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286.ナドナの果実

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 わーわーと騒ぐ俺達に、メロウさんはパンパンと軽く両手を叩いて注意を引いた。

「いちゃつくのは、二人きりの時にして下さいね」
「あー…悪かった」
「すみません」
「ああ、アキトさんは悪くありませんよ。悪いのは全部この男です」

 さっきから思ってたけど、メロウさんはハルに対してだけあたりが強くないかな。何ていうか、同世代の男友達って感じのやり取りなんだよな。年齢が近かったりするんだろうか。

「そろそろ良いか?」
「ああ、最後に一つだけ。ハルさんのランク制限はどうなったんですか?」
「制限は無くなった」
「そうですか。ではさっさとランクを上げてください」
「そのつもりだ」

 ランクを上げろって言われてそのつもりだって返せるのって地味にすごいな。それだけ自分の腕に自信があるって事だもんな。俺も言えるように精進しないと。

「もちろん、アキトさんにも期待してますからね」
「ありがとうございます!」
「まず先に、アキトのランクを上げた方が良いだろうな」
「俺のランクを?」
「確かにその方が効率は良いでしょうね」
「ランクアップ試験は、パーティーなら一緒に受けられるんだよ」

 俺のランクは今はD級。ハルのランクはC級だから、一緒に試験が受けれるようになるって事か。それは確かにお得な気がする。

「Cランクに上げるには、指定された素材の納品が必要になるんだ」
「え、素材の納品?」

 そんなに簡単なのが試験の内容なのかと思わず考えてしまったけれど、隣からメロウさんが口を挟んだ。

「もちろん、そう簡単に採取できるものではありませんよ」
「そうなんですか?」
「しかも昇級試験の素材に選ばれると、市場価格がぐんと上がるからね」
「え…買った素材でも合格になるって事!?」

 びっくりしすぎた俺は、思わずそう声を上げた。そんなのずるいって思うのは、俺だけなのかな。

「腕はあるのにどうしてもその素材だけ手に入らない――なんて事もあり得るからな」
「まあ、その努力を認めて合格にはしますが、鑑定ではもちろん買取か採取かは分かりますよ」

 後はランクが上がってからの行動次第ですからと、メロウさんは笑って続けた。

「ちなみにひと月ごとに、対象の素材は変わっていきますよ」

 どうしても無理だから、入手できそうな素材まで待つって人もたまにいるんだって。メロウさんはそう言うと、取り出した手帳に視線を落とした。

「今はナドナの果実の納品ですね」
「ナドナの果実…なのか?」
「…あれ?ナドナの果実…?」

 ナドナの果実って、あのカラフルなブドウみたいなやつじゃなかったっけ?バラ―ブ村で子どもたちに振る舞った美味しい果物だけど、魔道収納鞄にはまだ残ってる気がする。

「ハル、あのさ…」
「ああ、アキトも気づいたか?」
「どうかしましたか?」

 様子がおかしい事に気づいたメロウさんは、不思議そうに俺達を見つめていた。えーとと言いつつ鞄の中に手を入れる。すぐに見つかったカラフルなブドウみたいなその果実を差し出せば、メロウさんは大きく目を見開いてみつめていた。

 魔道収納鞄の中は時間の流れがゆっくりになるみたいだから、まだナドナの果実はツヤツヤとした新鮮な状態のままだ。

「…間違いなくナドナの果実ですね」
「えーと、俺が見つけた時に、ハルが美味しいからっておすすめしてくれて採取したんです」
「ええ、採取場所まではっきり鑑定で出てます」

 採取場所まで分かるんだ?とびっくりしたけど、精度が高いと採取した人の名前まで見えるらしい。鑑定魔法って結構怖いんだな。

「………アキトさん、これを納品すれば今すぐにランクアップできますけれど、どうされますか?」
「あ、じゃあ、お願いします」

 ランクアップのために採取しに行く気満々だったから、正直に言えば出鼻をくじかれた気分だ。でも、持ってるものはちゃんと有効活用しないとね。

「ではナドナの果実と、カードをお預かりしますね」

 メロウさんは俺からカードと素材を受け取ると、少し待っていて下さいねと言い置いて部屋を出ていった。

 立ち上がっていた俺は、どさりと椅子に腰を下ろした。

「…びっくりしたー」

 思わずそう呟けば、ハルも笑いながら隣に腰を下ろした。

「まさか持ってる素材の名前が出てくるとはね」
「こんな事ってよくあるの?」
「ああ、噂程度で聞いた事はあるけど、強運の誰々って通り名がついてたような?」
「うわーそれは嫌だな」

 強運のアキトとか呼ばれるようになったら、ちょっと恥ずかしい。別に毎日運が良いわけじゃないからね。

「大丈夫!今日は人目が無い場所なんだから、俺達が口にしなければバレないよ」
「それもそっか」
「メロウも人に話さないとは思うけど、一応後で口留めしておこうか」
「何か、メロウさんとハルって結構仲良しだよね?」
「え…あのやり取りを見てそう言えるの?」

 結構言い合いしてたし、俺達思いっきり睨みあってたよねと続けたハルに、俺は笑って答えた。

「でもメロウさんもハルも、お互いを認め合ってるように見えたから」
「あー…騎士団と冒険者ギルドって結構繋がりが深いんだよ」

 仲が良くない領ももちろんあるんだけどねと、ハルは前置きして話しだした。

 ここトライプールでは、騎士団と冒険者ギルドはきっちりと情報交換をしているらしい。ギルドは魔物の分布やきな臭い噂、他国から来た怪しい旅人の情報なんかを提供し、騎士団も任務の中で作った地図情報や、犯罪に関わっている可能性のある冒険者の情報を提供しているんだって。

 ああ、なるほど。あれはお互いに認め合っている仕事仲間への態度だったのか。

「もしかして妬いてくれた?」
「いや、全然妬いてないよ」
「…そっか」
「あ、待って、違うからね!メロウさんはそういう視線でハルを見てないから妬かないだけで、ハルに気がある人相手だったら絶対に妬くからね」

 しょんぼりと肩を落としたハルに慌ててそう告げれば、一転して満面の笑みに変わった。俺の言葉一つでこんなに嬉しそうにしてくれるなんて、ハルってば可愛すぎて困る。

「ありがとう、アキト」

 チュッと音を立てて唇をついばんでいったハルに、俺はボンッと頬を赤く染めた。

「ハ、ハルー!」
「今は二人きりだから良いでしょう?」
「良くない!」
「アキトさん、後は毎回の質問だけですのでこちらの部屋へ…ハルさん?」
「どうしたんだ、メロウ?」

 何もしてないと言いたげなハルに、メロウさんは冷たく言い放った。

「がっつく年上は、嫌われますよ」
「助言として受け取っておく」
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