは思ったが、違う店の商品について話しかけ始めたカーディさんのあまりに慣れた様子にいつもの事らしいなと分かってしまった。

 俺と手を繋いだアキトは楽し気に色々なお店を見ていたけれど、そこまで興味を引くものはなかったようだ。

 目的の路地の前で立ち止まると、アキトはじっと俺を見上げてきた。そっと指だけで近くの路地を指差してから口を開く。

「ここから裏通りに入るよ。アキト、絶対に手は離さないでね?」

 大通りよりも更に分かり難くなる裏通りは、興味本位で立ち入ると必ず迷うと言われている場所だ。地元の人と道に慣れた人しか入っていかない場所でもあるから、浅い場所以外には衛兵もぐっと少なくなる。

「うん、分かった。絶対に離さないよ」

 素直にそう答えてくれたアキトに、迷子防止のためだとしても嬉しい言葉だなと笑ってしまった。

「カーディも、絶対に離さないでね?」
「ああ、分かってるって」

 よしと、俺は一つ気合を入れてから歩き出した。油断をすれば俺でも道が分からなくなる可能性はあるからな。来る度に少しずつ増改築されている裏通りの建物を、記憶と照らし合わせながら慎重に進んで行く。

 不意に手を繋ぐ力が強くなったなと視線を向ければ、アキトは困った顔で今通ってきた道を眺めていた。

「アキト、帰り道は俺が分かってるから安心して」
「あ、ごめん、表情に出てた?」
「うん、眉間にくっきりしわが寄ってたよ」

 眉も下がっていたと付け加えながら、俺はアキトの眉間を指先で撫でた。しわが寄っていても可愛いんだけど、アキトにはただキラキラした目で周りを見ていて欲しいな。
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