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351.贅沢な時間

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 雄大なレーウェ川の景色は、刻一刻と変化していく。

 川の中の魚を狙っているのか見た事のない鳥が飛んできたり、上流から葉っぱや花びらが流れてきたり、遠くにいた船が少しずつ近づいてきたりと見飽きる事が無い。

 こんな美しい景色を何もせずにぼんやりと眺められるって、何だかすごく贅沢な時間だ。しかも隣には手を繋いでくれているハルまで一緒だ。いつまででも眺めていたい景色だなぁ。

 そう感心していた俺は、不意にカーディが上げた声にびくりと肩を揺らした。

「そうだ!折角教えてもらったんだから、椅子探さないと!」

 あ、そうだった。そのために路地を通ってここまで来たんだったな。あまりの絶景にすっかり忘れていた。慌てて周りを見渡してみれば少し高くなったデッキのような所に、二人掛けの木製の椅子が二つ並んでいた。

「え…?あれ?」
「あれ…なの…か?」

 周りをいくら見回しても椅子らしきものはそれぐらいしかないんだけど、それでも確信はできなかった。

 だって見た目がさ、あれって普通に誰かのお家の庭だったりしない?勝手に座ってて怒られない?とどうしても心配になってしまう。この世界に不法侵入って言葉は存在してるんだろうか。

「どうなんでしょうね?」

 クリスさんも確信が持てないのか、戸惑い顔で椅子を眺めている。うんうん、やっぱりちょっと不安になるよね。真剣な顔で考えこんでいると、ハルが笑って口を開いた。

「あの椅子で間違いないと思うよ?あの椅子の後ろにある建物、さっき教えてもらった店主の自宅だから」

 ハルはあっさりとそう断言してみせた。

 この辺りの家は全部似たような建築様式だし、何故かどれも淡い水色をしている。つまり見た目では違いなんて分からない。それなのに断言できるんだからすごいよね。何なら景色に見惚れてふらふら歩いていたせいで、俺なんてどの路地から出てきたのかすらもう分からないのに。

「さすがハルだね!」
「ふふ、お誉めの言葉ありがとう」

 思わず口から零れた褒め言葉を、ハルは笑って受け取ってくれた。

「じゃあ遠慮なく座らせてもらおうか」
「ええ、せっかくのご厚意ですからね」

 仲良く手を繋いだカーディとクリスさんは、そう言いながらスタスタと歩き出した。

「ほら、アキトも行こう?」
「うんっ!」

 ハルに優しく手を引かれながら歩いていけば、先に椅子に辿り着いていたカーディが満面の笑みで俺達の方を見た。

「アキト、ハル。椅子からの景色もすごいよ!」
「え、そうなの?」
「ええ、これはすごいですね…一見の価値ありです」

 クリスさんにまでそう言われてしまうと、一気に興味が湧いてくる。俺とハルは顔を見合わせてから、いそいそと空いていた椅子に近づいていく。

 そっと腰を下ろしただけで、その座り心地の良さに驚いてしまった。見た目は普通のベンチなんだけど、なめらかな曲線を描いている座面のおかげで想像以上に座り心地が良い。

「この椅子すごいね?」
「ああ、この座り心地はすごいな」

 ハルと二人でまじまじと椅子を観察していると、待ちきれなくなったのかカーディが口を開いた。

「椅子もすごいけど、先に景色を見てくれよ!」

 言われるがままに、無意識のうちに視線を上げた。

「うわぁー!」

 思わずそう声が漏れてしまったけれど、カーディは満足そうに何度も頷いてくれた。

「な!な!すごいよな!アキト!」
「うん、すごいねっ!カーディ!」

 きゃっきゃと思わずはしゃいでしまった俺達のやりとりを、ハルとクリスさんは微笑ましそうに見守っていた。

「何だよ、クリスもさっき見惚れてただろう?」
「ええ、すごいと思いましたよ」
「ハルも、綺麗だと思ったでしょ?」
「うん、すごく綺麗だね」

 伴侶と恋人からの同意をなんとか得た俺達はそれで満足すると、もう一度目の前の景色を眺め始めた。

「座ってても川が見えるってすごいよね!」
「しかもこの景色…さっきよりも迫力がある気がするな」

 ハルもそう言うと、興味深そうに景色を眺めている。

「な!すごいよなぁ!」
「これは景色まで計算して作ったんでしょうか?」

 誰にともなく呟いたクリスさんのその言葉に、不意に真後ろから返事が返ってきた。

「ああ、この景色が好きでな。椅子は俺の一番下の息子が作ったんだぜ」

 慌てて振り返れば、後ろの建物の窓から店主のおじさんが顔を覗かせていた。
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