193 / 1,112
192.【ハル視点】体に戻る
しおりを挟む
調査隊を出すための書類作りは、メロウですら手こずるような面倒な手続きらしい。情報提供の必要があっても、基本的には部下が行っていた。自分で手続きまでした事はなかったから、ここまで時間がかかるとは全く知らなかった。
なんでもメロウが作った複数枚に及ぶ書類をギルマスが確認して、更にそこに情報提供者の署名が入って、それでやっと調査隊が出せるらしい。
手続きの厳重さからして、過去に問題が起きた事があったんだろうな。
「書類にサインまでいるとは俺も知らなかったよ」
ここまで手続きが必要と知っていたら、俺も今日報告をしようなんて言わなかったのにな。ゴーレムからの逃走に魔法の発動。アキトは間違いなく疲れている筈なのに、待たせている事を詫びにきたメロウに笑顔まで見せている。
もし俺がアキトの立場なら、一言断ってから本でも読むと思うんだけど、そんな考えはアキトには無いみたいだ。退屈そうにきょろきょろと視線を巡らせているアキトは、このまま黙って見守っていたら眠ってしまいそうだと思った。
無防備に眠るアキトの姿を、不特定多数に見られるのは嫌だな。
勝手に独占欲を抱くなんて馬鹿みたいだと、以前の俺ならそう思っていただろう。でも、アキトは俺の事を恋愛感情で好きだと言ってくれた。それなら少しぐらい独占欲を抱いても良いんじゃないか。
そんな考えから、俺はアキトにそっと話しかけた。今日見かけた鳥の話や、ブレイズと話していた屋台飯の話、更に最近人気が出てきている話題のお店の話までいろんな事を話した。
受付から離れた場所にある椅子に座っているとはいえ、ギルドの中はどうしても人目がある。だから返事は返ってこないけれど、アキトは表情が豊かだから感情が簡単に読み取れる。結局、俺も会話を楽しんでしまった。
ギルドを出て黒鷹亭に帰り着く頃には、すっかり夜も更けていた。部屋に向かって歩くアキトの目は、今にも閉じそうな状態だった。無事にここまで帰りつけた事に、俺はそっと胸をなでおろした。
「ハル…」
何かを言いたそうに口を開いたアキトの目は、どんどん閉じていってしまう。
「今日はもう寝てしまったら良いんじゃない?」
そう声をかければ、アキトはふにゃりと笑みを浮かべてベッドに潜り込んだ。
「おやすみ、ハル」
「うん、おやすみ、アキト」
すぐにすうすうと寝息を立てだしたアキトは、幸せそうに眠っている。
今日は本当に色んな事があった。採取先では上級のゴーレムに出会ってしまったし、アキトは追いかけられて大変な目に遭った。大怪我を負ったアキトに、恋愛感情で好きだなんて嬉しい言葉を貰ってしまって、俺も慌てて告白を返したりもした。
そして何より、あの魔法だ。アキトは命に関わるようなあの大怪我を、魔法を使って綺麗に治してみせた。
俺の体は今も生きていると伝えたら、きっとアキトはあの魔法を使って俺を助けようとしてくれるだろう。アキトはそういう奴だ。きっと見返りも求めずにあの魔法を使ってしまう。
でももしアキトに、異世界人の魔法目当てで一緒にいたんだと思われたら、そう思うと柄にもなく恐怖を感じた。
俺がアキトと一緒にいたのは最初はただの心配で、気づいたら目が離せなくなっていた。一緒に旅するうちにアキトの人柄に惚れ込んで、そこからは自分の意思で一緒にいただけなのに。
それを全部否定されてしまったら、アキトに嫌われてしまったら。そう思うと自分の体の事を告げる事はできなかった。
「アキト」
思わず呼んでしまった名前に反応したのか、んと返事をしてからアキトは寝返りを打った。こちらを向いたアキトの顔に、思わず笑みがこぼれる。邪魔をしてごめんなと思いながら、そっと手を伸ばしてみる。アキトの頬を、触れられない手でそっと撫でた。
「せっかく両想いになったのに、触れる事もできないなんてな」
ぽつりとそう呟いた瞬間、激しい風が部屋の中に吹き込んできた。一体何事だと慌てて周りを見てみれば、アキトはスヤスヤと眠ったままだった。壁にかけてあったマントも、窓にかかったカーテンもぴくりとも動いていない。
俺の体だけに影響しているのかと気づいた時には、俺の体は既にふわりと空中に浮き上がっていた。この風は、明らかに俺をどこかに連れていこうとしている。風が行く先は、きっと俺の体の所だろうなと漠然とそう思った。
体に戻ってしまったら、もう一度出てくる事ができるかは分からない。アキトをここに一人で置いていく事だけが気がかりだけど、風の勢いはどんどん増していく。
「アキト、体の毒を浄化して何とか戻ってくるから、待ってて欲しい」
眠るアキトにすがるように声をかける。熟睡しているアキトにこの言葉が聞こえていない事は分かっている。それでも言わずにはいられなかった。
「好きだよ、アキト」
そう告げた瞬間、更に勢いを増した風に乗って、俺は木の葉のように空を舞った。
辿り着いた先は、俺の予想通り見慣れた騎士団本部の一室だった。昔からお世話になっているミング先生の姿が、ぐるりと回る視界の中でちらりと見えた。
のんびりと周りを観察する暇もなく、俺は自分の体へと吸い込まれていった。
