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326.【ハル視点】野営の準備は念入りに
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初めてティシーの森へ来たアキトは、この森の少し珍しい特性にすぐに気づいたようだ。きょろきょろと周りを見渡して観察していたと思ったら、不意にぽつりと呟いた。
「すっごい緑だね」
思わずこぼれた感じのその言葉に、俺は笑って同意した。
「ああ、緑だな」
「今は花のない季節とかなの?」
「いいや、ほらここ見て。この植物だとこの辺りが花だよ」
その場にしゃがみ込んだ俺がそっと指差したのは、緑色の植物の先端にある少し突き出した部分だ。隣にしゃがみ込んだアキトは、まじまじと目の前の植物を見つめた。
「花が緑って事か!」
「そう、この森の植物は何故か緑の花を咲かすんだよ」
「レボネの花みたいに?」
「ああ、よく覚えてたね。コノーア草原で採取したあのレボネの花は、この森から広がった種類だって言われてるよ」
この森は、かつては色とりどりの花が存在する美しい森だった――歴史的な文献にはっきりとそう記されている。それがある日突然、全ての花が緑に染まったそうだ。詳しい原因は解明されていないけれど、これは精霊の手による奇跡なんじゃないかと言われている。
そう告げれば、アキトは興味深そうに耳を傾けてくれている。
「ある日から全ての花の色を変えるなんて、人間にできる事じゃないからね」
「それはそうだよねー」
ティシーというのはその精霊の名前だ――なんて説もあったけれど、昔の話すぎてだれにも正解は分からない。後世の捏造だなんて説もあったから、これは伝えなくて良いだろう。
「色は違っても素材としての成分は同じだって分かったから、今は誰も気にしてないんじゃないかな」
「たくましいね」
「採取難易度はちょっと上がるけど、その分珍しい薬草も手つかずだったりするから、今の時期じゃなかったら結構混み合う場所なんだよ」
俺がアキトと話しながら歩いている間、どうやら後ろでもカーディさんによる素材講座が開かれていたみたいだ。
元冒険者だっただけあって、カーディさんもこれが何々という薬草であれが食べられる素材でと色々詳しいみたいだ。感心しているクリスさんの声を聞きながら、俺達は更に森の奥へと進んでいった。
森の中の休憩所には、夕方になる前には無事に辿り着いた。綺麗に整えられた休憩所には誰もおらず、どうやら今日は俺達四人での貸し切りになるようだ。予想通りではあるが、少しだけ肩の力が抜けた。
「野営の準備を始めましょうか」
「分かった」
「俺は周りの様子見ついでに、魔物避けの薬草を設置してくる」
俺はすぐにそう申し出た。
「焚火と夕食の用意は私にまかせて下さい」
クリスさんはそう言うと、肩かけ鞄から焚火用の枝の束とライタを取り出した。
「じゃあアキトと俺はテントの設営かな」
「はい!」
金を払ってるんだから働けと言いたげな依頼人もいたりはするんだが、この二人は俺達と一緒に用意をするつもりのようだな。面倒な依頼人じゃなくて良かったと考えながら、俺は取り出したテントをアキトに手渡した。
今日は一人用のテントを二つ使う。実は二人だけの旅行用にとアキトには内緒で二人用のテントも買ってはあるんだが、こういう時は一人用を人数分用意するのが定番だからな。
ちらりと視線を向けてみれば、カーディさんもクリスさんの分のテントを受け取っていた。新婚でもそこは冒険者の流儀に合わせてくれるのか。良かった。
「じゃあ行ってくる」
「いってらっしゃい、気をつけてね」
さらりと言われた気をつけてねの言葉に、自然と笑みがこぼれてしまった。
駄目だ、駄目だ。今はまだ油断しては駄目な段階だ。
俺は緩んだ気を引き締めると、気配探知を周囲に巡らせながら歩き出した。
まずは一番近い隅へと移動し、取り出した魔物避けの薬草に火をつける。一瞬だけふわりと香った花の香りはすぐに空気にまぎれてかき消えた。
