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183.ゴーレムの情報提供

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 今日もギルドの受付には、メロウさんの姿があった。他の受付は結構並んでるのに、相変わらずメロウさんの前だけは列が控えめだ。

「ああ、メロウがいたか。メロウに言えば間違いなく調査が入るよ」

 忘れがちだけど、メロウさんはサブギルマスなんだもんな。報告相手にはぴったりだ。俺は小さく頷くと、メロウさんの前の列に並んで順番を待った。

「あ、アキトさん、お疲れ様です」
「メロウさんもお疲れ様です」

 相変わらずの癒し系の笑顔に、俺もめいっぱいの笑みを返す。

「今日はどんなご用でしょうか?」
「今日は常設依頼の、アコの果実を採ってきたので買取をお願いします」
「それではこちらにどうぞ」

 ギルドカードと一緒にアコの果実を取り出せば、メロウさんはすぐに査定に取り掛かってくれた。

「アキト。査定が終わったら、内密に伝えたい採取地の情報があるって言って、それからゴーレムの説明を」

 内密って言ってもここは受付だから後ろにも人が並んでるし、何なら隣の受付ブースにいる冒険者がちらちらとこっちを見てるんだけどね。内密は無理じゃないかなと思いながらも、ハルに言われた言葉を繰り返す。

「メロウさん、その、内密に伝えたい採取地の情報があるんですけど…」

 一瞬だけ目を見張ったメロウさんは、無言のまま四角い石のような魔道具をカウンター下から取り出した。

 見た事のない魔道具だなと見つめていれば、メロウさんはさっと石の上に手をかざした。

 パキンと軽い音がした瞬間、周りの音が一瞬にして何も聞こえなくなった。相変わらず賑わっている酒場の音も、隣のブースのギルド職員の説明も、待ちくたびれた冒険者たちの文句の声も全てだ。

「防音結界ですよ」

 よほどびっくりした顔をしていたのか、メロウさんは優しくそう教えてくれた。

「移動するのかと思ってました」
「この方が簡単ですから、それで情報とは?」

 真剣な顔のメロウさんは、じっと俺の目を見つめてきた。

「今日、俺はクロユの森に行ったんですが、そこでゴーレムに会いました」
「ゴーレム…クロユの森では種類が分からないですよね?」

 言葉を尽くして詳しく説明しなくても、すぐにそこまで理解してくれるんだ。察しが良くてすごく助かる。さすがメロウさんだ。

「はい。でも、魔法が消されたんです」
「魔法が…という事は上級のどちらかですね…アキトさん、よくご無事で」
「ありがとうございます」

 メロウさんはすぐに手元にあった分厚い本をめくりだした。パラパラと何ページかに目を通してから、俺の目をまっすぐに見て口を開く。

「今までにクロユの森でゴーレムが目撃された事はありませんから、移動してきたのかもしれませんね」

 豪雨の影響や、他の魔物の影響、さらには新しいダンジョンが生まれたなんて可能性も考えられるそうだ。

「急いで調査隊を派遣し、きっちり調べてもらいます」
「はい、お願いします」
「それにしても、上級のゴーレム相手によく逃げられましたね?」
「あーギリギリの所で縄張りから逃げられたのか、途中で追跡を止めてくれたので」

 あえて誤魔化すようにそう口にすれば、ハルが大きく頷いているのが視界の隅に見えた。やっぱり崖から落ちた事は言わない方が良いよね。

「どの辺りかお聞きしても?」

 ちらりと視線を向けると、ハルはこくりとすぐに頷いてくれた。これは伝えて良い情報なんだ。

「木の葉の寝台の辺りは、ギリギリ縄張り外みたいです」
「貴重な情報をありがとうございます。情報料は調査後になりますので、しばらくお待ちくださいね」
「え、情報料とかあるんですか?」
「ありますよ」
「ゴーレムに追いかけられる人が減るかと思って、伝えただけなんですけど…」

 素直にそう口にすれば、メロウさんは楽し気に笑ってくれた。



 ゴーレムについての書類が作られるのを待っている間に、時間はどんどん過ぎていった。正式な書類が出来たらギルマスのチェックが入って、更にそこに情報提供者がサインして、それでやっと調査隊が出せるんだって。

 メロウさんは長い間待たせることに申し訳なさそうだったけど、そういう決まりを守るのが大事な事は俺にも分かるから特に文句は無い。

「書類にサインまでいるとは俺も知らなかったよ」

 ハルは苦笑しながらも、俺が待ちくたびれないようにこまめに話しかけてくれた。人がたくさんいるから返事はできないんだけどね。それでもいつも通りに話してくれるハルの姿に、少しだけホッとした。



 黒鷹亭に帰り着いた頃にはすっかり夜も更けていた。レーブンさんに挨拶をしてから部屋に向かう俺の目は、油断すれば今にも閉じそうな状態だった。何だか今日は眠くて仕方がない。

 ハルと話したかったのに、脳みそが全く働いてない感じがする。

「今日はもう寝てしまったら良いんじゃない?」

 そんなハルの優しい声に甘えて、俺は温かいベッドに潜り込んだ。

「おやすみ、ハル」
「うん。おやすみ、アキト」

 柔らかいハルの声を聞きながら、俺は幸せな気分で意識を手放した。


 
 ハッと目が覚めた時には、太陽はもう真上に上がっていた。どうやら今日は思いっきり寝坊したみたいだ。

 そういえば昨日はあまりに眠気が限界だったから、何時頃に起こしてってハルに言わなかったな。色々あったからゆっくり寝させてくれたのかもしれない。

 ああ、そうだ。昨日話せなかった事を話さないと。ハルがしてくれてるのは大した事だよってちゃんと伝えるんだ。寝起きのぼんやりとした頭でそう考えながら、俺はゆっくりと体を起こした。

「ハル、おはよ」

 俺の挨拶の声だけが、しんと静まり返った部屋の中に響いた。

「え…」

 この世界に来てからずっと、朝起きてハルがいなかったことなんて一度もなかったのに。

「嘘だろ…?」


 その日、ハルは俺の前から姿を消した。
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