なんでもメロウが作った複数枚に及ぶ書類をギルマスが確認して、更にそこに情報提供者の署名が入って、それでやっと調査隊が出せるらしい。
手続きの厳重さからして、過去に問題が起きた事があったんだろうな。
「書類にサインまでいるとは俺も知らなかったよ」
ここまで手続きが必要と知っていたら、俺も今日報告をしようなんて言わなかったのにな。ゴーレムからの逃走に魔法の発動。アキトは間違いなく疲れている筈なのに、待たせている事を詫びにきたメロウに笑顔まで見せている。
もし俺がアキトの立場なら、一言断ってから本でも読むと思うんだけど、そんな考えはアキトには無いみたいだ。退屈そうにきょろきょろと視線を巡らせているアキトは、このまま黙って見守っていたら眠ってしまいそうだと思った。
無防備に眠るアキトの姿を、不特定多数に見られるのは嫌だな。
勝手に独占欲を抱くなんて馬鹿みたいだと、以前の俺ならそう思っていただろう。でも、アキトは俺の事を恋愛感情で好きだと言ってくれた。それなら少しぐらい独占欲を抱いても良いんじゃないか。
そんな考えから、俺はアキトにそっと話しかけた。今日見かけた鳥の話や、ブレイズと話していた屋台飯の話、更に最近人気が出てきている話題のお店の話までいろんな事を話した。
受付から離れた場所にある椅子に座っているとはいえ、ギルドの中はどうしても人目がある。だから返事は返ってこないけれど、アキトは表情が豊かだから感情が簡単に読み取れる。結局、俺も会話を楽しんでしまった。
ギルドを出て黒鷹亭に帰り着く頃には、すっかり夜も更けていた。部屋に向かって歩くアキトの目は、今にも閉じそうな状態だった。無事にここまで帰りつけた事に、俺はそっと胸をなでおろした。
「ハル…」
何かを言いたそうに口を開いたアキトの目は、どんどん閉じていってしまう。
「今日はもう寝てしまったら良いんじゃない?」
そう声をかければ、アキトはふにゃりと笑みを浮かべてベッドに潜り込んだ。
「おやすみ、ハル」
「うん、おやすみ、アキト」
すぐにすうすうと寝息を立てだしたアキトは、幸せそうに眠っている。
今日は本当に色んな事があった。採取先では上級のゴーレムに出会ってしまったし、アキトは追いかけられて大変な目に遭った。大怪我を負ったアキトに、恋愛感情で好きだなんて嬉しい言葉を貰ってしまって、俺も慌てて告白を返したりもした。
そして何より、あの魔法だ。アキトは命に関わるようなあの大怪我を、魔法を使って綺麗に治してみせた。
俺の体は今も生きていると伝えたら、きっとアキトはあの魔法を使って俺を助けようとしてくれるだろう。アキトはそういう奴だ。きっと見返りも求めずにあの魔法を使ってしまう。
でももしアキトに、異世界人の魔法目当てで一緒にいたんだと思われたら、そう思うと柄にもなく恐怖を感じた。
俺がアキトと一緒にいたのは最初はただの心配で、気づいたら目が離せなくなっていた。一緒に旅するうちにアキトの人柄に惚れ込んで、そこからは自分の意思で一緒にいただけなのに。
それを全部否定されてしまったら、アキトに嫌われてしまったら。そう思うと自分の体の事を告げる事はできなかった。
「アキト」
思わず呼んでしまった名前に反応したのか、んと返事をしてからアキトは寝返りを打った。こちらを向いたアキトの顔に、思わず笑みがこぼれる。邪魔をしてごめんなと思いながら、そっと手を伸ばしてみる。アキトの頬を、触れられない手でそっと撫でた。
「せっかく両想いになったのに、触れる事もできないなんてな」
ぽつりとそう呟いた瞬間、激しい風が部屋の中に吹き込んできた。一体何事だと慌てて周りを見てみれば、アキトはスヤスヤと眠ったままだった。壁にかけてあったマントも、窓にかかったカーテンもぴくりとも動いていない。
俺の体だけに影響しているのかと気づいた時には、俺の体は既にふわりと空中に浮き上がっていた。この風は、明らかに俺をどこかに連れていこうとしている。風が行く先は、きっと俺の体の所だろうなと漠然とそう思った。
体に戻ってしまったら、もう一度出てくる事ができるかは分からない。アキトをここに一人で置いていく事だけが気がかりだけど、風の勢いはどんどん増していく。
「アキト、体の毒を浄化して何とか戻ってくるから、待ってて欲しい」
眠るアキトにすがるように声をかける。熟睡しているアキトにこの言葉が聞こえていない事は分かっている。それでも言わずにはいられなかった。
「好きだよ、アキト」
そう告げた瞬間、更に勢いを増した風に乗って、俺は木の葉のように空を舞った。
辿り着いた先は、俺の予想通り見慣れた騎士団本部の一室だった。昔からお世話になっているミング先生の姿が、ぐるりと回る視界の中でちらりと見えた。
のんびりと周りを観察する暇もなく、俺は自分の体へと吸い込まれていった。
390
お気に入りに追加
4,145
あなたにおすすめの小説
突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています
ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた
魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。
そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。
だがその騎士にも秘密があった―――。
その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。
【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼第2章2025年1月18日より投稿予定
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目
カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。
もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」
授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。
途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。
ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。
駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。
しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。
毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。
翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。
使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった!
一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。
その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。
この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。
次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。
悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。
ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった!
<第一部:疫病編>
一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24
二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29
三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31
四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4
五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8
六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11
七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
自己評価下の下のオレは、血筋がチートだった!?
トール
BL
一般家庭に生まれ、ごく普通の人生を歩んで16年。凡庸な容姿に特出した才もない平凡な少年ディークは、その容姿に負けない平凡な毎日を送っている。と思っていたのに、周りから見れば全然平凡じゃなかった!?
実はこの世界の創造主(神王)を母に持ち、騎士団の師団長(鬼神)を父に持つ尊い血筋!? 両親の素性を知らされていない世間知らずな少年が巻き起こすドタバタBLコメディー。
※「異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ」の主人公の息子の話になります。
こちらを読んでいなくても楽しめるように作っておりますが、親の話に興味がある方はぜひズボラライフも読んでいただければ、より楽しめる作品です。
転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる
塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった!
特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる