上 下
261 / 1,103

260.【ハル視点】アキトのために

しおりを挟む
 格上の魔物から逃げようとする気持ちは分かるが、引き連れたまま走り回るのは間違いなく愚策だ。どこかで立ち止まって体勢を整えれば、他の冒険者も援護しやすいものを。 

 更にあのけたたましい悲鳴のせいで、冒険者達にも動揺が広がっている。荷物を捨てて駆け出している奴もいれば、たまたま逃げ道にいたせいで真横から盾ごと吹っ飛ばされた奴もいた。

「うわ…大丈夫かな?」
「飛ばされた盾使いはちゃんと身構えてたから大丈夫だと思うよ。ほら、あそこ。仲間が回収してる」

 指差しながら答えれば、アキトは良かったとぽつりと呟いた。

「それにしても…魔物を引き連れて周りを巻き込むなんて」

 その上、叫び声で周りに動揺を引き起こすなんて。もし俺の部下だったら、有無を言わさず特別訓練一か月だな。それはもう過酷な訓練を組んでやる。

 思わず三人組への怒りが漏れてしまったけれど、俺は慌てて笑顔を作るとアキトを振り返った。

 今は騎士ではなく冒険者だから義務では無いんだが、それでも見捨てるわけにはいかない。何よりアキトが気にするだろうからな。

「アキトはここで見てて」
「え、一人で行くの?」
「ああ、ウロスとは戦った事があるから大丈夫だよ。信じてまかせて欲しいな」

 ウロスは辺境のスタンピードの応援に行った際、一対一で戦った事がある。攻撃力は高いけれど当たらなければ問題は無いから、俺とは相性の良い魔物だ。

「信じてるけど…」

 アキトはそう呟くと、そのまま黙り込んでうつむいてしまった。うつむく前にちらりと見えたのは、討伐依頼を受けた冒険者や三人組に向けた心配なんて霞むほどの不安そうな表情だった。

「あ、じゃあアキトにお願いしても良い?」

 不安なまま置いていきたくはないけれど、魔法攻撃はそれほど効果が無いから連れていくわけにもいかない。悩んだ俺は、アキトにお願いをする事に決めた。

「お願い…?」

 怪訝そうな顔で俺を見つめてきたアキトに、にっこりと笑顔を浮かべて答える。

「俺以外の人の所に行きそうになったら、魔法で牽制して欲しいんだけど…どうかな?」

 牽制だけならウロスがアキトを狙う事もないだろうし、やる事があれば少しは気がまぎれるだろう。アキトは少し考えてから、申し出を快諾してくれた。

「いいよ、土魔法で大丈夫かな?」
「ああ、頼んだよ」

 アキトが頷くのを確認してから、俺はアキトから少し離れた場所まで移動した。ここならウロスの攻撃範囲からは外れる筈だ。

「おい、お前ら!こっちに来い!」
「うわああああああああああぁぁぁぁ!」
「助けてくれえぇぇぇぇx!」
「ぎゃああああぁぁぁ」

 三人組に声をかけたが、混乱しているせいか全く話を聞いてくれない。こっちに来てくれれば助けてやると言ってるんだがな。

「無理か…全く」

 意味の無い言葉しか叫ばない三人に呆れながら、俺は剣を手にしたまま駆け出した。進んでいく先にアキトがいない事だけが幸いだな。

 そろそろ追いつくかと思った瞬間、ウロスの攻撃を受けた三人組の進路が急に反れた。まずい、あっちには別の冒険者達がいる。

 更に悪い事に、その内の一人は既に負傷しているみたいだ。足を引きずっている男性冒険者と、その男に肩を貸している女性冒険者の二人組だった。まっすぐに二人に向かって駆けていく三人組は、全く周りが見えていないんだろうか。

「リマ、俺を置いて行ってくれ!」
「嫌だ!」

 女性はそう叫ぶなり、男性に肩を貸したまま腰にあった剣を抜いた。

「駄目だ、ウロスはB級、俺達では倒せない!」
「やってみなくちゃ分からない!」

 ウロスはうるさい声を上げて逃げ回る三人よりも、動かない静かな二人に狙いを変えたようだ。あれだけ必死で追いかけていたのに、どうしてよりによって今狙いを変えるんだ。あの三人組なら、追いかけ続けてくれても一向に構わないのに。

「頼む!逃げてくれ!」
「断る!」

 お互いを大切に想ってるのが伝わってくる二人のやりとりを聞きながら速度を上げると、アキトの魔法が発動した。

 確かに俺は、他の人の所に行きそうになったら牽制して欲しいと言った。言ったけれど、まさかアキトがウロスの後頭部めがけて五個もつぶてを打ち込むとは思っていなかった。

 ウロスには魔法攻撃があまり効かないと、先に話しておくべきだった。俺もさすがに予想外の事態の連続に、冷静じゃなかったみたいだ。

 ウロスが負ったのはかすり傷程度だったが、後頭部めがけての攻撃はよっぽど腹立たしかったらしい。アキトを殺意を込めた目で睨みつけている。

「なんで…?」
「そこの人、逃げて!」
「はっ!こっちだ!化け物!」

 ウロスの意識が反れた隙に逃げる事もできたのに、二人組は気を引こうと必死になって声を張り上げている。ああ、あの二人は良い奴らみたいだな。そんな事を考えながら俺は一気に速度を上げた。
 
「さすがアキトだ!」

 叫びながらアキトとウロスの間に陣取ると、俺はすぐに切りかかった。俺の目の前で、アキトに向かって殺意を飛ばすなんて死にたいらしい。
しおりを挟む
感想 315

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

氷の華を溶かしたら

こむぎダック
BL
ラリス王国。 男女問わず、子供を産む事ができる世界。 前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。 ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。 そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。 その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。 初恋を拗らせたカリストとシェルビー。 キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?

平凡モブの僕だけが、ヤンキー君の初恋を知っている。

天城
BL
クラスに一人、目立つヤンキー君がいる。名前を浅川一也。校則無視したド派手な金髪に高身長、垂れ目のイケメンヤンキーだ。停学にならないせいで極道の家の子ではとか実は理事長の孫とか財閥の御曹司とか言われてる。 そんな浅川と『親友』なのは平凡な僕。 お互いそれぞれ理由があって、『恋愛とか結婚とか縁遠いところにいたい』と仲良くなったんだけど。 そんな『恋愛機能不全』の僕たちだったのに、浅川は偶然聞いたピアノの演奏で音楽室の『ピアノの君』に興味を持ったようで……? 恋愛に対して消極的な平凡モブらしく、ヤンキー君の初恋を見守るつもりでいたけれど どうにも胸が騒いで仕方ない。 ※青春っぽい学園ボーイズラブです。

処理中です...