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180.【ハル視点】不穏
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幸せそうに丸パンを食べ終えたアキトは、食事を終えるなり口を開いた。
「ハル、食べ終わったし、次の素材の採取に行こっか?」
「もう少しぐらいゆっくりしてて良いんだよ、依頼も無いし急いでないから」
クロユの森に来てからのアキトの集中具合はすごかった。本人に自覚は無くても疲れているだろうから、どちらかと言うと休憩して欲しい。
そんな気持ちで声をかければ、アキトはあっさりと提案を受け入れてくれた。今は切り株に腰を下ろしたまま、近づいてきたリネと言う小鳥を楽し気に見つめている。
リネがピィピィと鳴けば耳を澄まし、ピョンピョンと小さく跳ねるように枝の上を移動する姿を見ては笑みを浮かべる。
「あれはリネっていう小鳥だね」
色んな所に生息している小鳥だから、この世界では特に珍しいものでも無い。
「リネ?」
「そう、リネ。ちなみに淡い黄色の鳥だよ」
ギルドの図鑑には素材になる植物や魔物しか載っていないから、どうやらリネの名前も知らなかったようだ。アキトが淡い黄色と言いながら見つめていると、リネはふわりと飛んでいってしまった。
「ねえ、ハル。この森って冒険者が少ないっていうか…全くいないよね」
アキトはじっと俺を見上げて、そう質問してきた。やっぱり人がいなさすぎる事に気づいていたか。
「ああ、ここは冒険者にはあまり人気が無いんだ。採取難易度がかなり高くなるからね」
「あー確かに難しいもんね、採取」
アキトは俺もかなり苦戦したもんなと納得してくれた。
「ここに来るのは、素材の目利きによっぽど自信がある奴ぐらいかな」
「俺は何も知らずに、そんな森に連れてこられてたのか…」
「アキトなら、ここでの経験も成長に繋げられると思ってね」
勉強熱心なアキトなら、ここでの経験は絶対に無駄にならないと思った。だからこそこの場所を選んだんだけど、もしかして気に入らなかっただろうか。
「アキトはこの森は嫌い?」
「いや、嫌いじゃないよ」
「採取の難易度はだいぶ上がるのに?」
本当に嫌いじゃないのかと直球で聞いてみれば、アキトはふわりと柔らかく笑って答えてくれた。
「確かに難しかったけど、途中からはクイズ感覚で楽しんでたからなぁ」
聞きなれないくいずという言葉は、やはり異世界の言葉らしい。丁寧に言葉の意味を説明してくれたけど、いまいち理解はできなかった。楽しむための試験と言うのがまず意味が分からない。
「ごめん。よく分からないけど、アキトは楽しかったんだね?」
俺にとって大事なのはその部分だけだ。
「うん!楽しかったよ!」
「俺もクロユの森は好きな場所だから、アキトが気に入ってくれて嬉しいよ」
色んな話をしながら、俺たちはゆっくりと休憩を楽しんだ。
「じゃあ、次は薬草を探しに行こうか」
「うん、次はどんな薬草?」
そろそろ休憩も終わりにしようと声をかけると、アキトはさっと立ち上がった。
「次に探すのはハクブーラっていう白い薬草だよ。白だから楽に見つけられる筈」
「白い薬草か」
アコの果実は見つけにくい素材だから、もう一つは簡単な素材を選んだ。生えている場所が滅多にないため上級素材に設定されているが、毒も無いし見分けやすいのが特徴だ。
「心当りがあるからついてきて」
先導して歩きだせば、アキトはすぐについてきてくれた。俺たちはクロユの森の中でも奥まった場所へ向かって歩き出した。
「ハクブーラって中級素材?」
「いや、上級素材だ」
「へー上級素材なのか」
「腹痛に効く薬草なんだけどね、前に来た時はこの先に群生…」
アキトに群生地を教えるべく説明をしていた俺は、不意に近づいてくる魔物の気配に気づくと言葉を止めた。
「アキト、そこで止まって」
前からくる気配を集中して探りながら、囁くような声でそう指示を出す。まっすぐに俺たちの方へ向かってくるという事は、これだけ距離があるのに既に見つけられているという事か。
「魔物だ。何かが近づいてきてる」
「隠れた方が良い?」
「いや、もう見つかってるみたいだから隠れても無駄だろうね…」
小さく頷いてから、アキトは魔物に身構えた。
俺の気配探知は名前まではっきり分かる場合もあれば、ざっくりとした種族名ぐらいしか分からない事もある。近づいてきている魔物は後者だった。おそらく魔法生物だろうぐらいしか分からないが、魔法生物なんてこの辺りにはいない筈なんだが。
木の枝がバキバキと折れる不吉な音が、遠くから聞こえてくる。どんどん近づいてくるその音に、アキトはそっと魔力を練り始めた。指示を出さなくてもきっちり用意ができるあたりに、アキトの成長を感じる。
