上 下
326 / 1,103

325.【ハル視点】ティシーの森の入口

しおりを挟む
 ナルイット領には山はほとんどなく、起伏の少ない地形が延々と続く。冒険者や商人の中には、景色があまり変わらないこの領を苦手だという人も少なくない。

「アキト、疲れてない?」
「歩きやすいから全然疲れてないよ」

 にっこりと笑うアキトは、どうやら全く気にしていないみたいだ。俺はホッと息を吐くと、周りの気配を改めて探ってみた。

 何人か人の気配はあるけれど、こちらに意識を向けている人はいないようだな。問題が無い事を確認しながら街道を進んでいけば、やがて分かれ道に辿り着いた。

 冒険者らしき一団からの不思議そうな視線を感じながらも、俺達はティシーの森へと続く道へと足を進めた。やっぱりエファールの森と違ってこっちは空いていそうだ。

「なぁ、ファルブラキノコってそんなに有名な素材なのか?俺は知らないんだが…」

 カーディさんは、申し訳なさそうにぽつりとそう尋ねた。気になっていたのか、アキトも一緒になってうんうんと頷いている。

「ああ、一年の内にで二週間程しか取れないキノコだから無理も無いよ」

 笑顔を浮かべた俺の答えに、アキトとカーディさんは叫んだ。

「「二週間!?」」
「ええ、たった二週間です」

 面白い素材ですよとクリスさんは笑顔で応じた。

「冒険者であるハルはともかく、なんでクリスが知ってるんだ?」
「ああ、ファルブラキノコは魔道具の素材になるんだよ」
「キノコが魔道具の素材…?」

 アキトは首を傾げながらも、助けを求めるように俺の顔をじっと見つめて来た。嘘だろうと言いたそうなその顔を見返して、俺は本当だよと答えを返す。

「えーと、何の魔道具だ?」

 考え込みながらもそう尋ねたカーディさんに、クリスさんは優しく語りかける。

「着火の魔道具って分かる?」
「え、あのライタ?」
「あれの核には、ファルブラキノコの胞子が使われてるんだよ」
「そうなのか!?あれって火石を使ってるんじゃないのか?」
「その火を維持させるのにはあの胞子が相性が良くて…」

 二人揃って真剣な表情に変わると、クリスさんとカーディさんは着火の魔道具の構造と製造工程について話し始めた。

 かつては魔法が使えない人達は小さな火の魔法石を使うのが一般的だったが、あれは安定した火を出すのがかなり難しかった。取り扱い方を間違えれば魔法石が割れてしまって駄目になるか、もしくは驚くほどの大きな火を吐き出すかのどちらかだった。

 その点、ライタは誰でも安定した火を出す事ができる。危険度もぐんと下がり、今では一般市民にまで当たり前に受け入れられている魔道具だ。

 そんな事を考えていた俺は、不意に思いだした。ライタは確か異世界人がこの世界に伝えたものじゃなかったか。もしアキトと同じ世界から来たものだとしたら。

 クリスさんは勘が鋭そうだから、迂闊な反応をしてしまうとアキトの出身がバレてしまうかもしれない。心配になってちらりと視線を向けたけれど、アキトは明るい笑みを浮かべて俺を見返してきた。反応しないから安心して。視線だけでそう伝えられた俺は、良かったと自分も笑みを浮かべて答えに代えた。



 魔道具の話から何故か手に入りにくい素材の話に話題は移り、さらに手に入りにくい食材の話になって、最終的にはナルイット領の美味しい食べ物の話に辿り着いた。

 川魚が美味しいと言い合っている二人の会話に、アキトは興味深そうに耳を傾けていた。

「アキト、そこの道を左に入ったら、ティシーの森だよ」

 そう声をかけると、アキトはえっと小さく声を上げた。ここから右に行くと澄み切った水を湛えた泉があるけれど、今日はそちらに用は無いから左一択だ。

 遠目で見るとまるで門のように見えるけれど、近づいてしまえばただ伸びた木の枝がそう見えるだけだ。木の枝で出来た門をくぐって森の中へと続く道を歩き出すと、不意にアキトが声を上げた。

「ねぇ、ハル。ここって何か、道幅が広くない?」
「ああ、トライプールに慣れるとそう思うよね」
「ナルイット領の道は、トライプール領よりも確実に広いですね」
「こっちに慣れてる奴は、逆にトライプール領に行ったら道が狭すぎるってびっくりするらしいぞ?」

 アキトは俺の言葉に、どっちを基準にして考えるかの違いかぁと小さく呟いた。

「ちなみにもっと広い道の領もあれば、道がずっとぐねぐねと蛇行してるっていう領もあるよ」

 悪戯っぽく笑って告げれば、アキトはうーんと考えこんだ。

「広いのはともかく、蛇行はちょっと困りそうだね」
「ああ、方向感覚が狂うって言われてるね」
「でも、ハルなら大丈夫でしょ?」

 不意打ちで告げられた俺への信頼から来る言葉に、俺は大きく目を見開いてからすぐに笑って頷いた。

「ああ、アキトを迷わせたりしないよ」
「うん、頼りにしてる」

 ああ、可愛い。可愛すぎてどうすれば良いんだ。ちらりと後ろを見れば、まだ二人は川魚の美味しさについて盛り上がっている。俺はそっと手を伸ばすとアキトの頭をぽんぽんと撫でた。
しおりを挟む
感想 315

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

氷の華を溶かしたら

こむぎダック
BL
ラリス王国。 男女問わず、子供を産む事ができる世界。 前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。 ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。 そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。 その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。 初恋を拗らせたカリストとシェルビー。 キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

処理中です...