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186.突然の訪問者

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 太陽の光が差し込む部屋の中、俺はゆっくりと目を開いた。恐る恐る時間を確認してみれば、食堂の解放時間は過ぎているけれどお昼よりは早いぐらいだった。

 散々泣いてすっきりしたせいか、久しぶりにしっかりと熟睡出来た気がする。

「今日はバラーブ村かな」

 朝食をパッと済ませて、俺はすぐに冒険者装備を整えた。



 無料朝食が終わった宿の中は、しんと静まり返っていた。バラ―ブ村に行くならやっぱり川下りの舟かなと考えながら階段を降りていくと、受付でレーブンさんが俺を待ち構えていた。

「おはよう、アキト」
「おはようございます、レーブンさん」

 うっすらと笑みを浮かべて返事をすれば、レーブンさんは安心したように肩の力を抜いた。昨日までの俺よりは、今日の俺の方がマシな顔をしてると思う。

「お前に会いたいって奴が来てるんだが…まだ本調子じゃないだろうし、追い返すか?」
「ひどいな、レーブン」

 レーブンさんの後ろから現れたのは、俺よりも20センチ以上背の高い黒髪の大男だった。凛々しい顔をした男の色気溢れるその男は、背中に見た事もないような大剣を背負っている。

「君がアキトか?」
「はい」

 レーブンさんとは顔なじみみたいだけど、俺とは間違いなく初対面だ。こんなに存在感のある人に会ったら絶対忘れない自信がある。

「何のご用ですか?」
「俺はケビンという。君が納品した、水色の花のことで話を聞きに来たんだが…」

 名前を出さずに水色の花と言われて思い当るのは、リスリーロの花ぐらいだ。ハルと出会った時に採取して納品した、あの綺麗な水色の百合のような花が思い浮かぶ。

「少し時間をもらえるかな?」

 リスリーロの花の事は極秘扱いになっている筈だ。それを知ってるならこの人はギルドの関係者なんだろうか。

「分かりました」
「助かる」
「おい、今の時間なら誰もいないから、食堂使え」

 レーブンさんがいきなり投げた食堂の鍵を、ケビンさんはパシッと空中で軽く受け取った。

「ありがとな、レーブン」
「お前だから心配はしてねぇが、アキトは俺のお気に入りだ…分かってるな?ケビン」
「はいはい、話聞くだけだし絶対に手は出しません」

 わざわざ釘を刺してくれたレーブンさんに見送られて、俺は食堂へと入っていった。



「まあ座ってくれ」

 言われるがままに腰を下ろせば、ケビンさんも向かい側の椅子にどかっと座った。

「この魔道具は見たことはあるか?」

 ケビンさんが取り出した四角い石のような魔道具には、見覚えがあった。つい先日ゴーレムの情報を伝えに行った時に、メロウさんが使っていたものだ。

「防音結界の魔道具ですね」
「そうだ。使っても良いかな?」
「どうぞ」

 わざわざ俺に聞いてから発動してくれるなんて、荒っぽそうな見た目に反して紳士的な人なんだな。なんて本人に聞かれたら怒られそうな事をこっそりと思った。

「では改めて、君がリスリーロの花を納品したということで間違いはないか?」
「はい、俺が納品しました」
「そうか…君はあの花の情報を『背が高くて黒髪でヒゲのある、大剣を持った男』から聞いたと言ったそうだな?」

 誰からリスリーロの話を聞いたんだと問い詰められた時、俺はたしかにそう言った。情報収集をしていた黒髪で長身、ヒゲのある大剣を持った男に聞かれたんだと。ハルに言われるままに繰り返しただけだったけど、確かに口にした覚えがある。

「はい、言いました」

 素直に頷いた所で、不意に気づいてしまった。今俺の目の前にいるケビンさんって、この条件にヒゲ以外全部一致してるんじゃないか。ヒゲは剃れば無くなるだろうし。考え込んだ俺に、ケビンさんはふうと息を吐いた。

「君とは初対面の筈だな」
「……はい」
「別に責めたいわけじゃないんだ。君の納品したリスリーロの花は無事に増やすことにも成功して、今も人の役に立っているからな」
「ああ、良かった」

 ハルがどうしても届けたかったあのリスリーロの花は、ちゃんと役立てて貰えてるんだ。

「一体誰から俺のことを聞いたのか、それを教えてほしいんだ」

 きっとハルはこの人を知っていたし、この人もハルを知っている筈だ。

 ハルに聞いたのだと言っても、きっとすぐには信じてもらえない。それでも、ハルを知っている人にリスリーロを納品したのが誰か、知って欲しいと思った。

「あの…あれはハルが」

 俺がハルの名前を口にした瞬間、ケビンさんのまとう空気は一変した。怒り狂った大型の肉食獣でも現れたのかと思うほどの、凄まじい程の威圧感だった。

「ハル…だと?俺の前でよくそんな事が口に出来たな。心から君を軽蔑する」

 睨みつけてくる鋭い視線と吐き捨てるような口調に、俺は逆にホッと息を吐いた。

 この人は、ハルの名前を出すだけでこれほどまでに怒ってくれるんだ。ハルの事を大事に思っているからこそ、生まれる怒りだと思った。
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