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266.ハルとヨウ
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飛び下りた御者さんは、力尽きたようにその場にドサリと座り込んでしまった。俺は鞄の中に手を入れると、お気に入りの果実水の入った瓶を取り出した。甘みは無いけどさっぱりしたレモン水みたいな味の果実水だ。
「あの、これもし良かったら…」
「あ……?ありがとよ…」
そっと差し出せば御者さんは律儀にお礼を言ってから、瓶を受け取ってくれた。
ごくごくと一気に果実水を飲み干したおじさんは、ようやく落ち着いたのかふうと大きく一つ息を吐いた。
「本当にありがとな――ってあんた、ヨウに気に入られてた…えーと…アキトだったか?」
「はいっ!アキトです!」
たった二回おじさんが操縦した馬車に乗せてもらっただけなのに、まさか名前まで覚えてくれてるとは思ってもみなかった。
「まあ、あそこまでヨウに気に入られる奴は滅多にいないからな」
朗らかに笑った御者さんは、隣でしれっとした顔で立っているヨウをちらりと見た。
「それにしてもさっきは驚いたよ。俺の服をくわえてぽいっと空中に放り投げて、背中に乗せるなり全力で駆け出すんだから」
一体どうしたっていうんだかと言いながら、おじさんはワシワシとヨウのたてがみを手でかき混ぜた。
えーと、これってもしかして俺のせいとか言う…?ちらりと視線だけを向ければ、ハルは苦笑しながらもこくりと重々しく頷いた。
「間違いなく、アキトの言葉が原因だろうね」
「言葉?」
「その…撫でて良いよって感じで鼻先を寄せてくれたんですけど、勝手に触って良いか分からないから撫でれないって言いました」
「あーなるほど。それで許可を出せる俺を連れてきたと!」
御者さんがそう呟いた瞬間、ヨウはすっともう一度俺の前に鼻先を寄せた。誰が見ても分かる撫でろのポーズだ。
まさか異世界の馬が、人間の言葉をここまで理解しているとは思わなかった。つまり俺のかけた言葉のせいで、おじさんは空中に放り投げられて無理やり背中に乗せられて全力で駆け出されたと。
怒られる覚悟をしっかりと固めてから視線を向けると、御者さんは予想外に優しい目でヨウを見つめていた。
「そんなに撫でて欲しかったのか、お前?あー…すまんがアキト、撫でてやってくれるか?」
「え、良いんですか?おじさんに迷惑かけたのに…」
御者さんはにっこりと笑ってから手を振った。
「慣れる前のウマはあんなもんじゃないからな!」
「え…」
「今日のは俺が怪我しないように気を使ってくれてるから、まあ問題はねぇよ」
もっとひどい目にはいっぱい遭ってきたからなと、御者さんは一瞬だけ遠い目をした。一体どんなひどい目に遭ってきたんだろう。怖いから絶対聞きたくないけど。
「アキト、ほら待ちくたびれてるよ?」
ハルに促されて視線を向ければ、ヨウはふんふんと鼻を鳴らしていた。
「ごめんごめん。許可を貰えたから撫でて良い?」
言葉が通じてるならと声をかければ、ヨウはもう一度すいっと頭を近づけてくれた。首筋にぽんぽんと軽く触れれば、ヨウは満足そうに更にすり寄ってくる。
「あー…ウマ相手でも結構妬けるな」
不意に真横から聞こえてきたハルの声に、俺はびっくりして固まった。
「ああ、やっぱりあんたアキトの恋人なのかい?」
「はい。でもよく分かりましたね?」
固まってしまった俺に、ヨウが不服そうな顔をしているのが分かった。分かったけどごめん、もうちょっとだけ待って欲しい。だってハルが、妬くって言ったんだよ?しかも馬相手でも妬けるって事は、人相手にはいつも妬いてくれてたって事?うわぁ、そんなのすごく嬉しいじゃないか。固まったままぐるぐる考えている間も、二人の会話は続いていく。
「ヨウがあんたを警戒してるからなぁ」
「警戒というか嫌われてますね」
「お気に入りを奪われたような気持ちなのかもなぁ」
「別にアキトは、元々そいつのものじゃないですけどね」
じとりと睨むヨウの視線を真向から受け止めて、ハルはハッキリそう言い切った。
「まあ、俺のものでもないですけど」
「そうなのかい?」
「アキトは俺の恋人だけど、所有物とかじゃないですからね」
じわじわとしみ込んできたその言葉に、俺は思わず隣にいるハルにぎゅっと抱き着いた。周りから急に口笛や拍手が響いて、そういえば馬の見物客がいたんだったなって思いだしたけど周りの人なんて今はどうでも良い。
「ハル、そういう所も好きだよ」
俺を俺として尊重してくれてるんだなって分かるから。
「ふふ、ありがとう」
