生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

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215.【ハル視点】これからのために

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 不意打ちの領主の登場は、さすがにアキトにとっても想定外だったようだ。疲れた様子のアキトの手をそっと引いて、俺はアキトの部屋まで案内した。

 二人きりの空間に辿り着くなり、アキトはふうと大きく息を吐いた。

「あーびっくりした!」
「忙しい人だから、まさかわざわざアキトに会いに来るとは思ってなかったんだ」

 驚かせてごめんねと謝れば、アキトは俺は悪くないから謝らないでと答えてくれた。

「ただあの人がこの領で一番偉い人なんだって思うと、今更になって緊張してきただけ」

 そんな風に軽く教えてくれるアキトは、やっぱり肝が据わっている。

「一つ聞きたい事があるんだけど、良いかな?」
「ちょっとだけ待ってね」

 アキトの質問ならどんな事でもすぐに答えてあげたいけれど、ここはあまりに無防備な場所だ。アキトの出身や体質について話すのなら、防音結界の魔道具が必要だろう。

「あれ?…その魔道具ってケルビンのだよね?」
「ああ、買い取ったんだ」
「買い取った!?」
「まあ、絶対に嫌だって一度は断られたんだけど、ディエゴが俺たちの味方をしてくれたからなんとかね」

 そう、あれはなかなか大変だった。手に入りにくいものだから嫌だとごねるケルビンを、俺とディエゴ二人がかりで説き伏せた。

「ちょっと強引ではあったけど、周りに聞かれたくない事を話すためにもあった方が便利だからね」

 最終的には、アキトの秘密を洩らさないためにどうしても欲しいんだと耳打ちしたんだけどな。ケルビンはああ見えてアキトをかなり気に入っているから、仕方ないかと諦めてくれた。代わりに珍しい魔道具を見かけたら買って送ってくれと約束させられたけど、それだけの価値はある物だ。

「最終的には、アキトの役に立つならって納得して譲ってくれたんだよ」
「そうなんだ。後でちゃんとお礼言わないと」
「うん、そうしてやって。それで、聞きたい事って何だったの?」
「えーと、二人のこれからに祝福をって、何か特別な意味がある言葉?」
「ああ。あれは恋人たちや夫婦に贈る、祝福の言葉だね」

 たったそれだけの説明で嬉しそうに笑ったアキトを、このまま俺の腕の中に閉じ込めていたくなる。

「ただ、身分がある人が言うと少し意味が変わるんだ」
「え」
「もし二人の仲を引き裂くような何かが起きた時は、領主様が味方に着くって意味になるんだよ」

 アキトと俺の仲を引き裂くような命知らずな奴はそうそういないとは思うけど、万が一があるから後ろ盾は多いに越した事はない。

「ハルは領主様と仲良いの?」
「あー…その話、まだしてなかったな」

 部屋に入るなり話し込んでしまっていた俺たちは、まだドア付近に立ったままだ。座ろうかと誘えば、アキトは素直にテーブルへと移動してくれた。向かい合って腰を下ろした俺は、じっとアキトの目を見つめながら口を開いた。

「トライプールの領主様は、俺の母の従妹なんだ」
「……ということは、遠縁の親戚って事?」
「ああ。それもあって俺の事を特別気にかけてくれてたんだけど…俺が毒であんな事になったからね」
「それは心配しただろうね」
 だから祝福してくれたのかと納得してる所悪いけど、あの人はそこまで優しい人ではないよ。

「俺と親戚だから祝福してくれたってだけじゃないよ?」
「そうなの?」
「ああ見えて、人を見る目はあるからね。アキトを気に入ったからこそあの祝福の言葉だと思うよ」
「気に入ったって…俺、何もしてないのに?」
「丁寧に挨拶をして、身分を知っても媚びを売らず、じろじろ見られても怯まずに笑い返しただろう?それだけで人柄を知るには十分だよ」

 アキトはすごいねと褒めた俺に、アキトはすごく複雑そうな顔をして押し黙った。

「あの…言い難いんだけど、俺この世界の礼儀作法とか全く知らないから、さ」
「うん?」

 そうは言っても、俺とケルビンが驚くほどの丁寧な挨拶だったけどな。

「今まで出会った中で一番丁寧な対応をしてる人って考えて…思い浮かんだメロウさんの真似しただけなんだけど…」

 恐る恐るそう告白したアキトをじっと見つめてから、ついに耐えられなくなった俺はブハッと勢いよく噴き出した。

「メ、メロウの真似だったのか、あれ」
「ケルビンが敬語だったから偉い人だとは思っててさ、領主様だとはさすがに思わなかったけど」

 そうか、ケルビンの態度でだいたいの身分を推測してたのか。さすがアキトだな。

「いや、でもメロウの真似で正解だよ。あの人は礼儀にうるさい人じゃないけど、やっぱりそういう人もいるからね」

 今度から貴族相手の対応の時は、メロウの真似で乗り切ると良いよと俺は笑って続けた。



 ひとしきり笑ってようやく落ち着いた俺は、アキトにとっては念願だっただろう提案をやっと口にできた。

「任命式が終わったから、もういつでも黒鷹亭に戻れるよ」
「えっ、本当?」
「ああ、ただ戻る前に相談したい事があるんだ」

 アキトと俺の出会いについては、特にきっちりと話を作っておかないと駄目だろう。こういう些細な事をきっかけに、大きな秘密が暴かれてしまうものだ。アキトと俺の出会いについては、普通に話せる事など一つも無いからな。

