上 下
345 / 1,103

344.【ハル視点】クリスと

しおりを挟む
「ストファー魔道具店は他の領にも支店はありますし、あなた達なら指定された素材を採取するのも簡単にこなせるでしょう?他の領に行ったとしても優先的に依頼を入れる事はできますし、もし万が一冒険者を辞めたいとなった時には、店員になるという手もありま…」
「待った、待ってくれ!」

 怒涛のようにまだまだ続きそうなクリスさんの言葉を、俺は慌てて遮った。

「すみません、すこし唐突すぎましたか?」
「あーいや、その気持ちはすごく嬉しいんだが、うちは貴族らしくない家だからな」

 結婚相手への条件なんて何か強い所がある事なんて曖昧なものだけだし、アキトは確実にその条件に合格できる。そう伝えれば、クリスさんはホッと一つ大きく息を吐いた。

「あ、そうなんですか?それなら良かったです」
「…何故そこまで俺達のためにしようとしてくれるんだ?」

 クリスさんとカーディさんに出会ってから、まだそれほど経っていない。依頼人と依頼を受けた冒険者の関係でしかない筈なのに。さっきの提案はあまりにも好条件で、そんな相手にする内容とは到底思えなかった。

「ただ貴方たちが気に入ったからですよ」
「それだけ?」
「ええ、カーディに誓ってそれだけです」

 クリスさんはまっすぐ俺の目を見つめて、はっきりとそう断言してみせた。そのあまりに真剣な表情に、俺は何も言えずに口をつぐんだ。

 だってあのクリスさんが、よりによってカーディさんの名前に誓うんだからな。そんな言葉が嘘なわけがない。下手をしたら駆け出しの騎士が口にする型通りの剣への誓いよりも、こちらの方が信じられるかもしれない。

「そうか、ありがとう」
「いえいえ、先走ってすみません。あ、でも、じゃあ何が問題なんですか?」
「問題と言うか…まだ想いが通じ合ってそれほど経ってないのに、急に結婚を申し出て引かれないかと心配というか…」

 語尾がどんどん小さくなっていくのは、言葉にすると自分の情けなさが際立つ気がしたからだ。クリスさんは笑わずに聞いてくれていたけれど、ぐいっと俺に顔を近づけて小声で囁いた。

「ハルさんだけに、大事な事を一つ教えてあげましょう」
「は?何を?」
「カーディは毎回あっさりと結婚を断っていましたが、それでも嬉しい気持ちは確かにあったそうです」
「…そうなのか?」
「はい!断りはしたけれど、それでも気持ちは嬉しかったんだと確かに」

 そうか。例えアキトに断られたとしても、嬉しく思ってくれるなら伝えてしまっても良いのかもしれない。

「自分たちだけの思い出にしたかっただろうに…良い事を教えてくれてありがとう、クリスさん」

 思わず頭を下げた俺の肩を、クリスさんはぽんと軽く叩いた。

「いいんです。それと、良ければクリスと呼んでください」
「ああ、クリス。俺の事もハルと呼んでくれ」
「はいっ」

 どうやらアキトだけじゃなく、俺にも新しい友人が出来たみたいだな。



 それから俺達は、時間も忘れてひたすらに語り合った。

「カーディの長所は…世話焼きなのに押しつけがましくない所ですかね」
「アキトの長所は、やっぱりあの優しさと性格の良さだな」
「あ、カーディの戦闘はしなやかで格好良いんですよ」
「ああ、移動中の身のこなしもかなりのものだったな」
「あのハロルド様に褒めてもらえるなんて、さすがカーディです」
「ハロルド様はやめろ。アキトの魔法も相当なものだぞ?見たら絶対に驚く」
「そうなんですか?それはぜひ見てみたいですね」

 お互いの恋人と伴侶の自慢話。

「友人に囲まれるカーディも可愛いとは思うんですが…やっぱり面白くないんですよ」
「ああ、それは分かるな」
「分かってくれますか?ハル」
「アキトは出身国が遠いから友人と呼べる奴は少ないんだが、とにかく周りから好かれるんだよ」
「そんな感じしますね」
「特にレーブンとかメロウとか、厄介なのに好かれるんだ」
「うわぁ、それは大変…ですね」
「分かってくれるか?クリス」

 ほんの少しの愚痴。

「お勧めのお店…やっぱりグネのパン屋かな」
「ああ、うまかったな。俺はやっぱり白狼亭だろうな」
「レーブンさんの兄弟がやってる店ですよね?行った事ないんです」
「あそこのステーキはトライプール一だぞ」
「あ、それなら東通りの裏にあるお店は知ってます?」

 良いお店や行きたい場所の情報交換。

 話す事は尽きなかった。わいわいと温かい飲み物を片手に二人で盛り上がっている間に、気づけば空がじわりと明るくなってきた。もう少しで太陽が見えるかなと空を眺めていると、不意にテントの方で気配が動いた。

 周囲の警戒のために巡らせていた気配探知が、起きだしてきたアキトの気配を捕らえたようだ。

 アキトはテントから這い出してくるなり、大きく一つあくびをした。あくびまで可愛いんだから、本当にアキトはすごいな。そう思いながら、俺もひとつあくびを洩らした。
しおりを挟む
感想 315

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

氷の華を溶かしたら

こむぎダック
BL
ラリス王国。 男女問わず、子供を産む事ができる世界。 前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。 ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。 そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。 その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。 初恋を拗らせたカリストとシェルビー。 キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?

平凡モブの僕だけが、ヤンキー君の初恋を知っている。

天城
BL
クラスに一人、目立つヤンキー君がいる。名前を浅川一也。校則無視したド派手な金髪に高身長、垂れ目のイケメンヤンキーだ。停学にならないせいで極道の家の子ではとか実は理事長の孫とか財閥の御曹司とか言われてる。 そんな浅川と『親友』なのは平凡な僕。 お互いそれぞれ理由があって、『恋愛とか結婚とか縁遠いところにいたい』と仲良くなったんだけど。 そんな『恋愛機能不全』の僕たちだったのに、浅川は偶然聞いたピアノの演奏で音楽室の『ピアノの君』に興味を持ったようで……? 恋愛に対して消極的な平凡モブらしく、ヤンキー君の初恋を見守るつもりでいたけれど どうにも胸が騒いで仕方ない。 ※青春っぽい学園ボーイズラブです。

処理中です...