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205.【ハル視点】二人だけの特別な時間

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 せっかくの二人きりの時間を楽しみたい所だけど、話しておかないといけない事はたくさんある。俺は机の上の食器を、渡されていた鞄へとどんどん詰め込んでいった。

「それって」
「ああ、食堂の備品の魔道収納鞄だね」

 テーブルを拭くための布巾までは用意してなかったなと思ったら、アキトは慣れた様子で浄化魔法をテーブルにかけてくれた。本当に息をするように自然に使いこなすな。

「ありがとう」
「どういたしまして」

 食後のお茶を用意してから、俺はおもむろに防音結界の魔道具を取り出した。

「あれ、ケルビン団長に借りたの?」
「ああ。話がしたかったからな」

 そっと魔道具に触れて魔力を流すと、部屋の中にパキンと音が響いた。外から聞こえていた鳥の声も、騎士達の訓練をしている声も何もかもが聞こえなくなる。

「まずアキトに謝りたい事があるんだ」
「へ…何?」

 いきなり謝罪から始まるとは思ってなかったんだろう。アキトは慌てた様子で聞き返してきた。

「生まれと体質について、ケルビンに話したって聞いたんだ」
「あ、うん。ケルビンに信じてもらうために話したよ」
「アキトに許可も得てないのに、俺は勝手にミング先生にもアキトの体質の事を話してしまったんだ」
「うん」
「すまなかった!」

 アキトの個人的な事情を勝手に人に話したんだから、怒りはきっちり受け止めるつもりで謝罪をしながら頭を下げた。

「ミング先生になら問題ないよ。って…体質だけなんだ?」

 アキトは全く気にしていなかったみたいで、むしろ不思議そうにそう尋ねてきた。

「ああ、ミング先生にはアキトの生まれについては一切伝えてない」

 秘密を知る人は少しでも少ない方が良いからそこはあえて隠したんだと伝えれば、アキトはそういうものなのかとあっさりと頷いた。

「そっか。ハルの判断に文句は無いよ」
「次は、あの魔法について話しても良いか」
「うん。あの魔法をなんて説明してくれたのか聞かなきゃって思ってたんだ」

 意見をすり合わせておかないと、咄嗟に答える事ができないかもしれないからな。

「あの魔法は、治癒魔法じゃなくて異物を取り除く魔法って事にした」
「異物を取り除く魔法…か」

 アキトがあの魔法で自分の傷を治した所を、ケルビンとミング先生は一切見ていない。だからこそ、その説明で何とか押し通せたんだ。

「まあケルビンは素直に信じてはいないだろうが…詮索はしないと言っていたから問題は無い」
「うん、分かった」
「俺から伝えたいのはこれぐらいだが、アキトが聞きたい事はあるか?」
「あー…ハルが消えた日って、自分の意思だった?」

 アキトは少し躊躇いながらも、俺の目をまっすぐに見つめてそう尋ねてきた。

「俺の意思では無いな。風が吹いて飛ばされて、気づいたら体に戻ってた感じだ」
「…そうなんだ?」
「ああ。眠っていたアキトに、絶対に戻ってくるからって声をかけてから、抗いきれずに飛ばされたんだ」
「そっか…そうなんだ!」

 俺の意思で置いていったわけじゃないと理解してくれたのか、アキトはホッとした様子で笑みを見せてくれた。

「あと気になってたのは…ハルの年齢かな」
「ああ、俺は今年で31歳になるな」

 それがどうしたんだと首を傾げた俺に、アキトは驚くべき言葉を告げた。

「ハル、幽霊の時って、見た目年齢変わってたの気づいてた?」
「…は?」

 言っている意味が分からずに、俺はじっとアキトを見返した。

「やっぱり知らなかったんだ」
「そう…なのか?幽霊の時はいくつぐらいに見えたんだ?」

 鏡にも水面にも幽霊は映らない。だから自分の年齢が変わっているかどうかなんて、考えた事もなかった。

「俺と同い年くらいに見えてたよ」
「そうなのか」

 と言う事は同い年くらいに見えていた俺の事を、アキトは好きになってくれたって事か。突然十歳も老け込んだ俺を見て、アキトは何を思ったんだろう。思わずアキトにすがるような視線を向けてしまった。

「年上の俺は、嫌か?」
「…あのさ、俺年上好きって言わなかった?」
「……そういえば、言ってたな。いきなり年上になったせいで嫌われたらって思ったら、すっかり忘れてたよ」
「幽霊だって知ってたのに、それでも俺はハルを好きになったんだよ?俺の好きな気持ちはそんなに簡単なものじゃないからね」

 俺を安心させるようにそう断言してくれるアキトは、どこまでも男前だった。さすがアキトだなと見つめている先で、アキトの頬がじわじわと赤く染まっていく。

「ただ…ハルの見ためがさらに俺好みになったのは…確かです」

 どんどん小さくなっていく語尾と、どんどん赤くなっていく頬は可愛すぎると思う。男前さと可愛さが同居してるとか、アキトは本当にすごいな。

「アキトに気に入ってもらえたなら、この年齢で良かったよ」
「あれ?そう言えばハルって自分の体が生きてる事知ってたよね?」
「ああ、もちろん知ってたよ」
「…なんで俺があの魔法を使えるって分かった時に、教えてくれなかったの?」
 
 拗ねたような顔で軽く投げられたその質問に、俺はぎくりと体を固くした。

「アキト、先に言わせて欲しい。俺はこの剣に誓って、ただアキトが好きだったから一緒にいただけなんだ」

 剣に誓ってというのは、騎士のする誓いの中でも最上級に近い言葉だ。それより上の誓いは、たった一つしか存在していない。

「異世界人は変わった魔法を使えるようになるという説が存在してるんだ」

 覚悟を決めて告げた俺に、アキトはあっさりと頷いて続きを促してきた。

「アキトがあの魔法を使えるようになった時、それ目当てで一緒にいたのかって思われたらって思ってしまったんだ」

 今になって思えば、アキトならそんな事は言わないと分かるんだけどな。あの時はあんな奇跡のような魔法を間近で見たせいか、冷静じゃなかったんだと思う。

「…怒ったか?」
「んー…なんで俺を信じてくれなかったんだーとは思うけど」

 恐る恐る尋ねたら、そんな言葉が返ってきた。

「嫌われたくなかったって気持ちはまあ分かるから…ちょっとだけ?」

 笑いながらそう答えてくれたアキトに、俺はそっと頭を下げた。

「…すまない。ありがとう」
「次大事な事を隠してたら、すっごい怒るかもしれないよ」
「ああ、次こんな事があったら、ちゃんとアキトに説明するよ」

 神妙な顔で答えれば、アキトは真面目な顔をして口を開いた。

「こんな事がそうそうあったら、困るけどね」

 言い切るなり笑い出したアキトに、どれほど救われた気持ちになったか。アキトは気づいていないんだろうな。



 結界を発動したまま話していると、楽しすぎてつい時間が過ぎるのを忘れてしまった。誰にも邪魔されない二人きりの時間のためなら、この魔道具は購入しておくべきかもしれないな。

「そろそろ戻らないと」
「ああ、その前に…ちょっとだけ触れても良いかな」

 いきなりこんな事を言ったら、アキトは嫌がるだろうか。心配しながら告げた言葉に、アキトはすぐに笑って答えてくれた。

「もちろん。ハルに触れてもらえるなら大歓迎だよ」

 無防備に近づいてきたアキトの顔を、そっと両手で包み込む。そうして本当に触れられるんだなともう一度確認していたら、ふと柔らかい頬を撫でてみたくなった。アキトが嫌がるそぶりを見せたら、すぐに手を離す。自分にそう言い訳しながら、両手の親指を使ってアキトの頬をそっと撫でた。

 アキトは触れられた事を嫌がるどころか、涙が滲んだ目でそっと俺を見上げてきた。俺と触れ合えるようになった事に喜んでくれているんだと分かって、たまらない気持ちになった。アキトへの愛おしさが溢れてしまいそうだ。

 騎士団本部でアキトに手を出すわけにはいかないと我慢していたけれど、本当ならもっと早く抱きしめたかったし、口づけだってしたかったんだ。

 じっと目を見つめたまま顔を近づけていくと、アキトはそっと目を閉じてくれた。怖がらせないように、ただ触れるだけの軽い口づけを贈る。

「アキト、好きだよ」
「俺もハルが好きだよ」

 まっすぐに見上げながら返された告白に、思わずぎゅっとアキトを抱きしめた。人前では我慢したんだから、これぐらいは良いだろう。
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