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216.別れ

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 騎士団の客室に戻った俺は、最初に大きく窓を開いた。新鮮な外の空気を取り入れつつ、すっかり見慣れた部屋の中を見回す。まめに浄化魔法をかけていたつもりだったけど、やっぱり少しほこりが溜まっている場所もあるみたいだ。

 俺は部屋の真ん中に立つと、おもむろに魔力を練り上げた。床は掃除機と水拭き、乾拭きをイメージした浄化魔法をどんどん重ねがけていく。窓もついでに掃除しておこうと浄化魔法をかけた。ベッドにもきちんと浄化魔法をかければ、これで部屋の掃除は完璧だ。

「これでよしっと」

 長い間滞在していたとはいえ、ほとんどの荷物は魔道収納鞄に入れたままだ。出しっぱなしになっていた木のコップや衣服は、浄化魔法をかけながらどんどん鞄に押し込んでいく。

 浄化魔法を教えてくれたカルツさんには、いくら感謝してもしきれないな。そんな事を考えていると、不意にドアがノックされた。

「はい、どうぞ」
「アキト、片付け手伝いに来たよ」
「ありがと、でも、もう終わったよ」

 部屋に招き入れたハルは既に背中に鞄を背負っていて、もう出発の用意は終わっているみたいだ。小さな鞄だけど、あれも魔道収納鞄なんだろうな。

「うわっ…すっごい綺麗になってるな。アキト、浄化魔法使った?」
「うん。だって一週間以上使わせてもらったからね」

 綺麗にして返したかったからと答えれば、ハルはじっくりと部屋中を見渡してから口を開いた。

「これだけの精度で使えるなら、部屋掃除の依頼が来てもおかしくないってレベルだよ」
「えーそんなに大した事じゃないよね?」
「いやいや、もし頼まれても気軽に使ったら駄目だからね?」

 きちんと依頼として依頼料を貰わないかぎり、絶対に気軽に使わないでね。約束だからねとまで言われてしまった。浄化魔法が得意なんて周りに言うつもりはないから、そんな依頼が来る筈は無いと思うんだけどな。

「分かった」
「じゃあ、行こうか」

 すっと手を差し出してくれたハルの服は、すっかり冒険者仕様に変わっている。ラフなつくりの開襟シャツの上に革製の胸当てをした姿は、見慣れない恰好だけどすごく似合っている。

「騎士服も格好良かったけど、冒険者の恰好も似合うんだね、ハル」
「え?ああ…えーと…ありがとう」

 何の前触れもなく急に誉めたからか、ハルは頬を赤くして照れ笑いを浮かべた。何その可愛い反応。いつもみたいに余裕でふふって笑って、ありがとうって大人な対応で返すのかと思ってたのに。こういうたまに見せる可愛い所に、たまらない気持ちになるんだよな。

「行こうか」
「うんっ」

 差し出された手をぎゅっと握って、俺はハルと一緒に歩き出した。



 まっすぐに本部の門の所まで向かえば、ケルビンとディエゴが見送りに来てくれていた。

「見送りはいらないって言っただろう。仕事は良いのか、相棒」
「ディエゴが見送りは欠かすなって言ったんだよ、相棒」

 仕事をさぼったわけじゃないからと必死で主張するケルビンをちらりと見てから、俺はディエゴに視線を向けた。

「そうなの?」

 ディエゴはすぐに頷いてケルビンの言葉を肯定した。

「私だけがここに来ると言ったら、うるさいでしょうからね」
「そんなこと思ってたのかよ」
「団長、日頃の行いって言葉を知ってますか?」

 そのままわいわいと二人の言い合いが始まってしまったけれど、門番の騎士達も呆れた顔で笑ってるから、これがこの騎士団の普通なんだろうな。

「あーディエゴ、ケルビン、俺たちはそろそろ行くよ」
「ハロルド先輩、アキト。いつでも騎士団に顔を出してくださいね」

 優しい笑みでディエゴが言えば、ケルビンが口を開いた。

「俺もまた黒鷹亭に顔を出すからな」

 任務は終わった筈なのに、これからも冒険者のケビンとして出歩く気満々だな。

「仕事をさぼっては来るなよ」
「さぼらねぇっての!」

 ハルのからかうような言葉に反射的に答えたケルビンに、ディエゴはにっこりと笑みを浮かべる。

「その言葉、きっちりと聞きましたからね?」
「う…」

 門番の二人の騎士達も楽しそうに笑いながら、俺たちもきっちり聞きましたよと声をかけている。

「じゃあまたな、二人とも」
「お気をつけて」
「ありがとう、じゃあまた」
「また来ますね」

 なんだかあっさりとした別れだったけど、しんみりするよりずっと良い。俺はハルと手をつないだまま、街へと続く道へと歩き出した。
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