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323.【ハル視点】ナルイット領へ

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 レーウェ川の貸出船はただ金を積めば予約ができるような、そんな単純な仕組みでは無い。経営しているのはとある豪商だとか貴族だとか、噂は色々と出回っていたが、そのどれもが信憑性に欠けている。

 そういえば経営者の情報を求める依頼、なんてものも見た事があったな。俺はそんな事を思いだしながら、ちらりとクリスさんを見た。

 こんな直前で予約が出来たのは、おそらくクリスさんのつてだろう。さすがストファー魔道具店の経営者ってところか。

 それにしても、俺達の分の部屋まで用意してるとは…。従者のための部屋ならまだ礼を言って受け入れたかもしれないが、個室を用意するのはただの護衛の冒険者には過ぎたものだろう。

「俺達の分の部屋まで…?本当に良いのか?」
「ええ、もちろんです」

 あっさりと笑顔で答えたクリスさんに、俺はすぐに言葉を続けた。

「分かった。予約は感謝するが、俺達のための部屋の料金は俺達に払わせて欲しい」
「いいえ、依頼の間の宿はこちらが持つと条件で合意しましたよね?」
「しかしこれは特別すぎるだろう」
「いえ、もしこれで支払ってもらったら、私はよりによってメロウさんの前でした契約に違反する事になりますから…」

 それを言われるとつらい。もちろん俺はメロウに報告するつもりは無いけれど、それでも絶対にバレないとは言い切れない。俺とクリスさんはともかく、アキトとカーディさんはメロウにうまく聞き出される可能性があると思う。

「分かった、じゃあ今回は甘える」

 俺がそう告げれば、クリスさんはふうと肩の力を抜いた。

「諦めてくれて良かったです。恐ろしい事になるかと思って焦りました」
「それで、予約はいつから取ってるんだ?」
「明日の昼までに辿り着けば良いようにしてあります」
「それなら時間に余裕はあるか」
「ええ、のんびりと行きましょう」



 途中で休憩も挟みながら四人で話しつつ街道を歩いて行くと、あっという間にトライプール領とナルイット領との境界に辿り着いた。

 アキトはちょうど境目に立てられている大きな看板をまじまじと凝視したまま、その場で固まってしまった。

 きちんと領の間の境界についても話しておくべきだったな。俺は密かに反省しながら、笑顔でハルに声をかけた。

「普通の領の境界と違いすぎてびっくりした?」

 頭の回転が早いアキトなら、きっと俺の言いたい事に気づいてくれる。そう思って声をかければ、アキトはぱちりとひとつ瞬きをしてからすぐに頷いてくれた。

「うん、そうなんだ」

 後ろの二人は微笑ましそうに話を聞いているだけだから、どうやら不自然さに気づかれてはいないみたいだ。視線だけでさすがアキトだと褒めれば、照れくさそうな笑顔が返ってくる。

「普通は街道沿いに簡易の検問ぐらいはあるけど、ここは領主同士の仲が良いからね」
「え、領主さんの仲の良さが関係あるの?」
「え、そうなのか?」

 カーディさんも驚いた様子だから、どうやら検問が無い理由までは知らなかったみたいだな。

「すごく関係あるんですよ…」

 遠い目をしたクリスさんは、領主同士の仲が悪いからと壁を巡らせた場所や、すごく厳しい検問をする場所もあるんだと続けた。それはどちらも南の方の領だな。あの辺りはきちんと情報収集をしている冒険者なら、まず近づかない地域だ。

「商売でも出来れば近づきたくない場所なんですが、どうしても行かないと駄目な事があって…苦労しましたねぇ」
「それ、俺は知らないぞ?」
「カーディは長期の護衛依頼でトライプールにいなかったですから」
「あー…あの頃かぁ」

 思い出話が始まった二人の会話を聞いていると、アキトがこそりと俺に声をかけてきた。

「ハル、ありがとね」

 信頼しきった瞳で見上げられるのが、なんだかすごく嬉しい。

「ああ、どういたしまして」

 二人で視線を合わせて笑い合うのが、こんなに幸せだなんて知らなかったな。

「あーちょっと腹が減ってきたな」
「色々買ってはありますけど…きちんとした食事は無いですよ」
「火が起こせたら作れるんだけどな」

 そんな会話が後ろから聞こえてくると、アキトは慌てた様子で振り返った。

「あの!レーブンさんから四人で食えって包みを預かってます!」
「え、そうなんですか?」

 クリスさんは嬉しそうにしながらも、今度お礼に行かないとなと呟いていた。カーディさんはその隣で、満面の笑みを浮かべて叫んだ。

「おお!久しぶりのレーブンさんの飯か!!」
「美味しいですよねーレーブンさんのご飯」
「上手いよなぁ。洗練されてるのに、どことなく懐かしい雰囲気もあるんだよなぁ」
「分かります!」

 レーブンのご飯の美味しさで盛り上がる二人の姿は、俺にとっては癒しの空間だった。あ、訂正しよう。俺とクリスさんにとっては、癒しの空間だっただな。

「確か、この先の森を右に入った辺りに休憩所がある筈だ」

 二人の会話が終わるのを待ってそう声をかければ、クリスさんはすぐに頷いた。

「ああ、ありましたね」
「じゃあそこで昼食にしようか」
「「賛成!」」

 アキトとカーディさんは見事に言葉を重ねると、二人揃って楽し気に笑いだした。

 俺の大事な恋人が楽しそうで何よりだ。
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