生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

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214.【ハル視点】任命式

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「じゃあ、俺上から見学してるね」
「案内できなくてごめんね」

 できればアキトを見学する席まで案内したかったけれど、今日の任命式は俺が主役だ。ディエゴに視線だけで止められてしまったから、名残惜しいけれど仕方ない。

「説明してくれたから大丈夫だよ」
「気を付けてね」
「騎士団本部の中で何に気を付けるんだよ」

 横からくだらない口を挟んでくるケルビンをちらりと睨んでから、俺は離れていくアキトの背中を見送った。

「じゃあ、行くか」
「ああ、アキトが見てるなら完璧に任命式をやらないとな」



 本部の片隅に位置するホールは、任命式の時以外は使われない建物だ。騎士団本部の中では、一番派手に装飾がされている場所でもある。何といっても外部のお偉いさんが出入りするからな。騎士団の威信に関わると、かなりこだわって作られている。

「ハロルド先輩はここでお願いしますね」
「ああ、分かった」

 指示された場所は隊列のちょうど真ん中辺りだった。一番前に並んでいた副団長時代と違って、周りの騎士の様子が観察できるのは楽しそうだな。

 慣れた様子のベテランもいれば、緊張した様子の新人騎士もいる。

「今日の任命式には、トライプール領主様もいらっしゃるので失礼の無いように」

 ディエゴの言葉に、周りの空気がピリッと引き締まった。ケルビンの合図で音楽を奏でる魔道具が動き出す。聞きなれた厳かな音楽は、任命式の最初に流れる定番の曲だ。

 不意に音楽が変わった瞬間、隊列は自然と動き出した。騎士学校でも騎士団本部でも、体が自然に動くようになるまで徹底的に叩きこまれる行進だ。

 アキトがどんな顔をして行進を見ているのかは見たかったけれど、角度的にも反応を伺うのは無理だ。仕方がないから、後で感想を聞く事にしよう。隊列が止まった所で、壇上にケルビンとディエゴ、そしてトライプール領主が並んだ。

「ただいまより、特別任命式を執り行う。トライプール騎士団一同、敬礼!」

 副団長であるディエゴの言葉に、全員の敬礼がびしりと揃った。流れるように待機姿勢に戻った騎士達を満足そうに見つめ、ケルビンが口を開く。

「ハロルド!」

 威厳のある声を上手に出してみせるケルビンに思わず笑ってしまいそうになったが、何とか堪えて口を開く。

「はい!」
「壇上へ!」

 促されるまま壇上へと近づいて行く俺を、きっとアキトも見守ってくれているんだろうな。そう思うだけで退屈な任命式も、特別なものに思えてくるから不思議だ。

「ハロルド」

 感慨深げに俺を見つめて名前を呼んだ領主に、不自然にならない程度に笑みを浮かべる。手紙を出したから俺が起きた事は既に知っていただろうに、それでも気にかけてくれていたんだな。

「情報収集を目的とする特別任務に、本日をもって貴殿を任命する。これは冒険者としての身分を利用して行うものである」

 非常時以外は自ら騎士を名乗らない事、異変を発見した際にはすぐに報告をする事、定期報告には魔道具を使う事などが続けて読み上げられていく。

「この書面を受け取った時点で、貴殿は任命を受け入れた事になる」
「ありがたく拝命いたします」

 拒否なんてするわけが無い。これを手に入れるために、どれだけの根回しをしたと思ってるんだ。あまりにすぐに手を出したからか、領主は薄っすらと笑いながら俺の手に任命書類を手渡してくれた。後は敬礼をすれば、俺がやるべき事は終わりだ。

