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276.幸せな朝とギルド

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 翌朝目を覚ますと、俺はハルの腕の中にしっかりと抱きこまれていた。寝起きに至近距離で見るハルの顔に、咄嗟にひぇっと叫びそうになったのを何とか飲み込む。

 今日は珍しくハルはまだ眠っているみたいだ。すーすーと寝息が聞こえてくるのを確認して、俺は息をひそめた。叫んで起こしてしまわなくて良かった。

 身動きをしたらきっとすぐに起きちゃうからと、俺は目の前のハルをじーっと観察し始めた。髪の毛と同じ金色のまつげが、朝日で透けているのがすごく綺麗だ。鼻筋はすっと通っていて、本当にため息がでる程綺麗な寝顔だ。

 そんな風にまじまじと見つめていると、んと声を上げてからハルはゆっくりと目を開いた。瞼の隙間から徐々に見えてくる神秘的な紫の瞳に、ついつい見惚れてしまう。ぱちりと瞬きを一つしたハルの視線が、俺の目をまっすぐに見つめてくる。

「おはよう、アキト」
「うん、おはようハル」
「今日はアキトの方が先に起きてたんだね」

 照れくさそうに笑ったハルは、俺の体をもう一度きゅっと抱きしめた。

「寝顔見てたんだ」

 ハルが俺の寝顔を見るのを楽しいって言う気持ちがちょっと分かってしまった。そう伝えた俺に、ハルは楽しそうに笑ってくれた。



 冒険者ギルドに足を踏み入れたのは、昨日よりは少しゆっくりめな時間帯だった。昨日の報告をするのが一番の目的で、良い依頼があれば受けたいねと話しながら俺達は受付に向かった。

 今日もメロウさんの姿はブース内には無いみたいだ。ひと段落した雰囲気の受付を見回してどこに行こうかと考えていると、ふと一人の職員さんと目が合った。昨日俺達のパーティー登録をしてくれた人だ。

 ふわりと微笑んだ職員さんに、俺とハルは目を見合わせてから近づいていった。

「おはようございます」
「「おはようございます」」
「達成報告ですか?」
「はい、お願いします」

 職員さんはたくさんの冒険者を相手にしているだろうに、ちゃんと俺達の事を覚えていてくれたみたいだ。ギルドカードを差し出して採取してきた素材を手渡してしまえば、後は手続きの待ち時間だ。

 職員さんが席を離れている間に、俺は隣に座っていたハルの腕をつんと引いた。顔を近づけてくれたハルの耳元で、俺はこっそりと尋ねる。

「ハル、ウロスは?」
「ああ、あれはここで出すと目立つからね。買取はしてもらうつもりだけど直接…」

 目立たないためなのかと納得しかけていた俺は、急にハルの両肩を背後からがしりと掴んだ手にびっくりして固まった。ハルはすぐに振り返ると、はぁと大きなため息を吐いた。

「メロウ…その登場はやめろ、アキトがびっくりするだろう」
「それは失礼しました。あなたが逃げようとするかもと思いまして」
「メロウさん、お久しぶりです」
「ああ、アキトさん、お久しぶりです」

 メロウさんは朗らかに微笑みながら挨拶を返してくれたけれど、掴んだ手は離さないつもりみたいだ。

 ちょっとだけハルに俺以外の誰かが触れたら嫉妬するのかなと思ってたんだけど、これが全然嫉妬しない事に自分でも驚いた。ハルがすごくげんなりした顔をしているし、メロウさんの手にはかなりの力が込められているのが見てるだけで分かるからかな。

「お待たせしました…あれ?メロウさん?」

 手続きを終えて戻ってきた職員さんは、ハルの肩を掴んでいるメロウさんに驚いたみたいだ。

「ああ、お疲れ様です。コッフェルさん」
「お疲れ様です」
「彼は知り合いでして」
「ああ、そうなんですか?お二人は昨日パーティー登録をされた方達なんです」
「パーティー登録…ですか」

 コッフェルさんと呼ばれた男性は、俺達に向けてカードを差し出してくれた。

「手続きは終わりましたので、報酬はカードに入れさせて頂きました」
「「ありがとうございます」」
「さあ、アキト。次は依頼を見に行こうか」

 わざとらしくそう言ったハルの肩を、メロウさんは渾身の力で上から抑えつけた。

「少しだけお時間頂けますか?アキトさん、ハルさん」
「…手紙で詳細は伝えただろう」

 ハルが拒否しようとそう口にした瞬間、メロウさんはいつも通りの優しい笑顔のままで口を開いた。

「良いから別室までついてこい」

 ぼそりと低音で囁かれた言葉はあまりにメロウさんに不似合いなもので、もしかして聞き間違いかななんて現実逃避までしてしまった。そっと視線をずらしてハルの顔を見てみれば、苦虫を嚙み潰したような顔で視線を反らしていた。うん、これは絶対に聞き間違いじゃないよな。

 メロウさんは俺の方をちらりと見ると、いつも通りの優しい笑顔に丁寧な口調で話しかけてきた。

「アキトさんはお時間頂けますか?」

 もちろんあんな低音を聞いた後で、拒否する勇気なんてかけらも無い。

「はい、もちろんです!」

 即答した俺に、メロウさんは嬉しそうに笑って頷くとハルの肩から手を離した。

「では、アキトさんと二人だけでお話しますので、ハルさんは結構です」
「…分かった、行くよ」
「いえ、もう結構ですから」

 ハルを見つめる視線は氷点下の冷たさだ。

「あー…悪かった。アキトと一緒に連れていってくれ」

 謝罪の言葉を口にしたハルに、メロウさんはふうと息を吐いてから頷いた。

「…良いでしょう。ハルさん、アキトさん、こちらへどうぞ」

 俺達は二人並んで、メロウさんの後を追って歩き出した。
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