「えーと、まずハルが騎士だってバレてるのかな?」
「知ってる人は知ってるね」

 冒険者としての身分を作る際には、きちんと騎士団から話を通してある。騎士が冒険者を語ったなんて事になったら、痛手を被るのは騎士団の方だからだ。ギルマスとメロウは俺が騎士ハロルドである事を知っているし、冒険者ハルである事も知っている。

「あとは騎士として面識のあった人にはバレてはいるけど、表向きは冒険者として扱ってくれてる感じかな」

 周りの人には恵まれていたんだと笑って話せば、アキトはそうなんだと笑顔で頷いてくれた。

 俺が毒に侵されて眠ってしまったのは、ちょうど騎士団の任務で忙しかった頃だ。任務の途中報告で立ち寄った時に、あの魔物の騒ぎに巻き込まれた。

「つまり騎士って知ってても、ハルが半年も眠ってた事は知らないって事?」
「わざわざ騎士団も発表はしないからね。不在の間もどこかで冒険をしているか、任務を遂行してると思われてるだろうな」

 騎士としては任務で飛び回っていたし冒険者としても色んな領に顔を出していたから、そこを疑っている人は少ないだろう。

「まあ、でも情報通な人達は、きっと気づいてるだろうね」
「情報通っていうと…?」
「ギルマスとメロウ、後はレーブンは確実に知ってるだろうな」

 アキトは三人の名前を聞くなり、納得したように頷いてからあっさりと言い放った。

「それは、俺の体質の事を話すしか無いよね」
「アキトは知られてもいいのか?」

 そもそもアキトは、両親以外に幽霊が見える事を話した事は無かったと言っていた。幽霊の俺に出会ってしまったせいで、ケルビンやミング先生にまで話させてしまった。本当にそれで良かったのかと、どうしてもそう考えてしまう。

 恐る恐る尋ねた俺に、アキトは笑みを浮かべる。

「その三人なら信頼できるから、問題は無いよ」
「そうか。アキトがそう言ってくれるなら三人には話そうか」

 確かにその三人はアキトが交流してきた中でも信頼できる人達だと思う。アキトがそう言ってくれるなら、俺に異論は無い。

「幽霊が見える体質についてはともかく、出身については話さない方が良いと思うんだ」
「異世界出身は隠した方が良いって事?」
「ああ、その方が安全だと思う」
「分かった」

 生きてる人相手に話す時は俺と相談してからにして欲しいと伝えれば、アキトは嫌がる様子もなくすぐに受け入れてくれた。

 ここまで決まれば、後はアキトと俺の出会いについての話を作れば良いだけだ。

 最近出会って俺が一目惚れで口説いたと言うよりは、数年前からお互いを知っていたと言った方が説得力があるだろうな。旅先で知り合って、トライプールで再会した。元々アキトが気に入っていた俺が、大人になったアキトを見て口説き落としたって話はどうだろう。

「俺はいいんだけど、ハルはそれでいいの?」
「アキトに手を出されないように牽制できるのは、すごく嬉しいよ」

 もう見てるだけじゃないんだからと本音をぶちまければ、アキトは照れくさそうに笑ってくれた。

「それに、これで誰にも隠さずに恋人だって言えるようになるよね」
「それは俺も嬉しいな」

 これで俺とアキトの出会いの話はきちんと出来上がったな。一部の例外には幽霊である俺と、冒険者のアキトがバラ―ブ村で出会った話をすれば良いだろう。

「あ、もう一つ。アキトにお願いがあるんだけど」

 大事な事を忘れていたと、俺はアキトをじっと見つめて口を開いた。

「お願い?」
「俺とチームを組んでくれないかな?」

 すぐに良いよと言ってくれると思っていた俺は、考え込んでしまったアキトに少しだけ焦ってしまった。

「嫌…?」
「嫌なわけない!嬉しすぎて、考えこんだだけだよ」

 周りから一緒にいて当然って思われるのかなって思ってたと、アキトはさらりと自分の考えていた事を教えてくれる。

「じゃあ、組んでくれる?」
「俺からもお願い。ハル、俺と一緒にチーム組もう!」

 良いよではなく、アキトからもお願いしてくれるんだな。そういう所がたまらなく好きだと思う。

 俺は満面の笑みを浮かべて、勢いよく頷いた。
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