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282.【ハル視点】抱けない理由を

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 ゴロンゴロンと転がるアキトを微笑ましく見守りながら、俺は慌てて自分に浄化魔法をかける事に決めた。これからアキトとイチャイチャできるのに、俺だけ汚れたままなんて絶対に嫌だからな。

 浄化魔法を発動すれば、部屋の中にはほわんと柔らかい光が一瞬だけ広がった。以前なら苦々しく思っていたこの光も、アキトが褒めてくれてからは嫌いじゃなくなったんだよな。そう考えると、アキトに出会ってから変わった事は色々あるな。

 俺がのんびりとそんな事を考えている間に、アキトはようやく転がるのを止めた。姿勢はうつ伏せのままだし顔は枕に埋めたままだけど、これは嫌がってるとかじゃなくてただ恥ずかしいだけなんだろうな。本当にアキトは可愛い。

 無理に顔を覗き込むのは止めて、俺はアキトの転がるベッドの端にそっと腰を下ろした。ベッドの揺れで俺の動きに気づいたんだろうアキトの体が、ピクリと震えた。

「ちなみにアキトの思う恋人のイチャイチャって、例えば何?」

 俺の思う恋人の触れ合いと、アキトの思うイチャイチャが違う可能性もあるよなと俺は尋ねてみた。アキトは異世界から来たんだから、もしかしたら恋人のイチャイチャの常識だって違うかもしれないからな。

 落胆させたくないからと直球で尋ねた俺に、アキトは躊躇いながらも口を開いた。

「手を繋いだり――」

 ぽつりと言われた言葉を聞くなり、俺はすぐに手を伸ばした。トライプールの街中ではずっと手を繋いでいたけれど、黒鷹亭に帰って来てからは離したままだったな。きゅっと軽く握り返してくれるアキトに、自然と笑みがこぼれた。

「それで、他には?」
「キス、したり――?」

 小声で囁かれた言葉を聞いた俺は、転がったままのアキトのつむじに音を立ててキスを落とした。唇にはもちろんそれ以外の場所にだっていくらでもキスをしたい所だけど、今日はさすがにアキトに無理はさせたくないからつむじで我慢だ。

 なんて、この時は確かにそう思っていたのにな。

 うつ伏せだった体を転がして仰向けになったアキトは、俺をじっと見上げてからゆっくりと口を開いた。

「…口にして」

 拗ねたような口調でこんな可愛いおねだりをされたら、理性なんて保てるわけがない。気がついた時には、もう唇と唇を重ねてしまっていた。

 それでも軽いキスだけならまあ許されるだろう。そんな風に考えていた俺は、うっすらと誘うようにアキトが唇を開いた瞬間に欲望に負けてしまった。言葉でねだられるのもくるものがあったが、昨夜の行為で覚えた仕草で誘われてしまったら耐えられるわけがないだろう。

 誘いはしたもののまだどうすれば良いのかと戸惑っていたアキトの舌を、そっと吸い上げる。粘膜と粘膜が触れ合う快感に、アキトの喉から小さく声が漏れた。真っ黒な長いまつげをじっと見つめながら舌を絡めていると、不意にアキトが目を開いた。うっすらと茶色がかったアキトの潤んだ瞳が、まっすぐに俺の目を見つめてくる。
 
 とろりと欲望に染まったアキトの目を見て、俺はやっとやりすぎた事に気づいた。

「…っ!ハル!」

 続きをねだるように伸ばされた手をさっと避けると、俺はぎこちなく視線を反らした。

「アキト、ごめん。その…今日は止めておこう?」

 そう口にしてから、もっときちんと理由を説明すべきだったと一瞬で後悔した。この言い方では、ただアキトとしたくないだけだと受け取られてしまうかもしれない。一気に血の気が引いた。

 やっと恋人になれたアキトに、嫌われてしまうなんて絶対に嫌だ。どう言い訳すれば良いんだろう。納得してくれるようにちゃんと説明しないと。説明を聞いてくれるだろうか。ぐるぐるとそんな事を考えていた俺に、アキトはゆっくりと口を開いた。

「なんで?」

 言い訳をする前にそう尋ねてくれるとは思ってもみなかった俺は、大きく目を見開いたままアキトを見つめた。

「怒らないんだね」
「何か理由があるんでしょ?」

 いつもは可愛いのに、アキトはこういう所が本当に男前なんだよな。ちゃんと説明するねと前置きをしてから、俺は話し出した。

 アキトに使うものだからと、昨夜使った回復薬はもちろん最上級の品質のものだった。それでも回復薬を多用するのはどうしても危険が伴う。効果が出にくくなる人もいれば、逆に効きすぎて中毒状態になる人も一部だが存在している。

 そう説明すれば、アキトはなるほどと一つ大きく頷いた。

「昨夜も回復薬を使った後は、体調に変化が無いかこっそり観察してたんだ」

 怒られても仕方ないと思いながらの告白だったが、アキトはむしろ申し訳なさそうに俺を見つめてきた。

「迷惑かけてごめんね」
「いや、俺のせいだし。それに寝てるアキトを見つめるのは楽しいから良いんだけど」

 予想外の返しにぽろりと本音がこぼれ落ちてしまった。引かれただろうか?いや、アキトなら大丈夫か。

「楽しいって…まあ良いや」

 やっぱり問題は無かったみたいだ。細かい事を気にしないのは、アキトの良い所だな。

「でも、連日使うのはさすがに危険すぎる」
「だから、今日は止めておこうに繋がるのか」
「怪我のせいで連日使う必要があるとかなら躊躇はしないんだけど、そんな理由でアキトの体に負担をかけるのは自分が許せないから」

 翌日は休日にすると決まっているなら回復薬を使わないという選択肢もあるんだが、それはあえて言わない事に決めた。まだ慣れていないアキトに、翌日の痛みまで感じさせたくは無いからな。

「アキトから恋人らしいイチャイチャって言われて調子に乗ったんだ、ごめんね。深いキスまではしないつもりだったのに、我を忘れてしまった」
「いや、その俺もごめん。知らなかったとはいえ誘っちゃったし」
「今日は無理だけど…また誘って欲しいな」
「それはもちろん」

 もちろんと言う事は、またアキトから誘ってくれるって事か。次は理性を飛ばさないように気をつけよう。

「その代わり、今日は手を繋いで寝ようか」

 俺の思いついた恋人らしい事は、手を繋いで眠り朝になったら挨拶を交わす事だった。だからそう誘ってみたんだが、アキトは嬉しそうに目をキラキラさせて答えてくれた。

「っ!それ良いね!」

 ああ、可愛い。もっとキスしたいし抱きしめたいけど、今日は我慢だ。

 距離のあったベッド同士を移動させてくっつければ、まるで一つの大きなベッドのようになった。

 寝転がったままのアキトの隣に、俺もころりと寝転がる。すっと手を差し出せば、照れ笑いを浮かべながらきゅっと握り返してくれる。本当に可愛いな。

「おやすみ、ハル」
「おやすみ、アキト」

 眠る寸前までアキトの顔を見つめていられる幸福を噛み締めながら、俺はゆっくりと眠りに落ちていった。
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