生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

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337.【ハル視点】クリスさんの手料理

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 夕食にしましょうと声をかけられた俺は、アキトの隣の切り株に腰を下ろした。

 魔物避けの設置でほんの少し離れただけなのに、アキトはにこにこと嬉しそうに笑いながら俺を見つめてきた。戻ってきたのが嬉しいと言いたげな素直なその反応は、ちょっと可愛すぎるんじゃないかな。

 気を抜くと抱きしめたくなるような可愛さに、慌てて視線を反らすと俺はクリスさんに話しかけた。

「クリスさん、料理の用意までさせてしまってすまない」
「いえいえ、気にしないで下さい。私が作りたかっただけなので」

 朗らかに笑って答えるクリスさんに、俺はしみじみと呟いた。

「何もしない依頼人達に聞かせてやりたいよ」

 これまで騎士としても冒険者としてもたくさんの依頼人に会ってきたが、全く何もしない奴や、偉そうに指示だけ出してくる奴もいた。こうやって一緒になってあれこれと考えてくれる依頼人なんて、半数もいなかったな。

「本当にやりたくてやってるので、謝る必要はありませんよ」

 すぐにそう答えられるあたり、本当に良い依頼人だと思う。アキトは俺の隣でゆるりと首を傾げてから口を開いた。

「じゃあ…ありがとうございます?」

 ああ、謝る必要が無いなら感謝の言葉をって事か。アキトらしい考え方だな。

「そうだな。クリスさん、ありがとう」
「どういたしまして」

 クリスさんはそう言うなり、鉄板の上にかぶせていた蓋を取り払った。途端にぶわりと肉と野菜の焼けた香ばしい香りが辺りに広がった。美味しそうな料理に、アキトは目をキラキラと輝かせている。

「美味そうだなーさすがクリス!」

 満面の笑みを浮かべたカーディさんの誉め言葉に、クリスさんは照れくさそうに笑って答えた。

「今日は軽く焼いただけの簡単なものだけどね」
「いや、すごい美味そうだ!」
「本当に美味しそうですね、一気にお腹が減りました!」
「ああ、良い香りだ」

 三人がかりで褒められた形になったクリスさんは、照れくささを誤魔化すように食べましょうともう一度声を上げた。



 クリスさんの作った料理には、一般的な野菜と滅多に手に入らない珍しい野菜が入り混じっていた。マルックスの肉を使っているのは、おそらくカーディさんの好物だからだろうな。

「味付けは塩と香草で簡単にしかつけていないので、好みでこちらを付けてくださいね」
「二種類もあるんですね」
「そうなんだ!これはクリスの特製でな…」

 嬉しそうに説明をしているカーディさんによると、透き通ったタレの方は果物の果汁をベースに作ったものらしい。こっちは酸味が効いていて、野菜も肉もさっぱりといくらでも食べられるそうだ。

 真っ赤なタレの方は見た目ほど辛くはないけれど、濃厚な風味に少しスパイスが効いていて食べれば食べるほどもっと食べたくなるらしい。

「どっちも美味しいから、両方食べてみてくれ!」

 アキトはへぇーと素直に感心しているけれど、俺はカーディさんの隣で顔を覆っているクリスさんをちらりと見た。

 大事な伴侶に自分の作った料理をこれだけ幸せそうに誉められたら、その反応も無理は無いと思う。もし俺が作った料理をアキトが目の前で褒めてくれたら、俺も同じような反応をしてしまうかもしれない。

「伴侶が可愛すぎてつらい…」

 そう言いたくなる気持ちは分かるぞと密かに共感してしまったが、カーディさんは不思議そうに尋ねた。

「ん?もう食べて良いか?」
「もちろん、たくさん食べてね!お二人もどうぞ」
「「いただきます」」

 自然と重なった言葉に、ほわりと胸が温かくなった。 

「んっ、美味しいっ!」
「ああ…うまいな」

 そのままでも素材の味が活きていてうまかったが、タレをつけると全くの別物に変わるんだな。これはお世辞抜きで、本当に美味い。カーディさんの誉め言葉は、伴侶の欲目ではなかったみたいだ。

 んーっと頬を押さえて幸せそうに笑う反応からして、さっぱりしたタレはかなりアキト好みみたいだな。できれば作り方を教わりたいぐらいだ。

 

 自分の事のように自慢げなカーディさんの反応にひとしきり悶えていたクリスさんは、我に返るとこぶりなパンを取り出して俺達に渡してくれた。

 騎士としての職務上、俺は領都トライプールの街中についてはそれなりに詳しい。グネのパン屋がどこにあるのかも知識として知ってばいるが、そういえば立ち寄った事は無かったな。

 アキトの嬉しそうな反応を見て、今度一緒に店を訪れようと俺は密かに決意した。
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