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271.【ハル視点】ヨウの威圧感

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 飛び下りた御者は、力尽きたようにその場にドサリと座り込んでしまった。アキトは鞄の中に手を入れると、すぐに最近お気に入りの果実水が入った瓶を取り出した。

「あの、これもし良かったら…」
「あ……?ありがとよ…」

 御者は律儀に礼を言ってから、アキトの差し出した瓶を受け取った。ごくごくと一気に果実水を飲み干してようやく落ち着いたのか、男はふうと大きく一つ息を吐いた。

「本当にありがとな――ってあんた、ヨウに気に入られてた…えーと…アキトだったか?」
「はいっ!アキトです!」

 まさか名前まで覚えているとは思っていなかった俺は、密かに驚いてしまった。アキトも同じ気持ちだったのか、大きく目を見開いている。

「まあ、あそこまでヨウに気に入られる奴は滅多にいないからな」

 朗らかに笑った御者は、隣でしれっとした顔で立っているヨウをちらりと見た。

「それにしてもさっきは驚いたよ。俺の服をくわえてぽいっと空中に放り投げて、背中に乗せるなり全力で駆け出すんだから」

 一体どうしたっていうんだかと言いながら、男はワシワシとヨウのたてがみを手でかき混ぜた。

 アキトがこれって俺のせいなの?と言いたげに俺を見つめてきた。ああ、間違いなくアキトのせいだろうな。俺は苦笑しながらもこくりと重々しく頷いた。

「間違いなく、アキトの言葉が原因だろうね」
「言葉?」
「その…撫でて良いよって感じで鼻先を寄せてくれたんですけど、勝手に触って良いか分からないから撫でれないって言いました」
「あーなるほど。それで許可を出せる俺を連れてきたと!」

 御者の男がそう呟いた瞬間、ヨウはすっともう一度アキトの前に鼻先を寄せた。誰が見ても分かる撫でろの催促だ。

「そんなに撫でて欲しかったのか、お前?あー…すまんがアキト、撫でてやってくれるか?」
「え、良いんですか?おじさんに迷惑かけたのに…」

 御者はアキトの心配そうな声に、にっこりと笑ってから手を振った。

「慣れる前のウマはあんなもんじゃないからな!」
「え…」
「今日のは俺が怪我しないように気を使ってくれてるから、まあ問題はねぇよ」

 もっとひどい目にはいっぱい遭ってきたからなと豪快に笑う男は、一瞬だけ遠い目をしていた。

 騎士団にいたウマは既に一通りの訓練が終わったものばかりだった。それでも気に入らない相手なら遠慮もせずに盛大に振り落とすし、わざと跳躍して木にひっかけたりもしていた。訓練前の状態を相手にしているなら、一体どんな目に遭うのか考えたくも無いな。

「アキト、ほら待ちくたびれてるよ?」

 俺がそう声をかけたのは、ヨウがふんふんと鼻を鳴らしながら俺を睨んでいるからだ。別にアキトがお前に触れるのを邪魔したりはしないよ。

「ごめんごめん。許可を貰えたから撫でて良い?」

 アキトの言葉にヨウはもう一度すいっと頭を近づける。首筋にぽんぽんと軽く触れたアキトの手に、ヨウは満足そうに更にすり寄っている。俺のアキトなのに。そう思わずにはいられなかった。

「あー…ウマ相手でも結構妬けるな」

 思わず言葉にした俺に、アキトはよほど驚いたのかそのまま固まってしまった。

「ああ、やっぱりあんたアキトの恋人なのかい?」
「はい。でもよく分かりましたね?」

 固まってしまったアキトに、ヨウが不服そうな顔をしている。邪魔をしたつもりはないから、俺を睨むのは止めて欲しい。

「ヨウがあんたを警戒してるからなぁ」
「警戒というか嫌われてますね」

 これだけ嫌われている理由は、おそらくアキトの魔力のせいだろうなと予想はついている。いくら浄化魔法で清めたといっても、昨夜の俺の魔力がアキトの魔力に混じっている。魔力を感知するというウマには、俺がアキトに何をしたかが丸わかりなんだろうな。


「お気に入りを奪われたような気持ちなのかもなぁ」
「別にアキトは、元々そいつのものじゃないですけどね」

 俺の言葉を聞くなり、ヨウはじとりと俺を睨んでくる。威圧感を感じながらも、俺は真向からその視線を受け止めた。

「まあ、俺のものでもないですけど」

 あっさりと続けた言葉に、御者の男は意外そうに片眉を上げた。

「そうなのかい?」
「アキトは俺の恋人だけど、所有物とかじゃないですからね」

 人を所有物のように扱う趣味は俺には無い。それが誰よりも大切にしたい存在なら、猶更だ。

 まだ固まっていたアキトは、じわじわと笑みを浮かべるとそのままぎゅっと抱き着いてきた。可愛い抱擁にそっと腕を回せば、周りから急に口笛や拍手が響いた。ああ、そういえば馬の見物客がいたんだったな。

「ハル、そういう所も好きだよ」

 どういう所かは分からないけれど、アキトが俺を好きだと言ってくれた。それ以上に大事な事なんてない。

「ふふ、ありがとう」

 ヨウは明らかに呆れた顔で俺達を見つめていたが、ふいっと視線を反らした。威圧感が無くなった辺り、呆れながらもアキトの番として認めて貰えたんだろう。
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