警戒する俺たちの視界に入ってきたのは、ごつごつとした質感の大きな人型の魔物だった。あれはまさか。
「ゴーレム!?」
俺の叫び声を聞いたアキトは、ぽつりと呟いた。
「これがゴーレムか…」
図鑑をきっちり読み込むアキトなら、中級に載っているロックゴーレムとブロンズゴーレムは知っているだろう。確か中級にもシルバーゴーレムとゴールドゴーレムについては記載されていた筈だ。
「アキト、ゴーレムの説明は必要?」
知っているとは思うけれど、決めつけるのは危険だ。あえて質問した俺に、アキトはすぐに答えてくれた。
「軽くなら知ってるから必要無いよ。素材によって強さが変わるんだよね?」
「そうなんだが、よりによってここで会うなんて…」
思わずそんな言葉がこぼれてしまった。ここがクロユの森でさえなければ、今の時点でどのゴーレムかは分かるのに。
「色が分からなければ、どのゴーレムかも分からないよね」
「ああ、さすがに見分けはつかないな」
こそこそと話し合っている間も、ゴーレムの視線は一瞬もアキトから外れなかった。
一気に距離を詰めようとしたのか、ゴーレムは突如としてアキトに向かって駆け出した。体が重いからか決して速いわけでは無いが、どんどん近づいてくる大きな体には威圧感がある。
かなり緊迫した場面だったが、アキトは動揺せず顔の辺りを狙って土魔法を放った。先制攻撃で視野を奪うのは良い策だ。アキトが放ったつぶては、まっすぐにゴーレムの顔めがけて飛んで行った。
パシュッ。
「え…?」
アキトの呆然とした声を聞きながら、俺は絶望を感じていた。
今の魔法の消え方は、明らかに普通じゃなかった。魔法そのものを消し去るため魔法が通じないのは、シルバー以上のゴーレムだけだ。つまりこいつは上位のゴーレムという事になる。
「魔法が…通じない?」
「魔法が通じないなら、あれはシルバーかゴールドのゴーレムだ」
アキト一人でこいつを倒すのは、おそらく無理だろう。どうすれば良いのか必死で考えていると、立ち止まっていたゴーレムが動きだした。
「アキト!」
じろりと睨みつけながら、ゴーレムはズシンズシンと一歩ずつ近づいてくる。恐怖心からか動こうとしないアキトに、焦れた俺は大きな声で叫んだ。
「アキト、逃げろ!!」
ハッと我に返ったアキトは、くるりとゴーレムに背中を向けると全力で走り出した。大木の根を軽々と飛び越えて、更に速度を上げていく。
森での移動に慣れていない頃なら、きっとここまでの速度は出せなかっただろう。危なげなく駆けていくアキトと並走しながら、俺はちらりと後ろを見た。距離はまだかなり開いている。
「まだ遠いから安心して走って!」
そうアキトに声をかけた時、伸びた枝が顔に当たったゴーレムが、苛立ったように手を振り回しているのが見えた。
「距離は十分にあるよ!その先、左の細い獣道に入って!」
今までアキトが走っていたのは、クロユの森の中でも一番大きな道だ。こっちの獣道なら狭い上に、伸びた植物もきっと多いだろう。ろくな説明も出来なかったけれど、アキトは一瞬の迷いもなく方向を変えて細い獣道へと飛び込んだ。
「そのまま、まっすぐ!」
足元も更に悪くなってしまったが、アキトは石やくぼみを軽く飛び越えて走り続けている。こんな速度で森の中を走れるようになったんだなと考えていると、後ろからバキバキと枝の折れる音が聞こえ出した。
「この道なら木や枝が障害物になるから、ゴーレムの速度は落ちる筈だよ」
さっき以上に障害物が増えたせいで、ゴーレムはぶんぶんと無駄に手を振り回している。速度はじわじわと落ちているから、この道を選んだのは正解だった。このままゴーレムの縄張りから逃げる事が出来れば、アキトの勝ちだ。
そう思ってちらりと並走しているアキトを見てみれば、少しずつ息が上がってきている。このまま走り続けるのは危険だ。
「アキト、休憩しよう!そこの木に登って!」
声をかけられたアキトは、驚いた顔で一瞬だけ俺を見つめてきた。
「距離も十分にあるから、アキトなら登れるよ!」
俺が指差した木に飛びつくと、アキトは勢いよくその木を登り始めた。全力疾走の直後という最悪の状況でも、アキトの木登りの腕は一流だった。全身の力をふり絞って、アキトは一気に上の方の枝まで登りきった。
「アキト、お疲れ様。怪我は無い?」
隣の枝にふわりと降り立ってから声をかければ、ハァハァと弾んだ息を整えながらアキトは答えてくれた。
「大きい…のは無い…っ…よ…大丈…夫」
「良かった」
森の中を走り抜けたんだから、細かい傷があるのは仕方が無い。ゴーレムから逃げきれたら、鞄の中にある下級の魔法薬を使えば良い。
アキトは深い呼吸を繰り返しながら、ゆっくりと息を整えていく。落ち着いた様子にホッとしながら、俺はゴーレムの気配を探った。思ったよりも近くまで来ていたゴーレムは、うろうろと辺りを彷徨いながらアキトを探しているようだ。まだゴーレムの縄張りからは出れていなかったか。