俺とハルのやりとりをじっと見ていたヨウは、明らかに呆れた様子だった。でも帰る頃にはハルに向かっても鼻先を差し出してくれてたから、もしかしたら認めてくれたのかもしれない。
夕日が星空に変わるまで、俺達はヨウと御者さんと一緒に楽しい時間を過ごした。
「あの、これもし良かったら…」
「あ……?ありがとよ…」
そっと差し出せば御者さんは律儀にお礼を言ってから、瓶を受け取ってくれた。
ごくごくと一気に果実水を飲み干したおじさんは、ようやく落ち着いたのかふうと大きく一つ息を吐いた。
「本当にありがとな――ってあんた、ヨウに気に入られてた…えーと…アキトだったか?」
「はいっ!アキトです!」
たった二回おじさんが操縦した馬車に乗せてもらっただけなのに、まさか名前まで覚えてくれてるとは思ってもみなかった。
「まあ、あそこまでヨウに気に入られる奴は滅多にいないからな」
朗らかに笑った御者さんは、隣でしれっとした顔で立っているヨウをちらりと見た。
「それにしてもさっきは驚いたよ。俺の服をくわえてぽいっと空中に放り投げて、背中に乗せるなり全力で駆け出すんだから」
一体どうしたっていうんだかと言いながら、おじさんはワシワシとヨウのたてがみを手でかき混ぜた。
えーと、これってもしかして俺のせいとか言う…?ちらりと視線だけを向ければ、ハルは苦笑しながらもこくりと重々しく頷いた。
「間違いなく、アキトの言葉が原因だろうね」
「言葉?」
「その…撫でて良いよって感じで鼻先を寄せてくれたんですけど、勝手に触って良いか分からないから撫でれないって言いました」
「あーなるほど。それで許可を出せる俺を連れてきたと!」
御者さんがそう呟いた瞬間、ヨウはすっともう一度俺の前に鼻先を寄せた。誰が見ても分かる撫でろのポーズだ。
まさか異世界の馬が、人間の言葉をここまで理解しているとは思わなかった。つまり俺のかけた言葉のせいで、おじさんは空中に放り投げられて無理やり背中に乗せられて全力で駆け出されたと。
怒られる覚悟をしっかりと固めてから視線を向けると、御者さんは予想外に優しい目でヨウを見つめていた。
「そんなに撫でて欲しかったのか、お前?あー…すまんがアキト、撫でてやってくれるか?」
「え、良いんですか?おじさんに迷惑かけたのに…」
御者さんはにっこりと笑ってから手を振った。
「慣れる前のウマはあんなもんじゃないからな!」
「え…」
「今日のは俺が怪我しないように気を使ってくれてるから、まあ問題はねぇよ」
もっとひどい目にはいっぱい遭ってきたからなと、御者さんは一瞬だけ遠い目をした。一体どんなひどい目に遭ってきたんだろう。怖いから絶対聞きたくないけど。
「アキト、ほら待ちくたびれてるよ?」
ハルに促されて視線を向ければ、ヨウはふんふんと鼻を鳴らしていた。
「ごめんごめん。許可を貰えたから撫でて良い?」
言葉が通じてるならと声をかければ、ヨウはもう一度すいっと頭を近づけてくれた。首筋にぽんぽんと軽く触れれば、ヨウは満足そうに更にすり寄ってくる。
「あー…ウマ相手でも結構妬けるな」
不意に真横から聞こえてきたハルの声に、俺はびっくりして固まった。
「ああ、やっぱりあんたアキトの恋人なのかい?」
「はい。でもよく分かりましたね?」
固まってしまった俺に、ヨウが不服そうな顔をしているのが分かった。分かったけどごめん、もうちょっとだけ待って欲しい。だってハルが、妬くって言ったんだよ?しかも馬相手でも妬けるって事は、人相手にはいつも妬いてくれてたって事?うわぁ、そんなのすごく嬉しいじゃないか。固まったままぐるぐる考えている間も、二人の会話は続いていく。
「ヨウがあんたを警戒してるからなぁ」
「警戒というか嫌われてますね」
「お気に入りを奪われたような気持ちなのかもなぁ」
「別にアキトは、元々そいつのものじゃないですけどね」
じとりと睨むヨウの視線を真向から受け止めて、ハルはハッキリそう言い切った。
「まあ、俺のものでもないですけど」
「そうなのかい?」
「アキトは俺の恋人だけど、所有物とかじゃないですからね」
じわじわとしみ込んできたその言葉に、俺は思わず隣にいるハルにぎゅっと抱き着いた。周りから急に口笛や拍手が響いて、そういえば馬の見物客がいたんだったなって思いだしたけど周りの人なんて今はどうでも良い。
「ハル、そういう所も好きだよ」
俺を俺として尊重してくれてるんだなって分かるから。
「ふふ、ありがとう」
俺とハルのやりとりをじっと見ていたヨウは、明らかに呆れた様子だった。でも帰る頃にはハルに向かっても鼻先を差し出してくれてたから、もしかしたら認めてくれたのかもしれない。
夕日が星空に変わるまで、俺達はヨウと御者さんと一緒に楽しい時間を過ごした。
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