上 下
197 / 1,103

196.稽古の見学

しおりを挟む
 開かれた窓から、ふわりと心地よい風が入ってくる。小鳥の鳴く声を聞きながら俺はゆっくりと目を覚ました。室内に視線を巡らせてみたけれどそこにハルの姿は無く、代わりに傍らの椅子にミング先生が腰かけていた。

「ミング先生、おはようございます」
「おはようございます、アキトさん。ああ、顔色も良くなりましたね」
「ありがとうございます」
「体調の確認だけさせてもらいますね」

 見た事の無い魔道具をいくつか取り出すと、ミング先生は手早く診察をしてくれた。

「はい、問題はありませんね」

 ミング先生によると、もう魔力も完全に戻っているそうで魔法も使って大丈夫らしい。騎士団本部の中だけなら、歩き回る許可まで貰ってしまった。

「ただし、無理だけはしないでくださいね。体調が悪くなったらすぐに私を呼ぶように周りの者に伝えてください」
「はい、分かりました」
「アキトさん。改めて、ハロルド様の件ありがとうございました」

 流れるように伝えられた感謝の言葉に、何と答えればよいのか悩んでしまった。ハルがあの魔法の事をどう言い訳してくれたのか。まだ詳しい話は聞いてないから、迂闊な事は言えない。

「アキトさんがいなかったら、ハロルド様はきっと助かりませんでした」
「そんな事は」
「あるんですよ。私にはハロルド様の体を何とか生かすことしかできなかった」

 魔法薬を少しずつ調合して飲ませたり、魔法の力を駆使してもハルが目覚める事は無かった。半年もの間、助かるか分からないハルをずっと見守っていてくれたんだ。

「もし体が生きていなかったらハルは助かりませんでした」
「え」
「俺は奇跡の魔法が使えるわけじゃないので、体が生きていなかったらハルを助ける事なんてできなかったんです」

 ハルがどう説明したのかも分からないのに、こんな事を言って良いのかなって少しだけ思った。でも、ずっとハルの体を守ってくれていた人に、きっちりお礼を言いたかった。

「だから、俺もミング先生にお礼を言いたいです。ハルの体を生かしてくれてありがとうございました」
「そんな」
「おかげで俺は一番大切な人を、失わずに済みました」

 ミング先生は両目を見開いていたけれど、不意にふわりと優しく笑ってくれた。

「お互いに想い合っているんですね。素敵な事です」

 祝福の言葉に、胸がきゅっと締め付けられた。本当にこの世界では、同性同士でも問題無いんだな。

「はい!」

 俺は満面の笑みを浮かべて、照れながらもしっかりと頷いた。



 騎士団の中を歩いても良いと許可は貰ったけれど、さすがに一人でうろうろするのはまずいだろう。そう思った俺は、ミング先生に声をかけた。

「あの、ハルはどこにいるか知ってますか?」
「ああ、ハロルド様はケルビン様と一緒に朝の鍛錬中です」
「鍛錬…?」

 ハルとケルビンの鍛錬か。それはちょっと見てみたいな。そう思ったのが顔に出ていたのか、ミング先生は悪戯っぽい笑みを浮かべて俺に囁いてくれた。

「こっそり見に行きますか?」
「ぜひ!」

 ミング先生に案内してもらいながら歩く騎士団本部の中は、不気味な程に静まり返っていた。団長と歩いた時はあんなに敬礼されまくったのに、今は廊下に騎士の姿は無いみたいだ。

「あの二人が鍛錬をしていると、触発されて皆が訓練場に行くんですよ」
「そうなんですか?」
「最近はケルビン団長は長期任務で留守でしたし、ハロルド様はあの状態でしたから…久しぶりのトライプール騎士団の名物の復活ですからね」

 見学をするためだけに行ってる騎士も多いと思いますよと、ミング先生は朗らかに笑って教えてくれた。トライプール騎士団の名物だったのか。余計に楽しみになってきた。

「こっちです」

 そうして案内されたのは、建物の裏側に位置している訓練場だった。校庭のような大きなスペースに、騎士達が集まっているのが見えた。ミング先生はそっと階段を指差した。

「二階からの方が安全ですし、良く見えますから。上がりましょう」

 言われるがままに階段を上がってから窓の外を見た俺は、真剣で切り結んでいるハルとケルビンの姿に息をのんだ。剣と剣がぶつかり合った瞬間、火花が散るほどの勢いだった。開いたままの窓から、外の熱気が伝わってくる。

「ハロルド、お前病み上がりじゃねぇのか!」
「三日かけて調整は終わらせた!」

 そう言い切ったハルは、踊るようにしなやかにそして軽やかにケルビン団長を追い詰めていく。ハルが剣を持って戦う姿を見るのは初めてだけど、剣術に詳しくない俺でもハルの力量が尋常じゃない事は理解できた。

「すっごい…」
「ハロルド様は、身軽で手数が多い戦闘の仕方が得意ですね」

 ケルビンは切りかかってきたハルの剣を大きくはじき返すと、ぶおんと大剣を振り回した。

「病み上がりに負けてられるかってんだ!」
「相変わらずの力押しか!」

 団長はあの大きな大剣を、まるで枝でも扱っているかのように簡単に振り回して攻撃を続けた。動きは大ぶりだけど、攻撃一つ一つは驚くほどに重い。しかもあの大剣を使っているとは思えないほどの、怒涛の連続攻撃だ。

 ハルは器用に避け続けているけど、あの攻撃をもし受け止めたら武器が破壊されそうだ。

「ケルビンもすごい…」
「ええ、団長はあの恵まれた体格のおかげで大剣を自由自在に扱えますし、一撃の攻撃力が高いですね」

 ケルビンの剣も、ハルの剣も、俺の腕じゃ受け止めることさえできないだろうな。

「そこまでっ」
「ああ、時間切れのようですね。今回は引き分けです」
「時間制限ありなんですね」

 剣を納めた二人に、周りの騎士が水と布を持って駆け寄っていく。わいわいと盛り上がる眼下の様子を、俺は興味深く観察していた。
しおりを挟む
感想 315

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

氷の華を溶かしたら

こむぎダック
BL
ラリス王国。 男女問わず、子供を産む事ができる世界。 前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。 ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。 そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。 その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。 初恋を拗らせたカリストとシェルビー。 キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

処理中です...