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258.【ハル視点】コノーア草原へ

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 トライプール南大門の前には、たくさんの人が列を成していた。街の外へ向かう冒険者達やたくさんの荷物を抱えた旅人達、忙しそうに行き来する商人達、更には広場に買い物に来ている住民達の姿もある。

 トライプールは今日も、大きな事件も無く平和なようだ。

 自然とそう考えてしまった自分に、ひっそりと苦笑を浮かべる。今はもう騎士では無いし、巡回中でも無いのにな。

 アキトは列を見渡してから、隣を歩く俺を嬉しそうに見上げてきた。

「やっぱり大門は人が多いねー」
「ああ、多いね。これは市場に負けないぐらいの混み具合だね」

 人目を気にせずにこうして話しながら待てるのは、俺達にとっては特別な事だ。思わず笑みを返せば、アキトも満面の笑みを見せてくれた。

 二人でのんびりと会話しながら待っていれば、列の待機時間はあっという間に過ぎていった。



 南門から街道へと一歩足を踏み出すと、容赦ない日差しが照りつけてくる。雲一つない青空を恨めし気に睨みながら歩き出す人々を横目に、俺はそっとアキトの袖を引っ張った。

「アキト、こっちだよ」
「あれ?こっち?あっちじゃなくて?」

 キニーアの森に繋がる小道を指差しながら、アキトはそう尋ねてきた。キニーアの森には数回行った程度なのに、きちんと道を覚えていたのか。

「よく覚えていたね」

 さすがアキトだと褒めれば、アキトは照れくさそうに笑った。照れ笑いするアキトも可愛くて、油断すると抱きしめたくなって困る。

「キニーアの森はあっちであってるんだけど、コノーア草原に直通はこっちの道なんだ」
「へーそうなんだ」

 二人でコノーア草原への小道に入れば、道沿いの木々のおかげで日差しが一気に遮られた。爽やかな風が通る小道に、アキトは嬉しそうに声を上げた。

「わぁ!ここ風が通って涼しいね、ハル!」
「暑い時期には良いよね」

 うん、やっぱりここは涼しくて良いな。採取先は多少は仕方ないにしても、移動中までアキトの体力を削りたくは無い。

「今日の依頼はレボネの花の採取と、ベルブランカ草の採取だったけ?」
「うん、どっちもC級の素材だよ」

 きちんと素材の名前を覚えている辺り、アキトもすっかり冒険者らしくなったな。アキトの成長っぷりを嬉しく思いながら、俺は素材の説明を始めた。

 レボネの花は名前こそ花と呼ばれるけれど、見た目はただの葉っぱにしか見えない。これは特に切り傷に効果がある薬草で、塗り薬型のポーションに加工される。見つけにくいため採取難易度は少し高めだが、アキトと俺なら問題ないだろう。

 ベルブランカ草は、小さな白い花が鈴のようにいくつもぶら下がってる植物だ。かつては乾燥させて飾る他の使い道はなかったが、最近は乾燥させてお茶にするのが、一部の貴族の間で流行中だ。貴族の流行りはすぐに移り変わっていくが、今ならおそらく高値で売れるだろう。

「草みたいな花かー面白いね」
「見分けるのは結構大変だけど、その分報酬も良いよ」

 そんな風に冒険者らしい話をしながらのんびりと歩いていると、不意に後ろから駆けてくる人の気配を感じた。これは三人…か。俺が気配を探っている間に、足音に気づいたアキトは後ろを振り返ろうとした。

 思った以上の速度が出ているのか、気配はぐんぐん近づいてくる。

「アキト」

 驚かせないように名前を呼んでから、俺はぐいっとアキトの肩を引き寄せた。抗う事もせずに俺の体にぽすんとアキトの体がぶつかる。このまま抱きしめたくなってしまうけれど、今はそれどころじゃない。俺はアキトの体を抱きとめると、そのままくるりと体をひねった。

 アキトの横に出来た隙間を駆け抜けていったのは、三人の冒険者らしき男達だった。

 もし今俺がアキトを引き寄せていなかったら、間違いなく衝突していただろう。こんな筋肉だらけの三人にぶつかられたら、華奢なアキトがどれほどの怪我を負ったか。そう思うと腹の中から湧いてくる怒りを制御できなかった。

「おい、気を付けろ!」

 威圧するように低音で叫べば、アキトはピクリと体を揺らした。もしかして怖がらせてしまっただろうか。

 冒険者たちは慌てた様子で立ち止まると、俺達を振り返った。

「悪い!急いでるんだ!」
「すまん」
「悪いな、兄ちゃんら!」

 三人は素直に謝罪の言葉を口にはしたが、そのまま慌てた様子で走り出す。

「全く…アキト、怪我は無い?」

 アキトを怖がらせないための柔らかい笑顔を浮かべると、俺は出来うる限りの優しい声で尋ねた。アキトはこくりと頷いてから、口を開いた。

「ハルが庇ってくれたから…」
「それは良かった」

 姿勢を崩して抱き着いたままだったアキトは、慌てて距離を取ると服をパタパタと叩いた。人前での触れ合いは恥ずかしいと言ってたから、きっとこれも照れ隠しなんだろうな。

「たまにああいう冒険者もいるんだ」
「急いでたんだね」
「依頼が今日までとかなんだろうけど…小道であの速度は危険すぎる」

 衛兵か冒険者ギルドに報告を入れても良いレベルの危険行為だ。遥か遠くに見える三人の背中をじろりと睨みつけた俺の袖を、アキトの手がくいくいと引っ張った。

「あのさ、ハル。俺たちは時間もあるし…ゆっくり行こうよ」

 ね?と明るく笑いかけてくるアキトに、俺はふうと息を吐いてから肩の力を抜いた。

「それもそうだね。折角アキトと二人きりなのに怒ってるのも馬鹿らしいし」

 あんな奴らの事で、アキトとの幸せな時間を邪魔されたくない。心からそう思っての言葉だったけれど、アキトはすいっと視線を反らしてしまった。

「あれ?どうかした?」
「な、なんでも無い!」

 アキトはそう断言すると、手のひらで自分の顔を扇ぎながら前を向いて歩き出した。
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