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226.ステーキの味は

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 厨房の扉の向こうへとローガンさんの姿が消えた瞬間、店内は一気にこれまで以上の喧噪に包まれた。

「あ、ステーキ一人前追加でー!」
「はいよー!」
「こっちは酒の追加頼むー!」
「はーい!」

 反動のように立て続けに入る追加注文に、店員達は忙しそうに答えながら動き出している。

「いやーもめごとじゃなくて良かったな」
「冷や汗かいたわー」
「相変わらずの威圧感だったな」

 そんな会話がそこかしこから聞こえてくるんだけど、この人たちはもしかして酔っ払ってるんだろうか。ハルの注文の声だけで出てきたって事は、そういう会話も全部ローガンさんに聞こえてると思うんだけどな。

「アキトはローガンも怖くないんだね」
「え、ローガンさんもレーブンさんも別に怖くはないよね?」

 かなりの強面だから最初はさすがに怯んだけど、二人とも目がすごく綺麗なんだよね。悪意が無いのが見るだけで分かる目をしてるんだ。それに二人とも優しい人だから怖いと思った事は無いな。そう答えれば、ハルはクスクスと楽し気に笑い出した。なんか変な事言ったかな?

「アキト、周り見てごらん」

 ハルの言葉に周りの様子を伺ってみれば、近くのテーブルの人達はみんな驚いた顔でこっちを見ていた。

「うわ、何?」

 見つめられていた驚きに思わずそう声を洩らせば、視線が合っていた客達が慌てて弁解を始めた。

「あ、すまない。あの強面が怖くないって言うからつい見ちゃったよ」
「華奢な兄さんなのに、肝が据わってるんだなぁ」
「ローガンだけじゃなくレーブンまで怖くないなんてな」

 口々にそう謝ってくれる辺り、本当にただ声が聞こえて気になっただけみたいだ。周りに聞かれないようにとか考えてなかったし、こんな狭い店内じゃ隣のテーブルの会話ぐらい聞こえてもおかしくない。

「あ、俺は別に気にしてませんから」

 手を振って答えれば、客達はすぐにハルへと視線を向けた。

「恋人の兄さんも、すまん」
「そうだな。恋人をじろじろ見ちまって悪かった」
「いや、俺もさすがに色を含んでない視線にまで文句は言わないよ」

 苦笑しながらそう言ったハルに、周りはホッと息を吐いた。

「いやー兄さんが寛大で良かったよ」
「ローガンの知り合いに睨まれたら、ここのステーキが食えなくなっちまうからな」
「それだけは耐えられねぇな!」
「違いねぇ!」

 どっと笑いが起きる辺り、本当にローガンさんの料理は大人気なんだな。余計に楽しみになってきたなと思った瞬間、真後ろから声がかかった。

「お待たせ!」

 笑顔の店員さんが運んできたのは、写真でしか見た事のない見事な厚みのステーキだった。色とりどりな野菜をグリルしたものが何種類か添えられていて、見ためからして食欲をそそる。

「うわー美味しそう!」

 思わず声を上げた俺に、ハルは柔らかく笑ってくれた。

「アキトが気に入ってくれると良いけど」
「「いただきます」」

 俺はじゅうじゅうと音を立てる分厚いステーキに、そっとナイフを入れた。これだけ分厚かったら切りにくいかなと思ったんだけど、そんな事は一切無かった。

 ナイフが凄い切れ味なのか、それともこのステーキがすっごく柔らかいのか。理由は分からないけど、さっくりと切れたステーキを口に運ぶ。

「んっ!!」

 噛んだ瞬間、口内に一気に溢れた肉汁に思わず笑顔になってしまった。肉自体の質も良いんだろうし、焼き方も良ければ味付けも絶妙だった。何これ、こんな美味しいステーキ初めて食べた。

「はー…」
「どう?」

 まだ食べ始めていなかったハルは、にんまりと笑って俺を見つめていた。

「すっっっごく美味しい!これはハルがトライプール一って言うのも分かる!」
「それは良かった」
「ほら、ハルも食べて」

 好物を食べる顔を見逃したくなかった俺は、じっとハルを見つめた。既に切り分けていたステーキを口に運んだハルは、ふわりと幸せそうに笑った。

「ああ…やっぱり美味しいね」
「うん、すっごく美味しい」

 ステーキが美味しいのはもちろんだけど、やっぱりハルと一緒だから余計に美味しいのかもしれないな。そんな事を考えながら、俺は二口目を口に放り込んだ。
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