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182.帰り道
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予想外の怪我のせいで突然着替えが必要になっても、この世界に限っては特に困る事はない。便利な魔道収納鞄があるから、俺もほとんどの荷物を持ち歩いてるしね。着替えもばっちり鞄の中に入っていた。
「着替え終わったよ」
パパッと着替えると、俺は律儀に背中を向けていたハルに声をかけた。
「うん、これで怪我をしたって分かるものは無くなったね」
「あ、気になったんだけど、破れた服って自分で縫って補修するもの?」
裁縫経験なんて家庭科の授業ぐらいしか無いから、あんな大きな穴を自然に塞ぐなんて高等技術はどう考えても無理そうだ。とは言っても、この服はバラーブ村で譲ってもらったお気に入りだし、捨てたくないんだよな。
「自分でやる人もいるけど、自信がなければ人にも頼めるよ」
「そうなの?頼めるなら頼みたいな」
それならとハルが教えてくれたのは、なんと冒険者ギルドに頼むというやり方だった。
冒険者はどうしても、依頼の最中に服を破いたりひっかけたりする事も多い。だからギルドが間に立って、裁縫の得意な人に頼んでくれるんだって。
「そんな事までやってくれるなんて、冒険者ギルドすごすぎない?」
「ああ、これは多分トライプールでしかやってないと思うぞ」
裁縫を頼めるような知り合いがいる冒険者なんて、ほんの一握りだ。裁縫が得意な人も、見知らぬ冒険者に声をかけて自分の腕を売り込む勇気なんて無い。たまたま両方からそんな声を聞いたトライプールのギルマスが、お試しで始めた取り組みらしい。
「そしたらすっかり人気になってね」
そりゃ人気にもなるよな。だってどっちも得をするシステムだもん。
「ギルドでメロウに聞いたら、くわしく教えてくれるから」
メロウさんに聞いてみれば良いのか。急ぐ必要は無いけど、補修はしてもらいたいからちゃんと覚えておこう。
「じゃあそろそろ採取に行こうか、ハル」
アコの果実はもう採取できてるけど、ハクブーラはまだ一つも発見できてない。つまり今日の目標はまだ半分しかクリアできてないんだよね。俺の言葉を聞いたハルは眉間にしわを寄せると、ふるふると首を振った。
「アキト、今日はもう帰ろう」
「え、ハクブーラは良いの?」
「さすがにアキトも疲れてるだろう?」
確かに色々あって疲れてはいるんだけど、見つけやすいって言ってたから今から頑張るつもりだった。
ハルはふうと息を吐くと、俺の目をじっと見つめながら口を開いた。
「今回は依頼を受けてるわけじゃないんだし、あんな事があったんだ。アキトに無理はしないで欲しい…な」
困った顔をしながら心配そうにそう言われたら、俺が抗えるわけが無いよね。
「分かった。無理せずにすぐに帰る!」
俺は元気よくそう宣言した。
トライプールに帰る事自体はすぐに決まったけど、問題は帰り道だった。クロユの森の中に入ったら、またゴーレムに追いかけられるかもしれない。想像しただけでもぞっとする。
「クロユの森には出来るだけ近づかないように、大きく迂回して帰りたいんだ」
「うん、それは賛成なんだけど。ここもクロユの森だよね?」
「ああ、まだクロユの森ではあるけど…」
「けど?」
含みのある言い方に俺は軽く首を傾げた。ふわりと笑ったハルは、近くに咲いている花をそっと指差す。花がどうしたんだろう。淡い黄色の綺麗な花だけどと考えて、俺はハッと顔を上げた。
「え、淡い黄色?」
「ここはもうクロユの森の出口に近いって証拠だよ」
なんでも俺たちが今いるこの場所は、クロユの森の西側の端っこに位置しているらしい。もう少し進めばクロユの森を出られる位置なんだって。そう言われて意識して周りを見てみれば、確かに木も草も花もうっすらと色がついているみたいだ。
「うわーなんで気づかなかったんだろう」
見上げた空までうっすらと青みがかってるのに。目がモノクロに慣れ過ぎてたからかな。
「すこしずつ変化するからね。知らなければもう少し色がつくまで気づけないよ」
ハルはそう言って俺を慰めてくれた。
森に入った時はどんどん色が薄くなっていったけど、出ていく時は逆にどんどん色が濃くなっていくらしい。モノクロからカラーに変化していくのをのんびりと眺めるのは楽しそうだな。
「更に西に抜けてクロユの森から完全に抜けてから、北側に向かおうか」
それなら気づかないうちにゴーレムの縄張りに入る事もないだろうと、ハルは真剣な顔でそう提案してくれた。
「ハルにまかせるよ。案内お願いします」
「うん、まかせて」
帰り道は何事も無く順調だった。
