生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

文字の大きさ
上 下
313 / 1,179

312.【ハル視点】惚れっぽい薬屋

しおりを挟む
 依頼の内容についての確認はほとんど終わっていたが、日程については受けると決まってから相談するのが一般的だ。アキトにもきちんと確認してから、俺達は明日でも大丈夫だと伝えたが、クリスさんにはもう一日待って欲しいと言われた。

 イーシャル領にあるストファー魔道具店の支店に届ける必要のある荷物が、まだ届いていないらしい。急ぐ用事があるわけでも無いし、俺達はいつ出発でも問題は無い。

「それでは二日後に」
「またな、ハル、アキト」
「ああ、じゃあ二日後に」
「はい、また」

 ギルドの前でクリスさんとカーディさんと別れると、俺達はトライプールの街中を歩き出した。今日はこのまま、依頼のための買い出しに行く予定だ。

「依頼に必要なものって…例えばどんなもの?」

 護衛任務が初になるアキトは、俺を見上げてそう尋ねてきた。

「うーん…今回は野営の可能性もあるから、野営準備は当然必要だね。それに装備に不備が無いか確認しておく事、後は携帯食料も一応買っておきたいかな」
「結構色々あるんだ」
「あーあと、回復ポーションも買い足しておきたいな」

 上級のものを用意しておけば、いざという時に役に立つからな。今俺が持っているのは俺とアキトの分の二つだけだ。護衛する側が必ず用意するなんて規則は無いんだが、依頼を受けたからにはクリスさんとカーディさんの分も用意しておきたい。これはまあ俺の勝手なこだわりってやつだけど、もし使わなければ俺達の予備に回せば良いだけだしな。

 そう考えながらふと視線を向ければ、アキトは珍しく不満そうに眉をしかめていた。必要なものをぽんぽんと並べ過ぎただろうか。俺は慌ててアキトの形の良い頭に手を乗せた。

「野営準備は宿で確認するだけで大丈夫だし、アキトの装備には問題はないよ。俺は剣を研ぎなおしたいんだけどね」
「そっか」
「まずはポーションを見に行こうか」

 すっと手を差し出せば、アキトはきゅっと躊躇いもせずに握り返してくれた。よし、じゃあ気は進まないがプーケの薬屋に向かうとするか。

 薬屋の前まで辿り着いた俺は、アキトに向きなおった。この店に入る前に、注意して欲しい事をきっちり伝えておかないとな。

「薬屋?」
「そう、ここはポーション専門の薬屋なんだ」
「へーそんなお店があったんだ?」
「あーここはポーションの質は良いんだけど、アキト一人では絶対に来させたくなくてね」

 なんなら生身の俺と一緒の今でも、連れて来て良かったのかなと考えてしまう相手だ。

 店主のプーケは、ポーションを作る技術だけは本当に一流だ。元騎士でありながら王都のギルドや騎士団からも、王都への移転を望む声が出るほどの腕前だからな。ただ、とにかく惚れっぽい。男女問わず、いつでも誰かを口説いているようなそんな男だ。 

 しかも筋肉が多くない華奢な体型の人が好きで、派手な美人よりは大人しい系の美人が好き。明るく元気な人よりも、落ち着いた優しい人が好きときている。

 かつて同僚であったせいであいつの好みは細かい所まで知っているんだが、アキトはきっと好みのど真ん中なんだよな。

 俺はぐっと肩に力を入れてから、店内に足を踏み入れた。

「いらっしゃいませ…あああー!」

 店内に入っていった俺とアキトを見るなり、オレンジの髪を揺らしたプーケは急に叫び声を上げた。

「うるさいぞ、プーケ」

 あ、ごめんと軽く謝ったプーケは俺の顔を興味無さそうにちらりと見た。

「ハル久しぶり」
「ああ、久しぶりだな」
「そんな事よりっ!そちらの美しい方、お名前をお聞きしても?」

 やっぱり思った通りの展開になったな。俺はふうとひとつため息を吐いてから、プーケの視線を遮るように場所を移動した。

「断る」
「なんでお前が断るんだよ。俺はそちらの美し…なんで手を繋いでるんだ?」

 穴が開きそうなほどに見つめられ、俺はアキトと繋いだままの手を持ち上げてみせる。

「彼が俺の恋人だからだな」
「う、嘘だろう?俺の運命の相手がついに見つかったと思ったのに?」
「それは間違いなくただの勘違いだな」

 ばっさりと切り捨ててやれば、プーケは嘘だぁぁと叫んでからがっくりと崩れ落ちた。

「ハル…?」
「ああ、驚かせてごめんな。こいつの作るポーションはどれも一級品なんだが、とにかく惚れっぽいのが難点でな。絶対にア…君に興味を示すと思ってたんだ」

 名前を言わないようにと言葉を変えれば、アキトはくすぐったそうに笑みを浮かべた。そんな可愛い顔をこいつに見せないで欲しいなんて、さすがに口にしたら重すぎるだろうか。

「名前ぐらい教えてくれよーさっきアって言ったから、アで始まる名前なんだな?」

 アと言いかけただけでそこまで分かられてしまうのか。ちょっと怖いな、こいつ。

「黙ってろ。回復ポーション上級を二本」
「…名前…教えてくれたら売る…」

 恨みがましそうな声に、俺は即決で答えた。

「分かった、よそで買う」
「あーもー分かったよ!上級のポーション二本ね!」
「ギルドカードで」
「はい」

 俺が差し出したギルドカードで会計を済ませると、プーケはすぐに二本の瓶をカウンターの上に並べた。相変わらず不純物の一切ない、綺麗なポーションだな。

「お買い上げどうも」
「ああ、また来る」

 俺は瓶を鞄にしまうなり、すぐに店から出ようと歩き出した。手を握られたままのアキトに、プーケは軽い口調で声をかけた。

「ハルの恋人さん、次は名前教えてねー」

 勝手に声をかけるな。そう考えながら歩いていた俺は、不意にアキトがふふと笑ったのに驚いてしまった。

「ええ、また」

 なぜアキトはプーケの呼びかけに答えたんだろう。しかも嬉しそうに笑っていたよな。あれは聞き間違いなんかじゃないだろう。

 俺はもやもやした気持ちで、プーケの薬屋のドアを音を立てて閉めた。
しおりを挟む
感想 329

あなたにおすすめの小説

悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

不遇聖女様(男)は、国を捨てて闇落ちする覚悟を決めました!

ミクリ21
BL
聖女様(男)は、理不尽な不遇を受けていました。 その不遇は、聖女になった7歳から始まり、現在の15歳まで続きました。 しかし、聖女ラウロはとうとう国を捨てるようです。 何故なら、この世界の成人年齢は15歳だから。 聖女ラウロは、これからは闇落ちをして自由に生きるのだ!!(闇落ちは自称)

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

婚約破棄されたショックで前世の記憶&猫集めの能力をゲットしたモブ顔の僕!

ミクリ21 (新)
BL
婚約者シルベスター・モンローに婚約破棄されたら、そのショックで前世の記憶を思い出したモブ顔の主人公エレン・ニャンゴローの話。

竜王陛下、番う相手、間違えてますよ

てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。 『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ 姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。 俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!?   王道ストーリー。竜王×凡人。 20230805 完結しましたので全て公開していきます。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

処理中です...