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312.【ハル視点】惚れっぽい薬屋

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 依頼の内容についての確認はほとんど終わっていたが、日程については受けると決まってから相談するのが一般的だ。アキトにもきちんと確認してから、俺達は明日でも大丈夫だと伝えたが、クリスさんにはもう一日待って欲しいと言われた。

 イーシャル領にあるストファー魔道具店の支店に届ける必要のある荷物が、まだ届いていないらしい。急ぐ用事があるわけでも無いし、俺達はいつ出発でも問題は無い。

「それでは二日後に」
「またな、ハル、アキト」
「ああ、じゃあ二日後に」
「はい、また」

 ギルドの前でクリスさんとカーディさんと別れると、俺達はトライプールの街中を歩き出した。今日はこのまま、依頼のための買い出しに行く予定だ。

「依頼に必要なものって…例えばどんなもの?」

 護衛任務が初になるアキトは、俺を見上げてそう尋ねてきた。

「うーん…今回は野営の可能性もあるから、野営準備は当然必要だね。それに装備に不備が無いか確認しておく事、後は携帯食料も一応買っておきたいかな」
「結構色々あるんだ」
「あーあと、回復ポーションも買い足しておきたいな」

 上級のものを用意しておけば、いざという時に役に立つからな。今俺が持っているのは俺とアキトの分の二つだけだ。護衛する側が必ず用意するなんて規則は無いんだが、依頼を受けたからにはクリスさんとカーディさんの分も用意しておきたい。これはまあ俺の勝手なこだわりってやつだけど、もし使わなければ俺達の予備に回せば良いだけだしな。

 そう考えながらふと視線を向ければ、アキトは珍しく不満そうに眉をしかめていた。必要なものをぽんぽんと並べ過ぎただろうか。俺は慌ててアキトの形の良い頭に手を乗せた。

「野営準備は宿で確認するだけで大丈夫だし、アキトの装備には問題はないよ。俺は剣を研ぎなおしたいんだけどね」
「そっか」
「まずはポーションを見に行こうか」

 すっと手を差し出せば、アキトはきゅっと躊躇いもせずに握り返してくれた。よし、じゃあ気は進まないがプーケの薬屋に向かうとするか。

 薬屋の前まで辿り着いた俺は、アキトに向きなおった。この店に入る前に、注意して欲しい事をきっちり伝えておかないとな。

「薬屋?」
「そう、ここはポーション専門の薬屋なんだ」
「へーそんなお店があったんだ?」
「あーここはポーションの質は良いんだけど、アキト一人では絶対に来させたくなくてね」

 なんなら生身の俺と一緒の今でも、連れて来て良かったのかなと考えてしまう相手だ。

 店主のプーケは、ポーションを作る技術だけは本当に一流だ。元騎士でありながら王都のギルドや騎士団からも、王都への移転を望む声が出るほどの腕前だからな。ただ、とにかく惚れっぽい。男女問わず、いつでも誰かを口説いているようなそんな男だ。 

 しかも筋肉が多くない華奢な体型の人が好きで、派手な美人よりは大人しい系の美人が好き。明るく元気な人よりも、落ち着いた優しい人が好きときている。

 かつて同僚であったせいであいつの好みは細かい所まで知っているんだが、アキトはきっと好みのど真ん中なんだよな。

 俺はぐっと肩に力を入れてから、店内に足を踏み入れた。

「いらっしゃいませ…あああー!」

 店内に入っていった俺とアキトを見るなり、オレンジの髪を揺らしたプーケは急に叫び声を上げた。

「うるさいぞ、プーケ」

 あ、ごめんと軽く謝ったプーケは俺の顔を興味無さそうにちらりと見た。

「ハル久しぶり」
「ああ、久しぶりだな」
「そんな事よりっ!そちらの美しい方、お名前をお聞きしても?」

 やっぱり思った通りの展開になったな。俺はふうとひとつため息を吐いてから、プーケの視線を遮るように場所を移動した。

「断る」
「なんでお前が断るんだよ。俺はそちらの美し…なんで手を繋いでるんだ?」

 穴が開きそうなほどに見つめられ、俺はアキトと繋いだままの手を持ち上げてみせる。

「彼が俺の恋人だからだな」
「う、嘘だろう?俺の運命の相手がついに見つかったと思ったのに?」
「それは間違いなくただの勘違いだな」

 ばっさりと切り捨ててやれば、プーケは嘘だぁぁと叫んでからがっくりと崩れ落ちた。

「ハル…?」
「ああ、驚かせてごめんな。こいつの作るポーションはどれも一級品なんだが、とにかく惚れっぽいのが難点でな。絶対にア…君に興味を示すと思ってたんだ」

 名前を言わないようにと言葉を変えれば、アキトはくすぐったそうに笑みを浮かべた。そんな可愛い顔をこいつに見せないで欲しいなんて、さすがに口にしたら重すぎるだろうか。

「名前ぐらい教えてくれよーさっきアって言ったから、アで始まる名前なんだな?」

 アと言いかけただけでそこまで分かられてしまうのか。ちょっと怖いな、こいつ。

「黙ってろ。回復ポーション上級を二本」
「…名前…教えてくれたら売る…」

 恨みがましそうな声に、俺は即決で答えた。

「分かった、よそで買う」
「あーもー分かったよ!上級のポーション二本ね!」
「ギルドカードで」
「はい」

 俺が差し出したギルドカードで会計を済ませると、プーケはすぐに二本の瓶をカウンターの上に並べた。相変わらず不純物の一切ない、綺麗なポーションだな。

「お買い上げどうも」
「ああ、また来る」

 俺は瓶を鞄にしまうなり、すぐに店から出ようと歩き出した。手を握られたままのアキトに、プーケは軽い口調で声をかけた。

「ハルの恋人さん、次は名前教えてねー」

 勝手に声をかけるな。そう考えながら歩いていた俺は、不意にアキトがふふと笑ったのに驚いてしまった。

「ええ、また」

 なぜアキトはプーケの呼びかけに答えたんだろう。しかも嬉しそうに笑っていたよな。あれは聞き間違いなんかじゃないだろう。

 俺はもやもやした気持ちで、プーケの薬屋のドアを音を立てて閉めた。
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