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297.【ハル視点】バーサ王国料理

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 何の疑いもなく俺の言葉を受け入れてくれたアキトに、じわりと胸が温かくなった。この信頼だけは何があっても決して裏切らないようにしないとな。とりあえずこの料理は、アキトの好みには合う筈だ。

 二人分の日替わりと果実水の注文を済ませてから、料理を見た時のアキトの反応を予想してみる。ライスが好きなアキトは、きっと驚きながらも喜んでくれるだろう。

 あとは味付けが好みだと良いんだけどな。いつもより回らない頭でぼんやりとそんな事を考えていた俺は、どんな料理なのと聞かれて答えに困ってしまった。

「来てからのお楽しみだよ」

 咄嗟にそう答えたけれど、我ながら微妙な答えだな。不服そうならすぐに謝って料理の説明をしようと、俺は慌てて顔を上げた。視界に飛び込んできたアキトは、怒るでもなくただじっと俺を見つめていた。

「…どうかした?」
「折角のお楽しみなら、周りのテーブルも見ないようにしようと思って」

 そう言って笑ったアキトは、だから俺を見つめてると楽し気に続ける。

「見つめてたら嫌?」
「嫌なわけがない!」

 即答で答えた俺に、アキトはじゃあ観察させてねと宣言するとじーっと俺を見つめてくる。思わず視線を反らしてしまうぐらい、それはもう熱烈な視線だった。

「まつげ長…」

 しかもたまに、感想が口からこぼれてくるんだからたまらない。

「紫の目綺麗だなー」

 これが黒鷹亭で二人きりの時なら、何の問題も無かった。笑顔でありがとうと受け入れられるし、アキトのうっすら茶色の瞳も綺麗だよと返すだろう。

 だが、今は混雑している料理店の中なんだ。

 おそらく無意識だろうアキトの言葉を、口から出てるよと指摘するべきだろうか。周囲の面白そうな視線や羨ましそうな視線を感じながら、俺はぐるぐると考えこんでいた。

「お待たせしましたー日替わりと果実水です」

 店員はそう声をかけると、俺とアキトの前に大きな皿を配膳してくれた。最高のタイミングだった。ありがとう、店員の男性。

「ごゆっくりどうぞ」
「ハル、これって!…えっとまず料理名なんだったっけ?」

 照れくさそうに笑うアキトに、俺は笑顔で答えた。

「ビルチェッティとガックラースだね」
「それだ。えっと、これってライスだよね?」

 料理を指差して尋ねるアキトは、誰が見ても明らかなぐらいに大興奮だった。驚きつつも喜ぶアキトの反応が嬉しくて、自然と笑みがこぼれる。

「ラースっていうのは隣の国の言葉でライスって意味なんだ。ガックは香草だね」
「そうなんだ!ラースね、覚えとこう!」
「ちなみにビルチェッティは、豆の煮込み料理って感じかな」

 分かりやすいようにと説明すれば、アキトはへぇーと声を上げた。

「隣の国ではラースは良く食べるの?」
「ああ、この国よりは頻繁に食べるかな。温かいうちに食べようか?」
「うんっ!いただきます」
「いただきます」

 嬉しそうに口に運んだアキトは、もぐもぐと口を動かして味わっている。

「アキト、どう?」

 好みの味だと思ったけど、すこし辛味があるのは大丈夫だっただろうか。ほんの少し心配になった俺の問いかけに、アキトは目をキラキラさせながら答えてくれた。

「美味しい!」
「気に入って良かったよ」
「ちょっと辛いんだね!」
「あ、もしかして辛いのは苦手だった?」
「ううん、むしろ辛いのは大好きなんだ!」
「そうなのか」

 アキトがスパイスを嫌がった事は無かったけれど、そんなに好きだとは知らなかったな。辛いのが好きなら、あの南国の料理も良いかもしれない。そんな事を考えながら口を動かしていると、アキトは笑顔で俺に話しかけてきた。

「それにしても、ハルは他の国にも詳しいんだね?」
「ああ、行った事はあるよ」
「そうなんだ?」
「仕事の関係で色々ね」

 隣国であるバーサ王国には騎士団の合同演習で何度も行った事があるし、冒険者としても何度も訪れた国だ。アキトが興味があるなら、いつか二人で行きたい国に追加しておこうかな。

 食事を口にしたせいか、少し頭の回転が戻ってきた気がするな。

「あ、果実水も美味しい!」
「これは隣国の特産の果物、ビオンを使ってるみたいだね」

 ビオンは酸味と甘みのバランスが良い、美味しい果実だ。ただ輸送費が高いからと、あまりトライプールでは出回らないものなんだが。

「果実水まで隣の国の果物なんだ?」
「ああ、かなりこだわってる店みたいだな」

 改めて店内を見渡してみると、さりげなく壁に飾ってある絵や謎の仮面まで全てが隣国のものだった。しかもかなり高品質なものが揃えられている。

 料理の値段も安いし輸送費まで考えると明らかに不自然な店だが、これは多分国の政策で作られたものなんだろうな。同盟国に親しみを抱いてもらうために、国が主体で出しているんだろう。

 最もこんな事をわざわざアキトに言う気は無い。ここはただ隣国の美味しいご飯が食べられる少し珍しい店。それで十分だ。

「美味しいね」
「ああ、美味しいな」
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