移動するにつれて、色がどんどん濃くなって行くのはかなり楽しかった。モノクロからカラーにじわじわと変化していくのが面白くて、あちこち見すぎたせいでハルに足元に気を付けてって何度か注意までされてしまった。心配かけてごめんなさい。
ハルはいつも以上に気配探知に全力を注いでくれていて、少しでも魔物の気配があれば道を変える程の徹底っぷりだった。
そんな慎重なハルのおかげで、何の問題も無く領都に続く街道まで俺たちは辿り着いた。
「南門が見えてきたよ」
ハルの声に目線を上げれば、確かに領都トライプールの大門が遠くに見えていた。
「無事に帰ってこられたね」
「うん。ハルのおかげだね」
感謝の気持ちを込めてこっそりとそう伝えた俺に、ハルは苦笑いを浮かべた。
「いや、俺は大したことは出来なかったから」
自嘲気味に告げられた予想外の言葉に驚きすぎて、咄嗟に声が出なかった。
大したことはしてないって何だよ。帰り道の安全なルートを考えてくれたのもハルだし、魔物の気配を探知しながら道を決めてくれたのもハルじゃないか。
反射的にそんな事は無いと言い返そうとした時、後ろから冒険者や旅人の一団が近づいてきた。大門が近づいてきたせいか、どんどん街道に人が増えているみたいだ。さすがにこんなに人がいるなかで、ハルに話しかける度胸は無い。
「ごめん、変な事言ったね」
ハルはさらりと謝ると、苦笑しながら続けた。
「今日は色々あったから不甲斐なかったなって思っただけなんだ」
不甲斐ないなんて思った事は、たったの一度だって無い。もしかして採取地にクロユの森を選んだ事を、気にしてたりするんだろうか。ハルは何も悪く無いのに、そんな風に言われるのはつらい。
黒鷹亭の部屋に着いたら、絶対にそんな事無いって言うぞ。俺はそう決意を固めながら、トライプールの大門を通り抜けた。
今日も衛兵さんに声をかけられる事はなかった。無事に大門を通過できた俺は、いそいそと黒鷹亭への道に足を向けた。部屋に帰ったらどう話をしようか。考えを巡らせながら歩き出そうとしたら、ハルに止められてしまった。
「アキト、疲れてるとは思うけどギルドに行こう」
常設依頼なのに今から行くの?と俺の顔に出ていたのか、ハルはすぐに説明してくれた。
「ゴーレムの件は早めに報告しておかないと」
ああ、そうか。ゴーレムがいるなんて情報は、聞いた事が無いって言ってたもんな。いくら人気が無い場所とは言っても、早く報告しないと被害者が増えるかもしれない。
俺はすぐに冒険者ギルドへの道に向かって歩き出した。
「着替え終わったよ」
パパッと着替えると、俺は律儀に背中を向けていたハルに声をかけた。
「うん、これで怪我をしたって分かるものは無くなったね」
「あ、気になったんだけど、破れた服って自分で縫って補修するもの?」
裁縫経験なんて家庭科の授業ぐらいしか無いから、あんな大きな穴を自然に塞ぐなんて高等技術はどう考えても無理そうだ。とは言っても、この服はバラーブ村で譲ってもらったお気に入りだし、捨てたくないんだよな。
「自分でやる人もいるけど、自信がなければ人にも頼めるよ」
「そうなの?頼めるなら頼みたいな」
それならとハルが教えてくれたのは、なんと冒険者ギルドに頼むというやり方だった。
冒険者はどうしても、依頼の最中に服を破いたりひっかけたりする事も多い。だからギルドが間に立って、裁縫の得意な人に頼んでくれるんだって。
「そんな事までやってくれるなんて、冒険者ギルドすごすぎない?」
「ああ、これは多分トライプールでしかやってないと思うぞ」
裁縫を頼めるような知り合いがいる冒険者なんて、ほんの一握りだ。裁縫が得意な人も、見知らぬ冒険者に声をかけて自分の腕を売り込む勇気なんて無い。たまたま両方からそんな声を聞いたトライプールのギルマスが、お試しで始めた取り組みらしい。
「そしたらすっかり人気になってね」
そりゃ人気にもなるよな。だってどっちも得をするシステムだもん。
「ギルドでメロウに聞いたら、くわしく教えてくれるから」
メロウさんに聞いてみれば良いのか。急ぐ必要は無いけど、補修はしてもらいたいからちゃんと覚えておこう。
「じゃあそろそろ採取に行こうか、ハル」
アコの果実はもう採取できてるけど、ハクブーラはまだ一つも発見できてない。つまり今日の目標はまだ半分しかクリアできてないんだよね。俺の言葉を聞いたハルは眉間にしわを寄せると、ふるふると首を振った。
「アキト、今日はもう帰ろう」
「え、ハクブーラは良いの?」
「さすがにアキトも疲れてるだろう?」
確かに色々あって疲れてはいるんだけど、見つけやすいって言ってたから今から頑張るつもりだった。
ハルはふうと息を吐くと、俺の目をじっと見つめながら口を開いた。
