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221.【ハル視点】レーブンの祝福

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 トライプールの街中を、アキトと手を繋いで歩く。

 こんな夢のような日が来るとは、想像した事すら無かったな。温かい手の感触にちらりと視線を向ければ、アキトも俺を見上げて幸せそうに笑ってくれる。

 それだけで、見慣れた街並みが驚くほど綺麗に見えてくる。

「アキト、まっすぐ黒鷹亭に行くで良い?」
「うん。レーブンさん心配してくれてるだろうし…ハルの事恋人だって紹介したいな」

 照れ笑いを浮かべながらそう言ったアキトは、ぎゅっと俺の手を握りしめてくれた。アキトにとって間違いなく大切な存在だろうレーブンに、恋人だって紹介してくれるんだな。

 これはレーブンにどれだけ睨まれても、どれだけ怒られても絶対に認めて貰わないといけないな。

 それに、俺の家族の話もしないといけないんだったな。アキトはケイリー・ウェルマールの冒険を楽しそうに読みこんでいたから、きっと名前を言うだけで気づいてしまうだろう。どう切り出せば良いか分からずに黙っていたけど、きちんと説明しておかないと何かのきっかけで知ってしまった時に混乱させてしまうからな。

「アキト、黒鷹亭に帰り着いたら、もう一つ話したい事があるんだ」

 真剣な顔でそう切り出せば、アキトは不思議そうにしながらもすぐに分かったと頷いてくれた。今日中に家族について話すぞと決意を固めながら、俺は最短距離で黒鷹亭に続く道へとアキトを案内した。

「じゃあこっちだね」

 一人で歩くには危険だからと今までは選ばなかった道でも、隣に俺がいるなら問題は無い。狭い路地を進んでいけば、あっという間に黒鷹亭に辿り着いた。

 既にお昼に近い時間な事もあり、黒鷹亭の中はしんと静まりかえっていた。

「すみませーん」

 俺が大きく声を張り上げれば、レーブンは厨房の方から現れた。

「なんのよう…アキト!」
「レーブンさん!ただいま戻りました!」
「おかえり、アキト!怪我はしてないか?」

 レーブンは慌てて駆け寄ってくると、アキトの全身を見つめながらそう尋ねた。

「はい、元気です!」
「一体何があったんだ?ケビンの野郎は体調に問題はないんだがとしか言わないし…」

 ケルビンはそんな適当な説明をしていたのか。そんな説明しかされていなかったなら、ここまで取り乱すのも無理は無い。ケルビンは次に会ったら説教だな。

「えーと…」
「それについては、俺から説明させて下さい」

 アキトの後ろから声をかければ、レーブンはギロリと俺を睨みつけた。現役時代よりも迫力のある視線だったが、目をそらさずに見つめ返す。

「なんでお前がアキトと一緒にいるんだ?」

 地の底から響くような声でレーブンは尋ねた。

「あの、レーブンさん」

 言い合いになるのを恐れたアキトが咄嗟に止めに入ろうとしてくれたけど、レーブンはちらりとアキトを見てから続けた。
 
「きっちり説明してくれるよな?ハロルド・ウェルマール」

 やられたと思った。レーブンはこう見えて思慮深い人だから、うっかり名前を呼んだなんて事は無いだろう。俺がアキトにどこまで話してるかを探るために、わざと口にしたんだ。

「ウェルマール…?」
「なんだ、お前名乗ってすらいなかったのか?」

 ぽつりと呟いたアキトに慌てた俺を見て気が済んだのか、レーブンは苦笑を洩らした。

「詳しい話は、これを起動してからでお願いします」

 魔道具を取り出してそう言えば、レーブンはすぐに食堂を指差した。



 食堂に移動した俺たちは魔道具を起動してから、テーブルを挟んでレーブンと向かい合った。膝の上に置いた俺の手をアキトがそっと握ってくれたのが嬉しくて、それだけで笑みがこぼれそうになってしまう。

