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210.【ハル視点】任命式の朝
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特別任務についてきちんとアキトに説明もできないまま、あっという間に日にちは過ぎていった。
忙しい中でもなんとか夕食は一緒にとらせてもらっていたから、伝える時間が無かったわけじゃない。せっかくのアキトと一緒にいられる貴重な時間に、堅苦しい話をするのはどうだろうと躊躇してしまっただけの事だ。
この所アキト不足になりそうな程に忙しかったけれど、それも今日で終わると想えば目覚めは爽やかだった。
窓を開けて澄み切った朝の空気を部屋に入れて、昨日のうちに用意してあった騎士団の軍服を手に取る。誰が見ても騎士団だと分かるような、良く言えば華やかな悪く言えば派手な作りの軍服だ。
「アキトは気に入ってくれるかな」
初めて騎士団の服を着ている所を見せるんだから、少しぐらいは格好良いと思われたい。そんな気持ちで丁寧に身だしなみを整え、普段よりもきっちりと髪をセットした。
どんな反応をしてくれるのか楽しみにしながら、俺は部屋を後にした。
まだ寝起きなのだろうアキトは、ゆったりとしたシルエットの服を着たまま無防備に俺を自室へと招き入れてくれた。
「おはよう、アキト」
声をかけたアキトは何の反応も返さずに、ただじっと俺の髪を見つめていた。この髪型は好みに合わなかったかな。そんな事を考えていると、アキトの視線は俺の着ている服へと流れていった。上から順番にじっくりと見つめたアキトは、無言のままで固まってしまった。
「…アキト?」
あまりの反応の無さに思わず声をかければ、アキトはぽつりと呟いた。
「………かっこいい」
あまりに反応が無いから心配してしまったが、見惚れてくれただけだったのか。あまりの嬉しさに自然と笑みがこぼれてしまう。
「じゃあ、改めておはよう、アキト」
「おはよ、ハル」
挨拶を返してはくれるけれど、アキトはじっと俺を見つめている。
「髪型もかっこいいし、服もすごい似合ってる。その服って…?」
素直に褒めてくれるアキトを、ぎゅっと抱きしめたくなって困る。
「ああ、これは騎士団の儀礼用の軍服だよ。今日は一つ大事な儀式があるんだ」
「そうなんだ?」
客人であるアキトは、任命式に直接参加する事はできない。それでもアキトにはこの任命式を見守っていて欲しかった。
「会場には入れないから遠くからになるんだけど…見学はできるから、来てくれる?」
「もちろん!」
会場に入れないのに?と思われても仕方ないと思っての提案だったけれど、アキトは即答で絶対に見学したいと返してくれた。
「あ、でも俺何着たら良いんだろう?」
「いつもの冒険者の服で大丈夫だよ」
「あーじゃあバラ―ブ村で貰ったあのお気に入りので良い?」
「ああ、良いと思うよ」
すぐに着替えると言うアキトに、俺は背中を向けて立った。
「ハルって律儀に背中向けてくれるよね」
不思議そうに言っているアキトは、もう少し俺にどういう目で見られているかを自覚して欲しいな。同性が好きだったと言っていたわりに、アキトはこういう所がやけに無防備なんだよな。
「着替え終わったよ」
変に警戒されるようになっても嫌だけど、俺以外の前では無防備でなくなるように教えていかないといけないな。
「ハル、その服で朝ごはん食べるの?」
「そうだよ。…食堂に行ったら、きっと驚くと思うよ」
悪戯っぽく笑いかければ、アキトは何故か上機嫌で頷きながら立ち上がった。
あの魔法の披露を終えてから、アキトが色んな騎士に構われているのは知っていた。さすがに口説こうとする命知らずな奴はいなかったようだが。
今日の任命式は騎士団員は全員参加だ。つまりアキトと関わった騎士たちも、全員が正装の軍服を着用している。
「うわー壮観!」
「やっぱり驚いたね」
俺を見た時と違って見惚れたような動きが一切ない事に、少しだけホッとしてしまう。
「おう、やっと来たか」
既に食事を始めていたケルビンも、今日は団長用の軍服をきっちりと着こんでいた。
「二人とも、おはよう」
「ああ、おはよう」
「おはよ。ケルビンも軍服すごく似合ってるね」
「おう、ありがとな」