「以上で特別任命式を終了する。トライプール騎士団一同、敬礼!」

 根回しにかかった時間に比べて、あっという間に任命式は終わった。

「ハロルド、行ってきて良いぞ」
「ケルビン団長、ありがとうございます!」

 嬉しい申し出にそう叫ぶなり、俺はすぐに階段を駆けあがった。見物席に座り込んだままのアキトにまっすぐに近づいていく。

「アキト、これで一緒にいられるね!」
「う、うん」

 何故かアキトはそう答えるなり、そっと視線を反らしてしまった。

「どうかした?」

 体調でも悪いのだろうか。そう思った瞬間、アキトが口を開いた。

「ご、ごめん。さっきのが格好良すぎて…ちょっとまっすぐ見れないだけ」
「そう…か」

 そんな風に嬉しい事を言ってくれるとは思ってなかった俺は、幸せを噛み締めながらアキトの頭に手を乗せた。優しく撫でれば、アキトは目を細めて俺を見上げてくる。なんだか猫みたいな仕草が、やけに似合っている。

「落ち着いた?」
「うん、ごめんね」
「いや、格好良いって言われて嬉しいよ」

 任命式の間もずっと俺だけを見つめていてくれたんだろうなと思えるから

「話に聞いていた以上の溺愛っぷりだね」

 背後から聞こえてきた声に、俺は慌てて振り返った。なんでここにいるんですか。

「あ、今邪魔したら駄目ですよ」

 今邪魔したらじゃなくて、ここに来る前に食い止めろよ。思わずケルビンを睨めば、無茶を言うなと口をパクパクさせながら訴えてくる。まあ、それもそうか。

 どうせ来てしまったなら、アキトを紹介した方が良いだろうな。この人なら礼儀にうるさくも無いし、俺のアキトを自慢したい気持ちもあった。

「アキト、自己紹介を」

 困った顔をしていたアキトは、笑顔の俺の言葉に頷いてから口を開いた。

「はじめまして、冒険者をしていますアキトと申します」

 想像よりもきっちりと挨拶をしてのけたアキトに、俺もケルビンも少し驚いてしまった。失礼でない程度の柔らかい笑みに、優しい声。例え目の前にいるのが礼儀にうるさい人だったとしても、文句のつけようが無い挨拶だった。

「おや、ご丁寧にどうも。トライプール領の領主、ペーター・トライプールだよ」

 あまりに軽く返した領主に、俺は思わず頭を押さえた。アキトがびっくりして固まってしまったじゃないか。どうしてくれるんですか。俺はアキトを庇うように、すっとアキトの斜め前に進み出て口を開いた。

「領主様、何かご用でしょうか?」
「ああ、お前の恋人を見てみたかったんだよ」
「アキトは見世物ではありませんが?」

 何言ってるんだと気持ちをこめれば、領主はにやりと笑ってみせた。

「そんな風に、ハロルドが本気で誰かを庇う姿が見れるとはね」
「…そうですね。自分でも驚いてますよ」

 不意に領主の視線がアキトに向いた。反射的に背筋を伸ばしはしたけれど、じろじろと遠慮なく見つめてくる視線をアキトは普通に受け入れた。そればかりか、視線を感じながらも柔らかい笑みを浮かべてみせる。

「うん、度胸もあって…良いね」

 ぽつりとそう呟いた領主は、ふふと一転して柔らかい笑みを浮かべた。

「俺は彼を気に入ったよ」
「やめてください」
「もちろん、君の恋人としてって意味だから誤解はするなよ」
「それぐらい分かってます…分かっててもあまり見つめられると、落ち着かないんです」

 なんで俺以外の奴がアキトを見つめてるんだと、理不尽に遮りたくなる。

「お前がそんな人並の感情を持つなんてな」

 揶揄うようにそう言った領主は、眉間にしわを寄せる俺を見て楽し気に笑った。

「二人のこれからに祝福を」

 不意打ちでかけられた祝福の言葉に、俺は息を飲んだ。そこまでアキトの事を気に入ってくれたなら、ここで領主に挨拶した事にも意味があったかもしれない。俺とアキトの後ろ盾になってくれるのか。

「ありがとうございます、領主様」

 はっきりと答えた俺は、ちらりとアキトを見た。たったそれだけの視線で、アキトはすぐに俺の意を汲んでくれた。

「ありがとうございます、領主様」
「ハロルド、アキト君。また会おう」

 気軽にそう言うと、領主は手を振って去って行った。軽やかに遠ざかっていくその背中を、我に返ったケルビンは慌てて追いかけていった。
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