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304.イーシャル領

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「よろしければどうぞ」

 にっこり笑顔で勧められたその果実水は、なんでもイーシャル領の名産である果物シャルの実を使ったものらしい。それぞれの国どころか、領ごとにも名産の果実水があるんだな。

「いただきます」
「ありがとう、メロウさん」
「いえいえ、所でお二人はイーシャル領に行った事はありますか?」
「ありません」
「あー俺も行くのは初めてなんだ」
「それでは軽くイーシャル領の説明をしましょうか」

 そう言うとメロウさんは大きな本を取り出して、俺達に見えるようにテーブルの上に広げてくれた。そのページに描かれていたのは、美しく透き通る水と白と淡い水色の小さな花に囲まれた美しい街の絵だった。

「すご…綺麗…」
「水のイーシャル領と名前だけは知ってはいたが、ここまで綺麗な場所とは…」
「実物はもっと綺麗ですよ」

 メロウさんによるとイーシャル領は、トライプールの隣の隣に位置している領らしい。水源の豊富な領で、穀物や野菜、果実の栽培が特に盛んなんだそうだ。しかも領都イーシャルには水路が張り巡らされていて、中央にある広場にはそれは優美な美しい噴水があるんだって。それはぜひ見てみたいな。

「ちなみにこの絵にも描かれているこの水色と白色の花。これがこの領のシンボルともいえるトリクの花です」
「トリクの花…」
「イーシャル領主の家紋にも使われている花で、領民にも一番人気の花なんですよ」
「へー小ぶりなのに存在感があって、良い花だな」

 俺達はメロウさんの慣れた様子の説明に、真剣に耳を傾けていた。メロウさんもハルに負けず劣らず紹介が上手なんだな。難しい言葉は使わずに本を見せながら説明してくれるから、俺達も楽しく聞けるって感じだ。観光ガイドとかしたら人気がでそうだななんて考えてしまった。

「それにそろそろトリク祭りの時期ですから、運が良ければ祭りも楽しめるかもしれませんね」
「トリク祭り?」

 メロウさんによると、そのお祭りには正式な呼び名が長年なかったんだって。収穫を祝うお祭りとして毎年一度行われるお祭りって感じだったらしいんだけど、いつの間にかトリク祭りって呼ばれるようになったそうだ。

「領主さんの一家が慕われてるって事ですね」
「ええ、そうですね」

 俺達が説明を聞きながら果実水を飲み干した頃、やっとハルとクリスさんは顔を上げた。

「俺の伴侶が可愛すぎる」
「俺の恋人が可愛すぎる」
「その大事な伴侶と恋人が、心配そうに見つめてますよ?」

 メロウさんはそう言うと、二人の方をじろりと睨んだ。

「ごめんね、カーディ」
「いや、まあ良いんだが」
「心配かけてごめん、アキト」
「えーと大丈夫?」
「ああ、問題は何もないよ…それは?」

 ハルの視線は俺の手にしている空っぽの木製カップで止まった。

「二人が動かない間に、私がシャルの果実水をお二人に渡して、イーシャル領の説明をしていました」
「ああ、なるほど。さすがメロウだな。ありがとう」
「ありがとうございます、メロウさん」

 素直にお礼の言葉を告げた二人に、メロウさんは軽く手を上げて答えた。

「それで、依頼はどうされますか?」
「…俺は良い依頼だと思ったけど、アキトはどう思う?」
「俺はもちろん受けたい!イーシャル領行ってみたいし!」

 綺麗な噴水があるんだってと伝えると、ハルはふわりと柔らかく微笑んでくれた。

「じゃあ受けようか。こちらからの追加条件は一つだけ、噴水を見に行く時間を取りたい」

 え、ただ見に行けたら行きたいなーぐらいの気持ちで言ったんだけど、しっかり条件にまで入れられてしまった。これはまずいと俺は慌てて口を開いた。

「えっと、そこまでしなくても…」
「ありがとうございます。当然その条件は飲ませて頂きます」

 クリスさんは悩む素振りもなく、即答でハルの付けた条件を受け入れてくれた。

「良いんですか?」
「当然です。依頼中でもしたい事ができたら、すぐ言ってくださいね」
「ああ、そこに遠慮はいらないぞ」

 カーディさんにまで優しく笑って言われてしまったら、ありがとうございます以外に言える事は無かった。
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