ああ、この香りは本物だな。普段使いの薬草とは全く違うその香りに、俺は思わず笑みをこぼした。
「すっごい緑だね」
思わずこぼれた感じのその言葉に、俺は笑って同意した。
「ああ、緑だな」
「今は花のない季節とかなの?」
「いいや、ほらここ見て。この植物だとこの辺りが花だよ」
その場にしゃがみ込んだ俺がそっと指差したのは、緑色の植物の先端にある少し突き出した部分だ。隣にしゃがみ込んだアキトは、まじまじと目の前の植物を見つめた。
「花が緑って事か!」
「そう、この森の植物は何故か緑の花を咲かすんだよ」
「レボネの花みたいに?」
「ああ、よく覚えてたね。コノーア草原で採取したあのレボネの花は、この森から広がった種類だって言われてるよ」
この森は、かつては色とりどりの花が存在する美しい森だった――歴史的な文献にはっきりとそう記されている。それがある日突然、全ての花が緑に染まったそうだ。詳しい原因は解明されていないけれど、これは精霊の手による奇跡なんじゃないかと言われている。
そう告げれば、アキトは興味深そうに耳を傾けてくれている。
「ある日から全ての花の色を変えるなんて、人間にできる事じゃないからね」
「それはそうだよねー」
ティシーというのはその精霊の名前だ――なんて説もあったけれど、昔の話すぎてだれにも正解は分からない。後世の捏造だなんて説もあったから、これは伝えなくて良いだろう。
「色は違っても素材としての成分は同じだって分かったから、今は誰も気にしてないんじゃないかな」
「たくましいね」
「採取難易度はちょっと上がるけど、その分珍しい薬草も手つかずだったりするから、今の時期じゃなかったら結構混み合う場所なんだよ」
俺がアキトと話しながら歩いている間、どうやら後ろでもカーディさんによる素材講座が開かれていたみたいだ。
元冒険者だっただけあって、カーディさんもこれが何々という薬草であれが食べられる素材でと色々詳しいみたいだ。感心しているクリスさんの声を聞きながら、俺達は更に森の奥へと進んでいった。
森の中の休憩所には、夕方になる前には無事に辿り着いた。綺麗に整えられた休憩所には誰もおらず、どうやら今日は俺達四人での貸し切りになるようだ。予想通りではあるが、少しだけ肩の力が抜けた。
「野営の準備を始めましょうか」
「分かった」
「俺は周りの様子見ついでに、魔物避けの薬草を設置してくる」
俺はすぐにそう申し出た。
「焚火と夕食の用意は私にまかせて下さい」
クリスさんはそう言うと、肩かけ鞄から焚火用の枝の束とライタを取り出した。
「じゃあアキトと俺はテントの設営かな」
「はい!」
金を払ってるんだから働けと言いたげな依頼人もいたりはするんだが、この二人は俺達と一緒に用意をするつもりのようだな。面倒な依頼人じゃなくて良かったと考えながら、俺は取り出したテントをアキトに手渡した。
今日は一人用のテントを二つ使う。実は二人だけの旅行用にとアキトには内緒で二人用のテントも買ってはあるんだが、こういう時は一人用を人数分用意するのが定番だからな。
ちらりと視線を向けてみれば、カーディさんもクリスさんの分のテントを受け取っていた。新婚でもそこは冒険者の流儀に合わせてくれるのか。良かった。
「じゃあ行ってくる」
「いってらっしゃい、気をつけてね」
さらりと言われた気をつけてねの言葉に、自然と笑みがこぼれてしまった。
駄目だ、駄目だ。今はまだ油断しては駄目な段階だ。
俺は緩んだ気を引き締めると、気配探知を周囲に巡らせながら歩き出した。
まずは一番近い隅へと移動し、取り出した魔物避けの薬草に火をつける。一瞬だけふわりと香った花の香りはすぐに空気にまぎれてかき消えた。
ああ、この香りは本物だな。普段使いの薬草とは全く違うその香りに、俺は思わず笑みをこぼした。
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