「今回は依頼を受けてるわけじゃないんだし、あんな事があったんだ。アキトに無理はしないで欲しい…な」
困った顔をしながら心配そうにそう言われたら、俺が抗えるわけが無いよね。
「分かった。無理せずにすぐに帰る!」
俺は元気よくそう宣言した。
トライプールに帰る事自体はすぐに決まったけど、問題は帰り道だった。クロユの森の中に入ったら、またゴーレムに追いかけられるかもしれない。想像しただけでもぞっとする。
「クロユの森には出来るだけ近づかないように、大きく迂回して帰りたいんだ」
「うん、それは賛成なんだけど。ここもクロユの森だよね?」
「ああ、まだクロユの森ではあるけど…」
「けど?」
含みのある言い方に俺は軽く首を傾げた。ふわりと笑ったハルは、近くに咲いている花をそっと指差す。花がどうしたんだろう。淡い黄色の綺麗な花だけどと考えて、俺はハッと顔を上げた。
「え、淡い黄色?」
「ここはもうクロユの森の出口に近いって証拠だよ」
なんでも俺たちが今いるこの場所は、クロユの森の西側の端っこに位置しているらしい。もう少し進めばクロユの森を出られる位置なんだって。そう言われて意識して周りを見てみれば、確かに木も草も花もうっすらと色がついているみたいだ。
「うわーなんで気づかなかったんだろう」
見上げた空までうっすらと青みがかってるのに。目がモノクロに慣れ過ぎてたからかな。
「すこしずつ変化するからね。知らなければもう少し色がつくまで気づけないよ」
ハルはそう言って俺を慰めてくれた。
森に入った時はどんどん色が薄くなっていったけど、出ていく時は逆にどんどん色が濃くなっていくらしい。モノクロからカラーに変化していくのをのんびりと眺めるのは楽しそうだな。
「更に西に抜けてクロユの森から完全に抜けてから、北側に向かおうか」
それなら気づかないうちにゴーレムの縄張りに入る事もないだろうと、ハルは真剣な顔でそう提案してくれた。
「ハルにまかせるよ。案内お願いします」
「うん、まかせて」
帰り道は何事も無く順調だった。
移動するにつれて、色がどんどん濃くなって行くのはかなり楽しかった。モノクロからカラーにじわじわと変化していくのが面白くて、あちこち見すぎたせいでハルに足元に気を付けてって何度か注意までされてしまった。心配かけてごめんなさい。
ハルはいつも以上に気配探知に全力を注いでくれていて、少しでも魔物の気配があれば道を変える程の徹底っぷりだった。
そんな慎重なハルのおかげで、何の問題も無く領都に続く街道まで俺たちは辿り着いた。
「南門が見えてきたよ」
ハルの声に目線を上げれば、確かに領都トライプールの大門が遠くに見えていた。
「無事に帰ってこられたね」
「うん。ハルのおかげだね」
感謝の気持ちを込めてこっそりとそう伝えた俺に、ハルは苦笑いを浮かべた。
「いや、俺は大したことは出来なかったから」
自嘲気味に告げられた予想外の言葉に驚きすぎて、咄嗟に声が出なかった。
大したことはしてないって何だよ。帰り道の安全なルートを考えてくれたのもハルだし、魔物の気配を探知しながら道を決めてくれたのもハルじゃないか。
反射的にそんな事は無いと言い返そうとした時、後ろから冒険者や旅人の一団が近づいてきた。大門が近づいてきたせいか、どんどん街道に人が増えているみたいだ。さすがにこんなに人がいるなかで、ハルに話しかける度胸は無い。
「ごめん、変な事言ったね」
ハルはさらりと謝ると、苦笑しながら続けた。
「今日は色々あったから不甲斐なかったなって思っただけなんだ」
不甲斐ないなんて思った事は、たったの一度だって無い。もしかして採取地にクロユの森を選んだ事を、気にしてたりするんだろうか。ハルは何も悪く無いのに、そんな風に言われるのはつらい。
黒鷹亭の部屋に着いたら、絶対にそんな事無いって言うぞ。俺はそう決意を固めながら、トライプールの大門を通り抜けた。
今日も衛兵さんに声をかけられる事はなかった。無事に大門を通過できた俺は、いそいそと黒鷹亭への道に足を向けた。部屋に帰ったらどう話をしようか。考えを巡らせながら歩き出そうとしたら、ハルに止められてしまった。
「アキト、疲れてるとは思うけどギルドに行こう」
常設依頼なのに今から行くの?と俺の顔に出ていたのか、ハルはすぐに説明してくれた。
「ゴーレムの件は早めに報告しておかないと」
ああ、そうか。ゴーレムがいるなんて情報は、聞いた事が無いって言ってたもんな。いくら人気が無い場所とは言っても、早く報告しないと被害者が増えるかもしれない。
俺はすぐに冒険者ギルドへの道に向かって歩き出した。
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