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325.【ハル視点】ティシーの森の入口

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 ナルイット領には山はほとんどなく、起伏の少ない地形が延々と続く。冒険者や商人の中には、景色があまり変わらないこの領を苦手だという人も少なくない。

「アキト、疲れてない?」
「歩きやすいから全然疲れてないよ」

 にっこりと笑うアキトは、どうやら全く気にしていないみたいだ。俺はホッと息を吐くと、周りの気配を改めて探ってみた。

 何人か人の気配はあるけれど、こちらに意識を向けている人はいないようだな。問題が無い事を確認しながら街道を進んでいけば、やがて分かれ道に辿り着いた。

 冒険者らしき一団からの不思議そうな視線を感じながらも、俺達はティシーの森へと続く道へと足を進めた。やっぱりエファールの森と違ってこっちは空いていそうだ。

「なぁ、ファルブラキノコってそんなに有名な素材なのか?俺は知らないんだが…」

 カーディさんは、申し訳なさそうにぽつりとそう尋ねた。気になっていたのか、アキトも一緒になってうんうんと頷いている。

「ああ、一年の内にで二週間程しか取れないキノコだから無理も無いよ」

 笑顔を浮かべた俺の答えに、アキトとカーディさんは叫んだ。

「「二週間!?」」
「ええ、たった二週間です」

 面白い素材ですよとクリスさんは笑顔で応じた。

「冒険者であるハルはともかく、なんでクリスが知ってるんだ?」
「ああ、ファルブラキノコは魔道具の素材になるんだよ」
「キノコが魔道具の素材…?」

 アキトは首を傾げながらも、助けを求めるように俺の顔をじっと見つめて来た。嘘だろうと言いたそうなその顔を見返して、俺は本当だよと答えを返す。

「えーと、何の魔道具だ?」

 考え込みながらもそう尋ねたカーディさんに、クリスさんは優しく語りかける。

「着火の魔道具って分かる?」
「え、あのライタ?」
「あれの核には、ファルブラキノコの胞子が使われてるんだよ」
「そうなのか!?あれって火石を使ってるんじゃないのか?」
「その火を維持させるのにはあの胞子が相性が良くて…」

 二人揃って真剣な表情に変わると、クリスさんとカーディさんは着火の魔道具の構造と製造工程について話し始めた。

 かつては魔法が使えない人達は小さな火の魔法石を使うのが一般的だったが、あれは安定した火を出すのがかなり難しかった。取り扱い方を間違えれば魔法石が割れてしまって駄目になるか、もしくは驚くほどの大きな火を吐き出すかのどちらかだった。

 その点、ライタは誰でも安定した火を出す事ができる。危険度もぐんと下がり、今では一般市民にまで当たり前に受け入れられている魔道具だ。

 そんな事を考えていた俺は、不意に思いだした。ライタは確か異世界人がこの世界に伝えたものじゃなかったか。もしアキトと同じ世界から来たものだとしたら。

 クリスさんは勘が鋭そうだから、迂闊な反応をしてしまうとアキトの出身がバレてしまうかもしれない。心配になってちらりと視線を向けたけれど、アキトは明るい笑みを浮かべて俺を見返してきた。反応しないから安心して。視線だけでそう伝えられた俺は、良かったと自分も笑みを浮かべて答えに代えた。



 魔道具の話から何故か手に入りにくい素材の話に話題は移り、さらに手に入りにくい食材の話になって、最終的にはナルイット領の美味しい食べ物の話に辿り着いた。

 川魚が美味しいと言い合っている二人の会話に、アキトは興味深そうに耳を傾けていた。

「アキト、そこの道を左に入ったら、ティシーの森だよ」

 そう声をかけると、アキトはえっと小さく声を上げた。ここから右に行くと澄み切った水を湛えた泉があるけれど、今日はそちらに用は無いから左一択だ。

 遠目で見るとまるで門のように見えるけれど、近づいてしまえばただ伸びた木の枝がそう見えるだけだ。木の枝で出来た門をくぐって森の中へと続く道を歩き出すと、不意にアキトが声を上げた。

「ねぇ、ハル。ここって何か、道幅が広くない?」
「ああ、トライプールに慣れるとそう思うよね」
「ナルイット領の道は、トライプール領よりも確実に広いですね」
「こっちに慣れてる奴は、逆にトライプール領に行ったら道が狭すぎるってびっくりするらしいぞ?」

 アキトは俺の言葉に、どっちを基準にして考えるかの違いかぁと小さく呟いた。

「ちなみにもっと広い道の領もあれば、道がずっとぐねぐねと蛇行してるっていう領もあるよ」

 悪戯っぽく笑って告げれば、アキトはうーんと考えこんだ。

「広いのはともかく、蛇行はちょっと困りそうだね」
「ああ、方向感覚が狂うって言われてるね」
「でも、ハルなら大丈夫でしょ?」

 不意打ちで告げられた俺への信頼から来る言葉に、俺は大きく目を見開いてからすぐに笑って頷いた。

「ああ、アキトを迷わせたりしないよ」
「うん、頼りにしてる」

 ああ、可愛い。可愛すぎてどうすれば良いんだ。ちらりと後ろを見れば、まだ二人は川魚の美味しさについて盛り上がっている。俺はそっと手を伸ばすとアキトの頭をぽんぽんと撫でた。
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