上 下
259 / 1,112

258.【ハル視点】コノーア草原へ

しおりを挟む
 トライプール南大門の前には、たくさんの人が列を成していた。街の外へ向かう冒険者達やたくさんの荷物を抱えた旅人達、忙しそうに行き来する商人達、更には広場に買い物に来ている住民達の姿もある。

 トライプールは今日も、大きな事件も無く平和なようだ。

 自然とそう考えてしまった自分に、ひっそりと苦笑を浮かべる。今はもう騎士では無いし、巡回中でも無いのにな。

 アキトは列を見渡してから、隣を歩く俺を嬉しそうに見上げてきた。

「やっぱり大門は人が多いねー」
「ああ、多いね。これは市場に負けないぐらいの混み具合だね」

 人目を気にせずにこうして話しながら待てるのは、俺達にとっては特別な事だ。思わず笑みを返せば、アキトも満面の笑みを見せてくれた。

 二人でのんびりと会話しながら待っていれば、列の待機時間はあっという間に過ぎていった。



 南門から街道へと一歩足を踏み出すと、容赦ない日差しが照りつけてくる。雲一つない青空を恨めし気に睨みながら歩き出す人々を横目に、俺はそっとアキトの袖を引っ張った。

「アキト、こっちだよ」
「あれ?こっち?あっちじゃなくて?」

 キニーアの森に繋がる小道を指差しながら、アキトはそう尋ねてきた。キニーアの森には数回行った程度なのに、きちんと道を覚えていたのか。

「よく覚えていたね」

 さすがアキトだと褒めれば、アキトは照れくさそうに笑った。照れ笑いするアキトも可愛くて、油断すると抱きしめたくなって困る。

「キニーアの森はあっちであってるんだけど、コノーア草原に直通はこっちの道なんだ」
「へーそうなんだ」

 二人でコノーア草原への小道に入れば、道沿いの木々のおかげで日差しが一気に遮られた。爽やかな風が通る小道に、アキトは嬉しそうに声を上げた。

「わぁ!ここ風が通って涼しいね、ハル!」
「暑い時期には良いよね」

 うん、やっぱりここは涼しくて良いな。採取先は多少は仕方ないにしても、移動中までアキトの体力を削りたくは無い。

「今日の依頼はレボネの花の採取と、ベルブランカ草の採取だったけ?」
「うん、どっちもC級の素材だよ」

 きちんと素材の名前を覚えている辺り、アキトもすっかり冒険者らしくなったな。アキトの成長っぷりを嬉しく思いながら、俺は素材の説明を始めた。

 レボネの花は名前こそ花と呼ばれるけれど、見た目はただの葉っぱにしか見えない。これは特に切り傷に効果がある薬草で、塗り薬型のポーションに加工される。見つけにくいため採取難易度は少し高めだが、アキトと俺なら問題ないだろう。

 ベルブランカ草は、小さな白い花が鈴のようにいくつもぶら下がってる植物だ。かつては乾燥させて飾る他の使い道はなかったが、最近は乾燥させてお茶にするのが、一部の貴族の間で流行中だ。貴族の流行りはすぐに移り変わっていくが、今ならおそらく高値で売れるだろう。

「草みたいな花かー面白いね」
「見分けるのは結構大変だけど、その分報酬も良いよ」

 そんな風に冒険者らしい話をしながらのんびりと歩いていると、不意に後ろから駆けてくる人の気配を感じた。これは三人…か。俺が気配を探っている間に、足音に気づいたアキトは後ろを振り返ろうとした。

 思った以上の速度が出ているのか、気配はぐんぐん近づいてくる。

「アキト」

 驚かせないように名前を呼んでから、俺はぐいっとアキトの肩を引き寄せた。抗う事もせずに俺の体にぽすんとアキトの体がぶつかる。このまま抱きしめたくなってしまうけれど、今はそれどころじゃない。俺はアキトの体を抱きとめると、そのままくるりと体をひねった。

 アキトの横に出来た隙間を駆け抜けていったのは、三人の冒険者らしき男達だった。

 もし今俺がアキトを引き寄せていなかったら、間違いなく衝突していただろう。こんな筋肉だらけの三人にぶつかられたら、華奢なアキトがどれほどの怪我を負ったか。そう思うと腹の中から湧いてくる怒りを制御できなかった。

「おい、気を付けろ!」

 威圧するように低音で叫べば、アキトはピクリと体を揺らした。もしかして怖がらせてしまっただろうか。

 冒険者たちは慌てた様子で立ち止まると、俺達を振り返った。

「悪い!急いでるんだ!」
「すまん」
「悪いな、兄ちゃんら!」

 三人は素直に謝罪の言葉を口にはしたが、そのまま慌てた様子で走り出す。

「全く…アキト、怪我は無い?」

 アキトを怖がらせないための柔らかい笑顔を浮かべると、俺は出来うる限りの優しい声で尋ねた。アキトはこくりと頷いてから、口を開いた。

「ハルが庇ってくれたから…」
「それは良かった」

 姿勢を崩して抱き着いたままだったアキトは、慌てて距離を取ると服をパタパタと叩いた。人前での触れ合いは恥ずかしいと言ってたから、きっとこれも照れ隠しなんだろうな。

「たまにああいう冒険者もいるんだ」
「急いでたんだね」
「依頼が今日までとかなんだろうけど…小道であの速度は危険すぎる」

 衛兵か冒険者ギルドに報告を入れても良いレベルの危険行為だ。遥か遠くに見える三人の背中をじろりと睨みつけた俺の袖を、アキトの手がくいくいと引っ張った。

「あのさ、ハル。俺たちは時間もあるし…ゆっくり行こうよ」

 ね?と明るく笑いかけてくるアキトに、俺はふうと息を吐いてから肩の力を抜いた。

「それもそうだね。折角アキトと二人きりなのに怒ってるのも馬鹿らしいし」

 あんな奴らの事で、アキトとの幸せな時間を邪魔されたくない。心からそう思っての言葉だったけれど、アキトはすいっと視線を反らしてしまった。

「あれ?どうかした?」
「な、なんでも無い!」

 アキトはそう断言すると、手のひらで自分の顔を扇ぎながら前を向いて歩き出した。
しおりを挟む
感想 318

あなたにおすすめの小説

突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています

ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた 魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。 そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。 だがその騎士にも秘密があった―――。 その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目

カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

自己評価下の下のオレは、血筋がチートだった!?

トール
BL
一般家庭に生まれ、ごく普通の人生を歩んで16年。凡庸な容姿に特出した才もない平凡な少年ディークは、その容姿に負けない平凡な毎日を送っている。と思っていたのに、周りから見れば全然平凡じゃなかった!? 実はこの世界の創造主(神王)を母に持ち、騎士団の師団長(鬼神)を父に持つ尊い血筋!? 両親の素性を知らされていない世間知らずな少年が巻き起こすドタバタBLコメディー。 ※「異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ」の主人公の息子の話になります。 こちらを読んでいなくても楽しめるように作っておりますが、親の話に興味がある方はぜひズボラライフも読んでいただければ、より楽しめる作品です。

処理中です...