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190.【ハル視点】あの魔法の説明を

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 目を覚ました俺が最初に目にしたのは、涙で目を潤ませたアキトの顔だった。

「アキ…ト…?」

 どうして泣いているんだとか何故ここにいるんだとか、聞きたい事はたくさんあった。でも咄嗟に言葉に出来たのは、ただアキトの名前だけだった。かすれた俺の声は驚くほどにか細かったけれど、アキトは嬉しそうに笑ってくれた。

 これは本当に現実なのかと考えた瞬間、アキトがぎゅっと俺の手を握りしめてくれた。ああ、指先を握られている感触がちゃんとある。俺は本当に体に戻れたんだな。しみじみとそう思った瞬間、アキトの手から力が抜けていった。

「…っ!アキ…っ!」

 かすれた声で思わず叫んだ俺の見つめる先、アキトの体はゆっくりと倒れていった。

「おっと」

 軽い声と共にアキトを抱きとめたのは、ケルビンだった。頭から倒れそうだったアキトを助けてくれた事には感謝するけれど、同時に何故自分が助けられなかったのかと思ってしまった。

「は、ハロルド様…目覚められたのですか?」
「ミン…せん…」
「あっ、お待ち下さいっ!」

 慌てて鞄の中を探ったミング先生が手渡してくれたのは、色からして喉の傷を治す際に使われる魔法薬だろう。濃い紫色をした毒々しい魔法薬を、俺は一気に飲み干した。えぐみと苦味はすごいけれど、これを飲めば声は出るようになるからな。

「ミング先生、ありがとう」
「いえ、話したい事はたくさんありますが、もうしばらくお待ち下さいね」

 鞄の中に手を入れると、ミング先生は治療用の簡易ベッドをおもむろに取り出した。俺のベッドの隣に並べるようにして手早く設置すれば、あっという間にアキトのためのベッドが用意できた。

 騎士団の医術士として特大サイズの魔道収納鞄を譲渡されているとはいえ、やはり鞄の中からベッドが飛び出してくる様子にはさすがにまだ慣れない。

「団長、アキトさんをこちらへ」
「分かった」

 そっとベッドに寝かされたアキトは、真っ白な顔をしたまま眠りに落ちていた。いくつかの魔道具を使ってアキトの体調を調べていた先生は、ふうと大きく息を吐いてから口を開いた。

「魔力切れで間違いないですね」

 やっぱり魔力切れか。そうかもしれないとは思っていたけれど、信頼できる医術士にそう言ってもらえると少し安心した。魔力切れへの対処法は、ひたすらに眠らせてやる事しかない。

 あの悪夢の中で俺の体を包んだのは、間違いなくアキトの魔力だった。あの時と同じ光り輝く魔力からして、きっとアキトは俺のためにあの魔法を使ったんだろうな。この二人にバレることも恐れずに。

「ハロルド様、彼は一体何をしたんですか?」
「その前に…ケルビン、彼の体質の話は聞いたか?」
「ああ、生まれも体質も俺には話してくれたぞ」

 ケルビンの言葉を聞いて、俺は頭の中で説明する事と隠す事を考える。

 ケルビンを信頼したのか、アキトは生まれも体質も自分から話したようだ。つまり異世界人な事も幽霊が見える体質についても、ケルビンは既に知っているという事だ。

 問題はミング先生だろう。ミング先生は、この騎士団に俺が来た頃から既に医術士として勤務していた。種族や生まれ、体質で人を差別するような人では無いと断言できる。けれどその一方で、ミング先生の医術の腕はあまりに有名だ。異世界人を囲い込みたいという貴族や金持ち連中と、面識がある恐れもある。

 アキトが異世界人な事は、隠しきる方が良さそうだ。

 ミング先生を信頼していないと言うよりも、善良なこの人が板挟みになる可能性を少しでも減らしたい。

 となれば、幽霊が見える体質については話さないと、説得はできないだろうな。アキトには後で勝手に話した事を謝るしか無いだろう。

「ミング先生、俺が今から話す事は信じがたいと思うが、剣に誓って真実しか述べない」
「はい、あなたの言葉を信じます」
「俺は幽霊として…いや霊体としてだろうか?」
「どっちでも良いと思うぞ」

 呆れたような顔でケルビンが笑う。

「ここに体を置いたまま、幽霊として魂は自由に動き回っていたんだ」
「は…?」
「アキトは幽霊が見える変わった体質でな、ここ数か月は一緒に旅をしていた」

 ミング先生は明らかに戸惑った顔をしているが無理も無いだろう。俺だって誰かがこんな事を言いだしたら、あっさりと信じてやれる自信は無い。それでもこれは間違いなく真実だ。どうやって信じて貰おうかと悩んでいると、ケルビンが横から口を挟んだ。

「先生、アキトはこいつと俺しか知らない筈の話を知ってたんだ。幽霊のハルから聞く以外に知る方法は無いと思うぜ?」
「そんな話をしたか?」

 記憶に無いんだがと続ければ、ケルビンは更に呆れた顔で俺を見返した。

「盗賊村だよ」
「ああ、アキトに警戒心を持ってもらいたくて、そういえばバラ―ブ村でそんな話をしたな…」

 そうか、アキトはあんな出会ってすぐの頃の話まで、ちゃんと覚えていてくれたんだな。

「アキトさんは幽霊のハロルド様と出会って、一緒に旅をしていた…と」
「ああ、信じてくれるか?」
「ええ、お二人がそう言うなら信じましょう」

 医術の世界にも不思議な事はたくさんありますからねと、ミング先生はそう言って笑ってくれた。

「それで、さっきのは何だ?」
「あれはアキトの使う特別な魔法だ」

 ケルビンは真剣な表情をしたまま、俺をじっと見つめてから口を開いた。

「俺には治癒魔法に見えたんだが?」

 ああ、やはり相棒はよく分かっているな。俺が今一番して欲しかった質問がそれだ。

「いや、あれはおそらく異物を取り除く魔法だと思う」

 口からでまかせだが、それなりに説得力はあると思う。

 アキトが自分の怪我を治した事は、俺とアキトしか知らない出来事だ。今二人が見たのは、俺の中にあった毒物を取り除いた魔法だけなんだから、ごまかす事は出来るだろう。

「ああ、なるほど。だから彼は毒と聞いてから、魔法を使ったんですね」

 素直に受け入れてくれたミング先生は、感心したように頷いている。

「アキトもまだ使いこなせていない魔法だから、成功するかは分からなかった。だから内容を告げなかったんじゃないかな」

 よし、これで辻褄はあっただろうし、無理に他の奴の毒抜きを頼まれる事も無いだろう。やり切ったと思ったが、ケルビンはもの言いたげな視線を向けてきている。まあ、お前は誤魔化されないだろうとは思ってたけどな。

「魔法の話は分かった。先生、ハロルドの体調も調べてくれるか」
「はい、すぐに取り掛かりますね」

 魔道具を使って全身を隅々まで調べられながら、俺は眠ったままのアキトの顔をじっと見つめていた。
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