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203.たくさん話を

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 初めてハルと一緒に食べる食事は、楽しくて美味しくて幸せで、あっという間に終わってしまった。これから何回でも一緒に食べられるんだから、良いんだけどさ。

 食後のお茶を楽しんでいると、不意にハルが防音結界の魔道具を取り出した。

「あれ、ケルビン団長に借りたの?」
「ああ。話がしたかったからな」

 ハルがそっと魔道具に触れると、部屋の中にパキンと音が響いた。外から聞こえていた鳥の声も、騎士達の訓練をしている声も何もかもが聞こえなくなる。

「まずアキトに謝りたい事があるんだ」
「へ…何?」

 いきなり謝罪から始まるとは思ってなかったから、俺は慌てて聞き返した。

「生まれと体質について、ケルビンに話したって聞いたんだ」
「あ、うん。ケルビンに信じてもらうために話したよ」

 なんだろう。話しちゃまずかったのかな。

「アキトに許可も得てないのに、俺は勝手にミング先生にもアキトの体質の事を話してしまったんだ」
「うん」
「すまなかった!」

 ハルがガバッと頭を下げた姿を、俺は呆然と見つめていた。すっごく申し訳なさそうだけど、別にそれぐらい気にしないのに。

「ミング先生になら問題ないよ。って…体質だけなんだ?」
「ああ、ミング先生にはアキトの生まれについては一切伝えてない」

 秘密を知る人は少しでも少ない方が良いから、そこはあえて隠したんだって。

「そっか。ハルの判断に文句は無いよ」

 謝りたい事なんていうから、一体何を言われるのかと思ったよ。
 
「次は、あの魔法について話しても良いか」
「うん。あの魔法をなんて説明してくれたのか聞かなきゃって思ってたんだ」
「あの魔法は、治癒魔法じゃなくて異物を取り除く魔法って事にした」
「異物を取り除く魔法…か」

 俺があの魔法で自分の傷を治した所を、ケルビンとミング先生は見ていない。だからこそ、その説明で何とか押し通せたらしい。

「まあケルビンは素直に信じてはいないだろうが…詮索はしないと言っていたから問題は無い」
「うん、分かった」
「俺から伝えたいのはこれぐらいだが、アキトが聞きたい事はあるか?」
「あー…ハルが消えた日って、自分の意思だった?」

 ずっと気になってたんだ。あれはハルの意思で俺に黙って消えたのか、それとも勝手に戻されただけなのか。

「俺の意思では無いな。風が吹いて飛ばされて、気づいたら体に戻ってた感じだ」

 ハルはあっさりとそう答えてくれた。眠ってる俺に、絶対に戻ってくるからって声をかけてから飛ばされたんだって。そっか、自分の意思で俺を置いていったわけじゃなかったのか。なんだかちょっとホッとした。

「あと気になってたのは…ハルの年齢かな」
「ああ、俺は今年で31歳になるな」
「ハル、幽霊の時って、見た目年齢変わってたの気づいてた?」
「…は?」

 きょとん顔で俺を見返してくる辺り、全く気づいてなかったんだろうな。鏡にも水面にも幽霊は映らないんだから当然かな。

「やっぱり知らなかったんだ」
「そう…なのか?幽霊の時はいくつぐらいに見えたんだ?」
「俺と同い年くらいに見えてたよ」
「そうなのか」

 うつむいていたハルは不意に顔を上げると、じっと俺の目を見つめてきた。うわぁ、やっぱりまっすぐに見つめられると、格好良すぎて動揺してしまうな。

「年上の俺は、嫌か?」
「…あのさ、俺年上好きって言わなかった?」
「……そういえば、言ってたな」

 いきなり年上になったせいで嫌われたらって思ったら忘れてたと、ハルは苦笑を浮かべた。

「幽霊だって知ってたのに、それでも俺はハルを好きになったんだよ?」

 俺の好きな気持ちはそんなに簡単なものじゃないからねと伝えれば、ハルは大きく頷いてくれた。

「ただ…ハルの見ためがさらに俺好みになったのは…確かです」

 これも言っておかないと嘘になるかなとこっそりと続ければ、ハルはニヤリと笑ってみせた。

「アキトに気に入ってもらえたなら、この年齢で良かったよ」

 大人の色気が増したハルの、ちょっと悪そうな笑顔の破壊力は凄かったよ。

「あれ?そう言えばハルって自分の体が生きてる事知ってたよね?」
「ああ、もちろん知ってたよ」
「…なんで俺があの魔法を使えるって分かった時に、教えてくれなかったの?」

 ハルの体が生きてるって聞いてたら、俺は自分の意思で騎士団本部に殴りこんでたと思うんだけど。軽い気持ちで聞いたその質問は、ハルの地雷を見事に踏み抜いたようだ。

「アキト、先に言わせて欲しい。俺はこの剣に誓って、ただアキトが好きだったから一緒にいただけなんだ」

 なんでいきなりそんな事を言い出したのか意味が分からなかった俺は、素直にハルに尋ねた。なんでもこの世界には、異世界人は変わった魔法を使えるようになる事があるなんて説があるんだって。それで俺があの魔法を使えるようになった時、それ目当てで自分と一緒にいたんだろうって言われるのが嫌だったらしい。

「…怒ったか?」
「んー…なんで俺を信じてくれなかったんだーとは思うけど、嫌われたくなかったって気持ちはまあ分かるから…ちょっとだけ?」
「…すまない。ありがとう」
「次大事な事を隠してたら、すっごい怒るかもしれないよ」
「ああ、次こんな事があったら、ちゃんとアキトに説明するよ」

 神妙な顔のハルに、俺も真面目な顔で答えた。

「こんな事がそうそうあったら、困るけどね」

 おどけて返せば、ハルも大きく頷いてから笑ってくれた。



 結界を発動したまま話し込んでしまったけど、そろそろ部屋に帰らないといけない時間だ。ハルは騎士だから別に良いんだけど、俺はあくまで客人だから軽い門限が決められている。

「そろそろ戻らないと」
「ああ、その前に…ちょっとだけ触れても良いかな」

 真剣な顔のハルに、俺は笑って答えた。

「もちろん。ハルに触れてもらえるなら大歓迎だよ」

 ゆっくりと伸びてきたハルの両手が、俺の頬を柔らかく包み込んだ。両手の親指がそっと柔らかく頬を撫でてくる。本当に触れ合えるのかを確かめるような優しい触れ方に、涙が出そうになった。

 頬の手は受け入れたまま、俺はそっとハルを見上げた。ばっちりと視線が合った紫の瞳は、愛おしいと言いたげに優しく細められていた。

 恋愛経験が無くても、キスする時のタイミングって分かるもんなんだな。自然と目を閉じれば、柔らかい唇がそっと重なった。ただ触れるだけのキスでも、好きな人と交わせばこんなに幸せな気持ちになれるんだ。

「アキト、好きだよ」
「俺もハルが好きだよ」

 抱きしめてくれたハルの背中にそっと手を回して、俺もぎゅっと抱きしめ返した。
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