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197.魔法の実演

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 騎士の指導へと移っていった訓練場を眺めていると、不意に汗を拭いていたハルと目線があった。

「アキト!」

 まさか目が合うなり叫ぶとは思ってなかった俺は、びくりと体を揺らした。ケルビンはお腹を抱えて爆笑してるけど、周りの騎士達は何事だとこっちを見つめている。

「ハロルド様も、恋の前では普通の男ですなぁ」

 ミング先生は楽しそうに笑っていた。

「降りておいで、アキト!」

 視線が集中していて既に落ち着かないけど、ハルは笑顔でそんな事を言ってのけた。うう、でも優しい声で降りておいでって言われて、俺が拒否できるわけがない。登ってきた階段を、俺はゆっくりと降りていった。

「アキト、おはよう」
「うん、おはよう、ハル」
「よう、アキト、おはよう」
「ケルビン…団長、おはようございます」

 これだけ騎士に囲まれた状態で、団長を呼び捨てにとか出来るか。慌てて団長をくっつけて敬語で挨拶した俺に、ケルビンは不服そうな顔で見返してきた。

「こちらの方は?」
「ああ、アキトは冒険者だよ」
「精霊が見える人って通り名知ってるだろ?」
「ああ」
「あの精霊が見える人か」
「華奢で可愛いな」
「冒険者って…あの体格で?」
「うわー可愛い」

 なんだか何人か失礼な人が混じってる気がするんだけど。むと口を曲げた俺が口を開くよりも先に、ハルがにっこりと笑みを浮かべた。

「ちなみにアキトは俺の恋人だから、そのつもりでな、お前ら」

 恋人とはっきり言い切ってくれた事に、つい頬が赤くなる。それにしても、ハルって騎士の人が相手だと少し荒っぽい話し方になるんだな。新たな一面が知れたみたいで何だか嬉しい。

「ええー」
「一瞬で失恋とか…」
「嘘だろ」
「ハロルド様、いつの間に!?」

 わいわいと言い合う騎士たちをちらりと見たハルは、ずっと俺の後ろについてくれていたミング先生に声をかけた。

「ミング先生、アキトは魔法を使っても良いですか?」
「ああ、問題は無いよ」
「分かりました。じゃあアキト、ちょっとだけこいつらに魔法見せてやってくれないか?」
「え?魔法を見せる?」
「アキトの魔法を見れば、こいつらもアキトのすごさが分かるからな」

 自信満々で言い切ったハルの後ろで、ケルビンが的の用意をさせているのが見えた。断れる感じじゃなさそうだな。まあいいか。ハルが見せろと言うなら、やるだけだ。

「準備できたぞ」

 訓練場の隅っこに、4つの的が並んでいるのが見えた。

「え、遠すぎない?」
「さすがにあれは…弓でないと無理じゃないか?」

 そんな同情まじりの声が聞こえてくるけど、俺は全部の声を無視してハルをじっと見上げた。

「ハル、指示出してくれる?」

 的は4つって事は、魔法の種類も変えるんだと思う。力を見せつけろって言うなら、ハルが順番を決めて欲しいと思った。

「もちろん」

 柔らかい笑顔に、俺もにこっと笑みを返してから魔力を練り上げる。

「まずは火魔法で一番左」

 目の前に浮かび上がったのは、野球ボールくらいの大きさの火の玉だった。キャッチボールをした経験からか、この大きさが一番扱いやすいんだよな。

 魔法を飛ばすのは、今回も全ての魔法共通でエアガンのイメージだ。まあ火魔法だけは何故か速度が出なくて、ふらふら飛んでいくんだけどね。

 俺は目線を一番左の的に固定すると、すぐに魔法を発動した。火の玉はすこし揺らぎながらそれでも何とか飛んでいって的の真ん中に命中した。

 おおーと歓声が聞こえる中、俺は次のための魔力を練り上げる。

「次は風魔法で一番右」

 風魔法は実はイメージするのに一番手こずった魔法だ。扇風機の風を集めたものって想像したらなかなか上手くいかなかったんだよな。それで俺はドロシーさんの作った風の玉を想像するようになった。つむじ風のような、切れ味の鋭い風の刃のイメージだ。

 作り上げた風の刃を、一番右の的を見つめながら打ち出した。的の真ん中に命中した事に、俺は密かにテンションを上げた。風魔法苦手だったけど、うまくいったぞ。

「次は水魔法、右から二番目」

 水魔法はただの水だとなかなか攻撃力が上がらない。だから俺は水を凍らせることにした。それは氷魔法じゃないのかって思ったんだけど、属性的には水魔法らしいから深く考えない事にした。

 俺の目の前に浮かび上がった、先のとがった氷の塊に周りがどよめいたのが分かった。水魔法なのに氷にするなんてー、とか思われてるのかもしれないな。

 流れるように的を狙えば、水魔法も的のど真ん中を射抜いた。

「アキト、最後は土魔法。4つ全ての的に順番に」

 最後にそれを持ってくるあたり、ハルは本気で俺の力を見せつけたいんだな。舐められたら駄目とか騎士ルールにあったりするんだろうか。

「おい、いくら何でもそれは」

 慌てて止めに入ってくれたケルビン団長に、周りの騎士たちも頷いている。ハルだけは悪戯っ子みたいな顔で楽しそうに笑っている。そのハルの顔も好きなんだよなぁ。

「問題無いです」

 そう言うなり、俺は練り上げた魔力で同時に4つのつぶてを作り上げた。すっかり得意魔法になった土魔法は、ヒュージスライム相手の実践でもちゃんと使えたんだから自信がある。

「狙う順番は指示して良いか」
「うん、ハルが指示した順番でいくよ」
「一番左」

 きっちりと的を狙って放つ。命中した。

「右から二番目」

 すぐに狙って礫を放つ。命中。

「右端」

 すっと狙って放つ。これも命中。

「左から二番目」

 これで最後か。じゃあちょっとだけサービスしようかな。俺はつぶてを大きくしてから的の真ん中に命中させた。的がバキッと音を立てて潰れた。え、破壊しちゃったけど、あれ大丈夫かな。弁償とかしないといけないかな。

「うん、さすがアキトだ!」

 遠慮なく頭を撫でられて、俺は頬を赤く染めた。だって!褒められた事はあっても!撫でられるのは!初めてなんだよ!

「…すげぇな、アキト」

 ケルビン団長の声に振り返れば、我に返った騎士達の拍手が辺りに鳴り響いた。

「あの早さでぽんぽん魔法発動されたら怖すぎるだろ」
「しかもあの狙いの正確さ」
「うーわーハロルドさんの恋人も似た者同士かよ」
「最後の大きくしたやつびっくりした」

 あれ、何かかなり好評だったみたいだ。

「アキト、これで騎士に手出しされる事は無いからね」
「手出しって」
「俺のアキトを口説いたりされないための牽制だよ」

 爽やかな笑顔でそんな事を言われた俺は、真っ赤な顔をしたままそっと視線を反らした。
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