さらりとアキトに褒められたケルビンは、少しだけ心配そうに俺に視線を向けてくる。アキトがちょっと褒めたからって嫉妬するとでも思ったのか。さっき俺はもっと熱烈に褒めてもらったぞ。少しの優越感を感じていると、アキトがさらりと続けた。
「そういう服を着てると、ちゃんと団長に見えるよ」
不意打ちの言葉に、俺はブハッと噴き出した。聞き耳を立てていた周りの騎士達も、何人かがテーブルに突っ伏して笑っている。
「お前なぁ…まあいいか、ここ座れよ」
ケルビンに誘われるままに腰を下ろせば、今日の食事当番の騎士がいそいそと料理を運んできてくれた。
「ありがとうございます」
「ありがとう」
「いえ、これも私の仕事ですから」
テーブルに並んだのは、いつも通りの朝からがっつりと肉料理がのった皿だった。
一人分ずつに盛りつけられているそれは、アキトの分にだけ果物が多かった。ちらりと厨房の方へ視線を向ければ、アキトぐらいの年の息子がいるというベテラン騎士が笑顔で手を振っている。あいつからなら特に問題は無いなと俺は視線をアキトに向けた。
「「いただきます」」
幸せそうに食べるアキトにつられて、俺も問題なく肉料理を平らげていく。ケルビンは俺の食欲に安心したように笑みを浮かべていた。
「「ごちそうさまでした」」
重なった言葉に、アキトと二人で笑ってしまった。
「おまえら、ここ食堂だからな」
それぐらい知ってるがと、俺は冷たい視線でケルビンを一瞥した。
「それで、今日の儀式って?」
アキトの口から飛び出た言葉に、ケルビンは呆れた顔で俺を見つめてくる。
「…ハロルド、まだ話してないのか?」
「話す時間がなかっただけだ。…今日は俺の特別任務の任命式なんだよ」
まっすぐに目を見て伝えれば、アキトは小さく首を傾げた。
「特別任務…って?」
「俺が元々冒険者としての身分も持ってたってのは聞いた?」
「あ、ケルビンが言ってた」
「この服で騎士として動くより、冒険者としての方が動きやすい事もあるからね」
「なるほど」
「冒険者らしい恰好で動いていれば、そうそうバレないしね」
冒険者として動く意味を、アキトはすぐに理解してくれたようだ。
「今回の特別任務は、冒険者としての活動をしながら情報収集をするという内容なんだ」
「え…?」
「これで、俺は表向きは冒険者としてアキトと一緒にいられるんだよ」
これからも一緒に冒険が出来るんだと喜んでくれるだろうと思っていた。無邪気に笑って、素直に嬉しいと言ってくれるだろうと。
アキトの反応はそのどちらでも無かった。椅子に座ったままの状態で、隣に座っていた俺にぎゅっと抱き着いてきた。
「おれ…ずっと一緒にはいられないと思ってた」
「俺がアキトを一人にするわけないだろう?」
そっと顔を覗き込めば、アキトは真っ赤な顔のまま俺を見上げてきた。あまりの愛おしさに、胸がぎゅっと締め付けられる。
「こいつ、アキトが起きる前から根回ししてたんだぜ」
呆れたように俺たちを見つめていたケルビンは、向かいからそんな言葉をかけてくる。余計な事を言うなと睨めば、にやりと笑って流された。
「特別任務が拒絶されたら、こいつ騎士団を辞める覚悟まで決めていたんだぜ?」
トライプールの領主の許可を得て、王都の騎士団にもきっちりと連絡を取って話を通し、この特別任務を無理やりもぎ取ったんだとバラしてしまった。アキトには隠しておくつもりだったのに、何故ここで話したんだ。
「もし俺が騎士を辞めたら、アキトが気にするかと思ってね。できるだけ残るつもりで手を尽くしたんだ」
「うん、ありがとう」
「ただ騎士団の依頼で、他の領にも行く必要があるかもなんだ」
これだけはきちんと言っておかないと駄目だろう。そう思って告げた言葉に、アキトは一瞬の躊躇も無く答えた。
「ハルと一緒に行けるなら、他の領も楽しそうだよね」
「ああ、どこに行っても精一杯案内するよ」
「頼りにしてます」
今日が人生最良の日かもしれないと、アキトと出会ってからもう何度目かも分からない事を思ってしまった。会話がひと段落すると、周りで聞いていた奴らから一気に声が上がった。
「見せつけないでくださいよ!」
「あー俺もこんな恋人欲しい…」
「恋人っていうかもはや夫婦みたいじゃないか?」
「お幸せに!」
「このままプロポーズでも始まるかと思ったよ」
夫婦と言うのは少し嬉しいが、こんな所でプロポーズなんてするわけが無いだろう。するなら二人きりの時にするに決まっている。わいわいと騒ぐ周りの声に、アキトは真っ赤になってうつむいた。
