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299.【ハル視点】安心できる場所

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 どこまでも甘くて幸せで、そして恥ずかしい時間はあっという間に過ぎていった。アキトは俺の頭を飽きもせず撫で続け、俺はついに耐えかねて声を上げた。

「アキト、もうやめて…」
「嫌?」
「嫌じゃないけど、恥ずかしい…」

 愛されてるのは分かったからそろそろ勘弁して欲しい。アキトは悪戯っぽく笑って答えた。普段はあまり見せない子どもっぽい笑顔だった。

「また撫でさせてくれるなら止めるよ」

 口にされた言葉のあまりの可愛さに、俺はぐっと言葉に詰まった。また撫でたいのか、こんな年上の頭を。そんなの答えは一つに決まっている。

「分かった」
「じゃあ今日は終わりで」
「はー…アキト嬉しそうだね?」
「嬉しいからね」
「今度、俺もアキトにマッサージさせて欲しいな」

 お返しにマッサージとやらをして、ついでに頭も撫でさせてもらおう。そんな計画を考えながら提案すれば、アキトは即答で答えた。

「もちろん、いつでも歓迎だよ。頭も撫でてくれる?」

 笑顔で続けたアキトをまじまじと見つめて、俺はフハッと吹き出した。敵わないな。いくらでも撫でさせてもらうよ。

「アキトもおいで」

 手招きをしながら声をかければ、アキトは向かい側のベッドによじ登った。向かい合わせになるように寝転がったアキトに、そっと手を差し伸べる。アキトは嬉しそうに笑ってから、きゅっと軽く握り返してくれる。

 窓からはカーテン越しに太陽の光が入ってきていた。まだ夕方にもならない時間帯で、防音結界が無ければきっと外の活気に満ちた声が聞こえてるだろう。

「今日はこのまま寝ちゃおうか?」
「うん、良いね」
「あ、先に言っておくけど、今日もまだしないからね」

 一応言っておこうとそう告げれば、アキトは不服そうに視線を反らした。

「ああ、そっか…残念だけど、分かった」
「アキト…頼むから残念だけどとか言わないで…俺の理性が」

 思わず口から漏れた弱音に、アキトは楽し気に声を上げて笑いだす。本当にアキトと一緒にいると、今までの自分は何だったのかと思うほど幸せな気持ちになるな。

「ねえ、ハル。ガックラースとビルチェッティ、美味しかったね?」
「美味しかったね」
「あのお店また行きたいな」
「また行こう。行きたいお店がどんどん増えていくね」

 つまりそれは、俺達二人の思い出が増えていってるって事でもある。そう考えると感慨深いな。

「それにしても、ちゃんと料理の名前覚えたんだね?」
「あ、うん。美味しかったから覚えたよ」
「それじゃあ隣国の話でもしようか。もちろん眠くなったらすぐ寝て良いからね」

 俺はそう前置きをするとゆったりと話しだした。

「隣国はバーサ王国という国で、うちと同じ王政の国だね」

 隣国とこの国は同盟関係にあるから、出入りは比較的簡単にできる。俺は騎士としての任務でも冒険者としての依頼でも、何度も訪れた事がある国だ。

 騎士団もなかなか強いんだとは伝えたが、華奢な男性が大好きな騎士団団長の話は絶対にしない。アキトにはできれば会わせたくないな。

 アキトが気に入っていた果実水に使われていたビオンは、細長い果実なんだけど果皮がすっっっごく固い事も告げておいた。だからあの果物は剥くのがすごく大変で、ビオンを剥くだけの職業があると教えれば、アキトは大きく目を見開いて驚いていた。

 一応割るための道具はあるんだが、魔道具や魔法で割ると変質するから最後は腕力に頼るんだよな。

「それ、で…ラース…はね…」

 バーサ王国について話しながらも、じわじわと眠気に襲われていた。だめだ、まだ寝るなと自分に言い聞かせていたけれど、意識がどんどん遠ざかっていく。人前ではろくに眠れなかったなんて嘘みたいだな。

「ハル、話はまた明日にしよう?」

 囁くような声でそう告げられ、俺はゆっくりと口を閉ざした。明日。そうか明日にすれば良いのか。アキトは優しく微笑みながら俺を見つめていて、このまま眠ってしまうのが惜しいような気持ちになってしまった。

 それでも眠気には抗えずに、じわじわとまぶたが下りてきてしまう。

「おやすみ、ハル。良い夢を」
「お…すみ…キト」

 かろうじてそう答えると、俺はそのまま眠りに落ちていった。
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