「まずお前、いつ目覚めたんだ」

 脈絡のない質問だったけれど、レーブンなら知っているだろうと思っていたから動揺は無い。むしろ知らなかった方が驚いただろうな。

「10日程前ですね」
「そうか。まあそれは良かった…おめでとう」

 表情こそ仏頂面のままだが律儀にお祝いの言葉を口にしたレーブンに、アキトは嬉しそうに笑っている。

「まずこれから話す事は、剣に誓って真実です」

 騎士の誓いの言葉を口にすれば、レーブンはふんと息を洩らした。

「お前が嘘を吐くと思ってるわけじゃない」
「俺は半年前から眠ったままでしたが、ずっと体にいたわけじゃないんです」
「…は?」

 突然こいつは一体何を言い出したんだって顔をしているが、俺は構わずに続けた。

「俺は体から抜け出して、幽霊として色んな所を彷徨っていたんです」
「それは…」
「信じられないと思いますが、事実です」

 言い切った俺を、レーブンは不思議なものを見る目でじっと見つめてきた。

「レーブンさん、俺は生まれつき変わった体質を持ってます」
「変わった体質?」
「俺には幽霊が見えるんです」

 さらりと言い切ったアキトに、レーブンはじっとアキトの目を見つめてからふうと息を吐いた。

「アキトが嘘を吐いて無い事は分かった」

 レーブンはそう言い切ると、今度は俺の目をじっと見つめてきた。スキルを使って調べているんだろうなと考えながら、俺は目を反らさずにまっすぐ見つめ返した。

「はあ…お前たち二人が嘘を吐いてない事は分かった」
「信じてくれてありがとう、レーブンさん」
「ありがとうございます」

 アキトに続いて感謝の言葉を告げれば、俺だけじろりと睨まれてしまった。視線がちらりと下に向いた辺り、アキトと手を繋いでいるのにも気づいているんだろうな。

「じゃあ次は俺たちの出会いについて話しますね」

 にっこり笑顔のアキトにはさすがのレーブンも弱いようで、ただこくりと頷きを返した。

 幽霊である俺と冒険者になりたかったアキトが、バラ―ブ村の辺りで偶然出会った事。それからずっと一緒に旅してきた事。レーブンは途中で口を挟む事も無く、ただ俺たちの説明を真剣に聞いてくれた。

「精霊が見える人なんて言われてるけど、俺が色んなことを教えてもらってたのは精霊じゃなくてハルなんです」

 言いづらそうに口にしたアキトに、レーブンは納得顔で頷いた。

「ああ、それであの通り名か」
「あれは…通り名があった方が、アキトの身の危険が減ると思ったので、俺の発案です」
「確かにあの通り名のおかげで、アキトにちょっかいを出す奴は減っただろうな」

 アキトは色んな意味で目をつけられそうだったから、通り名を利用した事に後悔は無い。レーブンも、それはよくやったと褒めてくれた。

「じゃあ、アキトはずっとこいつと一緒だったのか?」
「はい。ずっと黙っていてごめんなさい」

 すぐに頭を下げたアキトに、レーブンは笑って首を振った。相変わらずアキトの前では自然な笑顔が出るんだな。

「珍しい体質なんてのは普通は隠すものだ」

 隠せるなら隠した方が良いんだとレーブンは笑ってそう言い切った。アキトは嬉しそうに笑みを浮かべている。

「良かったね、アキト」
「うん、良かった」
「あーそれで、な…お前たちの出会いは分かったんだが」

 言い淀んだレーブンは、顔を上げて口を開いた。
 
「俺が一番聞きたいのは、それだ」

 レーブンは俺の膝をそっと指差した。ああ、やっぱり気づいていたんだな。どう見ても俺がアキトの手を握っているんじゃなく、アキトが俺の手を握っているから今まで口に出せずにいたんだろう。

「何故お前たちは、さっきからずっと手を繋いでいるんだ?」

 聞きたくはないけれど聞かなければいけない。そんな葛藤を感じさせるレーブンの質問だった。

「アキトと俺が恋人同士だからですね」
「ほぉ…アキトは俺にとっては息子のような存在だ」
「知ってます」

 即答で答えれば、レーブンは苦笑を浮かべた。

「…そうか、ずっとアキトと一緒にいたから知ってるのか」
「ええ。あなたがアキトを想っているように、アキトもあなたの事を慕っている」

 はっきりとそう断言すれば、レーブンはちらりとアキトを見た。アキトは視線を向けられた事にも気づかずに、恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべてうつむいた。

「だからこそ、あなたにきちんと話がしたかったんですよ」

 アキトの体質についてレーブンに明かす必要は、正直に言えば無かった。でもアキトの気もちを考えれば、黙っている事はできないと思った。アキトにとって特別な存在だと思ったから打ち明けたんだ。

「そうか」

 俺はレーブンをまっすぐに見つめて口を開いた。

「私は何よりもアキトを優先して守ると誓います、だから俺たちの関係を認めて下さい」
「…アキトは今のを聞いてどう思った?」
「え、守ってくれるのは嬉しいけど、じゃあ俺は何よりもハルを優先して守ろうって思いました」

 予想外のアキトの言葉に驚いた俺は、まじまじとアキトを見つめた。

「ふ、アキトらしいな。二人で助け合う関係は良いと思うぞ」

 そうか。アキトは俺を守ってくれるのか。騎士である俺に守られたいという人なら今までもたくさんいたが、俺を守りたいと言ってくれるのはアキトだけだ。いつもはあんなに可愛いのに、こういう所は男前なんだよな。そういう所もたまらなく好きだけど。

「お前たちの関係を認めよう」

 レーブンは穏やかに笑って、そして続けた。

「二人のこれからに祝福を」
「「ありがとうございます」」

 まさか今日のうちに、祝福の言葉まで貰えるとは思ってもみなかった。じっくりと時間をかけてアキトとの関係を認めてもらうつもりだったから、正直に言えばすこしだけ驚いてしまった。

 嬉しそうに俺を見上げてくるアキトと目を合わせて、俺も満面の笑みを浮かべた。
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