「羨ましいだろう」
俺は余裕の態度でそう答えると、自慢げに笑い飛ばした。
忙しい中でもなんとか夕食は一緒にとらせてもらっていたから、伝える時間が無かったわけじゃない。せっかくのアキトと一緒にいられる貴重な時間に、堅苦しい話をするのはどうだろうと躊躇してしまっただけの事だ。
この所アキト不足になりそうな程に忙しかったけれど、それも今日で終わると想えば目覚めは爽やかだった。
窓を開けて澄み切った朝の空気を部屋に入れて、昨日のうちに用意してあった騎士団の軍服を手に取る。誰が見ても騎士団だと分かるような、良く言えば華やかな悪く言えば派手な作りの軍服だ。
「アキトは気に入ってくれるかな」
初めて騎士団の服を着ている所を見せるんだから、少しぐらいは格好良いと思われたい。そんな気持ちで丁寧に身だしなみを整え、普段よりもきっちりと髪をセットした。
どんな反応をしてくれるのか楽しみにしながら、俺は部屋を後にした。
まだ寝起きなのだろうアキトは、ゆったりとしたシルエットの服を着たまま無防備に俺を自室へと招き入れてくれた。
「おはよう、アキト」
声をかけたアキトは何の反応も返さずに、ただじっと俺の髪を見つめていた。この髪型は好みに合わなかったかな。そんな事を考えていると、アキトの視線は俺の着ている服へと流れていった。上から順番にじっくりと見つめたアキトは、無言のままで固まってしまった。
「…アキト?」
あまりの反応の無さに思わず声をかければ、アキトはぽつりと呟いた。
「………かっこいい」
あまりに反応が無いから心配してしまったが、見惚れてくれただけだったのか。あまりの嬉しさに自然と笑みがこぼれてしまう。
「じゃあ、改めておはよう、アキト」
「おはよ、ハル」
挨拶を返してはくれるけれど、アキトはじっと俺を見つめている。
「髪型もかっこいいし、服もすごい似合ってる。その服って…?」
素直に褒めてくれるアキトを、ぎゅっと抱きしめたくなって困る。
「ああ、これは騎士団の儀礼用の軍服だよ。今日は一つ大事な儀式があるんだ」
「そうなんだ?」
客人であるアキトは、任命式に直接参加する事はできない。それでもアキトにはこの任命式を見守っていて欲しかった。
「会場には入れないから遠くからになるんだけど…見学はできるから、来てくれる?」
「もちろん!」
会場に入れないのに?と思われても仕方ないと思っての提案だったけれど、アキトは即答で絶対に見学したいと返してくれた。
「あ、でも俺何着たら良いんだろう?」
「いつもの冒険者の服で大丈夫だよ」
「あーじゃあバラ―ブ村で貰ったあのお気に入りので良い?」
「ああ、良いと思うよ」
すぐに着替えると言うアキトに、俺は背中を向けて立った。
「ハルって律儀に背中向けてくれるよね」
不思議そうに言っているアキトは、もう少し俺にどういう目で見られているかを自覚して欲しいな。同性が好きだったと言っていたわりに、アキトはこういう所がやけに無防備なんだよな。
「着替え終わったよ」
変に警戒されるようになっても嫌だけど、俺以外の前では無防備でなくなるように教えていかないといけないな。
「ハル、その服で朝ごはん食べるの?」
「そうだよ。…食堂に行ったら、きっと驚くと思うよ」
悪戯っぽく笑いかければ、アキトは何故か上機嫌で頷きながら立ち上がった。
あの魔法の披露を終えてから、アキトが色んな騎士に構われているのは知っていた。さすがに口説こうとする命知らずな奴はいなかったようだが。
今日の任命式は騎士団員は全員参加だ。つまりアキトと関わった騎士たちも、全員が正装の軍服を着用している。
「うわー壮観!」
「やっぱり驚いたね」
俺を見た時と違って見惚れたような動きが一切ない事に、少しだけホッとしてしまう。
「おう、やっと来たか」
既に食事を始めていたケルビンも、今日は団長用の軍服をきっちりと着こんでいた。
「二人とも、おはよう」
「ああ、おはよう」
「おはよ。ケルビンも軍服すごく似合ってるね」
「おう、ありがとな」
さらりとアキトに褒められたケルビンは、少しだけ心配そうに俺に視線を向けてくる。アキトがちょっと褒めたからって嫉妬するとでも思ったのか。さっき俺はもっと熱烈に褒めてもらったぞ。少しの優越感を感じていると、アキトがさらりと続けた。
