上 下
184 / 1,112

183.ゴーレムの情報提供

しおりを挟む
 今日もギルドの受付には、メロウさんの姿があった。他の受付は結構並んでるのに、相変わらずメロウさんの前だけは列が控えめだ。

「ああ、メロウがいたか。メロウに言えば間違いなく調査が入るよ」

 忘れがちだけど、メロウさんはサブギルマスなんだもんな。報告相手にはぴったりだ。俺は小さく頷くと、メロウさんの前の列に並んで順番を待った。

「あ、アキトさん、お疲れ様です」
「メロウさんもお疲れ様です」

 相変わらずの癒し系の笑顔に、俺もめいっぱいの笑みを返す。

「今日はどんなご用でしょうか?」
「今日は常設依頼の、アコの果実を採ってきたので買取をお願いします」
「それではこちらにどうぞ」

 ギルドカードと一緒にアコの果実を取り出せば、メロウさんはすぐに査定に取り掛かってくれた。

「アキト。査定が終わったら、内密に伝えたい採取地の情報があるって言って、それからゴーレムの説明を」

 内密って言ってもここは受付だから後ろにも人が並んでるし、何なら隣の受付ブースにいる冒険者がちらちらとこっちを見てるんだけどね。内密は無理じゃないかなと思いながらも、ハルに言われた言葉を繰り返す。

「メロウさん、その、内密に伝えたい採取地の情報があるんですけど…」

 一瞬だけ目を見張ったメロウさんは、無言のまま四角い石のような魔道具をカウンター下から取り出した。

 見た事のない魔道具だなと見つめていれば、メロウさんはさっと石の上に手をかざした。

 パキンと軽い音がした瞬間、周りの音が一瞬にして何も聞こえなくなった。相変わらず賑わっている酒場の音も、隣のブースのギルド職員の説明も、待ちくたびれた冒険者たちの文句の声も全てだ。

「防音結界ですよ」

 よほどびっくりした顔をしていたのか、メロウさんは優しくそう教えてくれた。

「移動するのかと思ってました」
「この方が簡単ですから、それで情報とは?」

 真剣な顔のメロウさんは、じっと俺の目を見つめてきた。

「今日、俺はクロユの森に行ったんですが、そこでゴーレムに会いました」
「ゴーレム…クロユの森では種類が分からないですよね?」

 言葉を尽くして詳しく説明しなくても、すぐにそこまで理解してくれるんだ。察しが良くてすごく助かる。さすがメロウさんだ。

「はい。でも、魔法が消されたんです」
「魔法が…という事は上級のどちらかですね…アキトさん、よくご無事で」
「ありがとうございます」

 メロウさんはすぐに手元にあった分厚い本をめくりだした。パラパラと何ページかに目を通してから、俺の目をまっすぐに見て口を開く。

「今までにクロユの森でゴーレムが目撃された事はありませんから、移動してきたのかもしれませんね」

 豪雨の影響や、他の魔物の影響、さらには新しいダンジョンが生まれたなんて可能性も考えられるそうだ。

「急いで調査隊を派遣し、きっちり調べてもらいます」
「はい、お願いします」
「それにしても、上級のゴーレム相手によく逃げられましたね?」
「あーギリギリの所で縄張りから逃げられたのか、途中で追跡を止めてくれたので」

 あえて誤魔化すようにそう口にすれば、ハルが大きく頷いているのが視界の隅に見えた。やっぱり崖から落ちた事は言わない方が良いよね。

「どの辺りかお聞きしても?」

 ちらりと視線を向けると、ハルはこくりとすぐに頷いてくれた。これは伝えて良い情報なんだ。

「木の葉の寝台の辺りは、ギリギリ縄張り外みたいです」
「貴重な情報をありがとうございます。情報料は調査後になりますので、しばらくお待ちくださいね」
「え、情報料とかあるんですか?」
「ありますよ」
「ゴーレムに追いかけられる人が減るかと思って、伝えただけなんですけど…」

 素直にそう口にすれば、メロウさんは楽し気に笑ってくれた。



 ゴーレムについての書類が作られるのを待っている間に、時間はどんどん過ぎていった。正式な書類が出来たらギルマスのチェックが入って、更にそこに情報提供者がサインして、それでやっと調査隊が出せるんだって。

 メロウさんは長い間待たせることに申し訳なさそうだったけど、そういう決まりを守るのが大事な事は俺にも分かるから特に文句は無い。

「書類にサインまでいるとは俺も知らなかったよ」

 ハルは苦笑しながらも、俺が待ちくたびれないようにこまめに話しかけてくれた。人がたくさんいるから返事はできないんだけどね。それでもいつも通りに話してくれるハルの姿に、少しだけホッとした。



 黒鷹亭に帰り着いた頃にはすっかり夜も更けていた。レーブンさんに挨拶をしてから部屋に向かう俺の目は、油断すれば今にも閉じそうな状態だった。何だか今日は眠くて仕方がない。

 ハルと話したかったのに、脳みそが全く働いてない感じがする。

「今日はもう寝てしまったら良いんじゃない?」

 そんなハルの優しい声に甘えて、俺は温かいベッドに潜り込んだ。

「おやすみ、ハル」
「うん。おやすみ、アキト」

 柔らかいハルの声を聞きながら、俺は幸せな気分で意識を手放した。


 
 ハッと目が覚めた時には、太陽はもう真上に上がっていた。どうやら今日は思いっきり寝坊したみたいだ。

 そういえば昨日はあまりに眠気が限界だったから、何時頃に起こしてってハルに言わなかったな。色々あったからゆっくり寝させてくれたのかもしれない。

 ああ、そうだ。昨日話せなかった事を話さないと。ハルがしてくれてるのは大した事だよってちゃんと伝えるんだ。寝起きのぼんやりとした頭でそう考えながら、俺はゆっくりと体を起こした。

「ハル、おはよ」

 俺の挨拶の声だけが、しんと静まり返った部屋の中に響いた。

「え…」

 この世界に来てからずっと、朝起きてハルがいなかったことなんて一度もなかったのに。

「嘘だろ…?」


 その日、ハルは俺の前から姿を消した。
しおりを挟む
感想 318

あなたにおすすめの小説

突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています

ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた 魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。 そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。 だがその騎士にも秘密があった―――。 その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目

カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

自己評価下の下のオレは、血筋がチートだった!?

トール
BL
一般家庭に生まれ、ごく普通の人生を歩んで16年。凡庸な容姿に特出した才もない平凡な少年ディークは、その容姿に負けない平凡な毎日を送っている。と思っていたのに、周りから見れば全然平凡じゃなかった!? 実はこの世界の創造主(神王)を母に持ち、騎士団の師団長(鬼神)を父に持つ尊い血筋!? 両親の素性を知らされていない世間知らずな少年が巻き起こすドタバタBLコメディー。 ※「異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ」の主人公の息子の話になります。 こちらを読んでいなくても楽しめるように作っておりますが、親の話に興味がある方はぜひズボラライフも読んでいただければ、より楽しめる作品です。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

処理中です...