「そういう服を着てると、ちゃんと団長に見えるよ」
不意打ちの言葉に、俺はブハッと噴き出した。聞き耳を立てていた周りの騎士達も、何人かがテーブルに突っ伏して笑っている。
「お前なぁ…まあいいか、ここ座れよ」
ケルビンに誘われるままに腰を下ろせば、今日の食事当番の騎士がいそいそと料理を運んできてくれた。
「ありがとうございます」
「ありがとう」
「いえ、これも私の仕事ですから」
テーブルに並んだのは、いつも通りの朝からがっつりと肉料理がのった皿だった。
一人分ずつに盛りつけられているそれは、アキトの分にだけ果物が多かった。ちらりと厨房の方へ視線を向ければ、アキトぐらいの年の息子がいるというベテラン騎士が笑顔で手を振っている。あいつからなら特に問題は無いなと俺は視線をアキトに向けた。
「「いただきます」」
幸せそうに食べるアキトにつられて、俺も問題なく肉料理を平らげていく。ケルビンは俺の食欲に安心したように笑みを浮かべていた。
「「ごちそうさまでした」」
重なった言葉に、アキトと二人で笑ってしまった。
「おまえら、ここ食堂だからな」
それぐらい知ってるがと、俺は冷たい視線でケルビンを一瞥した。
「それで、今日の儀式って?」
アキトの口から飛び出た言葉に、ケルビンは呆れた顔で俺を見つめてくる。
「…ハロルド、まだ話してないのか?」
「話す時間がなかっただけだ。…今日は俺の特別任務の任命式なんだよ」
まっすぐに目を見て伝えれば、アキトは小さく首を傾げた。
「特別任務…って?」
「俺が元々冒険者としての身分も持ってたってのは聞いた?」
「あ、ケルビンが言ってた」
「この服で騎士として動くより、冒険者としての方が動きやすい事もあるからね」
「なるほど」
「冒険者らしい恰好で動いていれば、そうそうバレないしね」
冒険者として動く意味を、アキトはすぐに理解してくれたようだ。
「今回の特別任務は、冒険者としての活動をしながら情報収集をするという内容なんだ」
「え…?」
「これで、俺は表向きは冒険者としてアキトと一緒にいられるんだよ」
これからも一緒に冒険が出来るんだと喜んでくれるだろうと思っていた。無邪気に笑って、素直に嬉しいと言ってくれるだろうと。
アキトの反応はそのどちらでも無かった。椅子に座ったままの状態で、隣に座っていた俺にぎゅっと抱き着いてきた。
「おれ…ずっと一緒にはいられないと思ってた」
「俺がアキトを一人にするわけないだろう?」
そっと顔を覗き込めば、アキトは真っ赤な顔のまま俺を見上げてきた。あまりの愛おしさに、胸がぎゅっと締め付けられる。
「こいつ、アキトが起きる前から根回ししてたんだぜ」
呆れたように俺たちを見つめていたケルビンは、向かいからそんな言葉をかけてくる。余計な事を言うなと睨めば、にやりと笑って流された。
「特別任務が拒絶されたら、こいつ騎士団を辞める覚悟まで決めていたんだぜ?」
トライプールの領主の許可を得て、王都の騎士団にもきっちりと連絡を取って話を通し、この特別任務を無理やりもぎ取ったんだとバラしてしまった。アキトには隠しておくつもりだったのに、何故ここで話したんだ。
「もし俺が騎士を辞めたら、アキトが気にするかと思ってね。できるだけ残るつもりで手を尽くしたんだ」
「うん、ありがとう」
「ただ騎士団の依頼で、他の領にも行く必要があるかもなんだ」
これだけはきちんと言っておかないと駄目だろう。そう思って告げた言葉に、アキトは一瞬の躊躇も無く答えた。
「ハルと一緒に行けるなら、他の領も楽しそうだよね」
「ああ、どこに行っても精一杯案内するよ」
「頼りにしてます」
今日が人生最良の日かもしれないと、アキトと出会ってからもう何度目かも分からない事を思ってしまった。会話がひと段落すると、周りで聞いていた奴らから一気に声が上がった。
「見せつけないでくださいよ!」
「あー俺もこんな恋人欲しい…」
「恋人っていうかもはや夫婦みたいじゃないか?」
「お幸せに!」
「このままプロポーズでも始まるかと思ったよ」
夫婦と言うのは少し嬉しいが、こんな所でプロポーズなんてするわけが無いだろう。するなら二人きりの時にするに決まっている。わいわいと騒ぐ周りの声に、アキトは真っ赤になってうつむいた。
「羨ましいだろう」
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