「アキト、あそこ見て」
茂った葉の隙間をそっと指差せば、アキトは恐る恐る下を覗き込んだ。ゴーレムの姿を見て、ぐっと手に力が入ったのが分かる。
「声は出さないでね」
念のためにとそう注意を促せば、アキトは小さく頷いてから息をひそめた。今俺たちが登っている木は、茂り過ぎた葉のせいで枝の辺りは全く見えない状態だ。あえてそういう木を選んだから、ゴーレムの視界に入って気づかれる事は無い筈だ。
少しでも安心できるようにとそう伝えれば、アキトはまた無言のままで頷いてくれた。
ゴーレムが俺たちのいる木に背を向けて歩き出した時には、ついに逃げ切れたかと思った。思わず俺が安堵の息を吐いた瞬間、ゴーレムは俺たちのいる隣の木をめがけて全力で走り出した。肩からぶつかった強烈なその一撃で、隣にあった木はバキバキと音を立てながら根本から倒れて行く。
気配ぐらいは察知できるのか、この辺りにいる事は既にバレていたようだ。ここからどう逃げるべきか必死で考えてみたけれど、良い案が浮かぶ前に時間切れになってしまった。
よりによってゴーレムが次に狙った木が、俺たちの登っている木だったからだ。
どかんと衝撃が走り、根本からぴしぴしと音がした。ぐらりと傾いでいく木に、アキトは全身の力でしがみついている。
「アキトっ!」
もうすぐ地面に木がぶつかるというその瞬間、アキトはパッと手を離すと地面に転がって落下の勢いを上手く殺してみせた。咄嗟の判断でそんな行動ができる人がどれほどいるだろう。俺はその機転に感心しながら、すぐに駆け出したアキトの後を追った。
まだ状況の理解ができていないのか、ゴーレムもすぐには追いかけてこれないようだ。後方を確認した俺が前を向いた時、アキトの声が聞こえた。
「は…?」
驚きすぎたせいか感情のこもらないその声に、俺は一気に距離を詰めた。
「…ッ!アキトッ!」
咄嗟に手を伸ばしたけれど、実体が無い俺の手をアキトが取れる筈が無い。アキトはそのまま崖下へと転がり落ちていく。慌てて下を覗き込んでみれば、そこは切り立った崖では無く、かなり急ではあるものの傾斜になっているようだった。
そこまで確認した所で、俺は背後から近づいてくる気配にバッと振り返った。ゴーレムは崖の手前の所まで来ると、急に興味を失くしたようにくるりと方向を変えて森の中へと帰って行った。
ちょうどここが、ゴーレムの縄張りの切れ目だったのか。
ゴーレムにこれ以上追われる心配は無さそうだ。俺はすぐに崖下へと飛び降りた。
「ハル、食べ終わったし、次の素材の採取に行こっか?」
「もう少しぐらいゆっくりしてて良いんだよ、依頼も無いし急いでないから」
クロユの森に来てからのアキトの集中具合はすごかった。本人に自覚は無くても疲れているだろうから、どちらかと言うと休憩して欲しい。
そんな気持ちで声をかければ、アキトはあっさりと提案を受け入れてくれた。今は切り株に腰を下ろしたまま、近づいてきたリネと言う小鳥を楽し気に見つめている。
リネがピィピィと鳴けば耳を澄まし、ピョンピョンと小さく跳ねるように枝の上を移動する姿を見ては笑みを浮かべる。
「あれはリネっていう小鳥だね」
色んな所に生息している小鳥だから、この世界では特に珍しいものでも無い。
「リネ?」
「そう、リネ。ちなみに淡い黄色の鳥だよ」
ギルドの図鑑には素材になる植物や魔物しか載っていないから、どうやらリネの名前も知らなかったようだ。アキトが淡い黄色と言いながら見つめていると、リネはふわりと飛んでいってしまった。
「ねえ、ハル。この森って冒険者が少ないっていうか…全くいないよね」
アキトはじっと俺を見上げて、そう質問してきた。やっぱり人がいなさすぎる事に気づいていたか。
「ああ、ここは冒険者にはあまり人気が無いんだ。採取難易度がかなり高くなるからね」
「あー確かに難しいもんね、採取」
アキトは俺もかなり苦戦したもんなと納得してくれた。
「ここに来るのは、素材の目利きによっぽど自信がある奴ぐらいかな」
「俺は何も知らずに、そんな森に連れてこられてたのか…」
「アキトなら、ここでの経験も成長に繋げられると思ってね」
勉強熱心なアキトなら、ここでの経験は絶対に無駄にならないと思った。だからこそこの場所を選んだんだけど、もしかして気に入らなかっただろうか。
「アキトはこの森は嫌い?」
「いや、嫌いじゃないよ」
「採取の難易度はだいぶ上がるのに?」
本当に嫌いじゃないのかと直球で聞いてみれば、アキトはふわりと柔らかく笑って答えてくれた。
「確かに難しかったけど、途中からはクイズ感覚で楽しんでたからなぁ」
聞きなれないくいずという言葉は、やはり異世界の言葉らしい。丁寧に言葉の意味を説明してくれたけど、いまいち理解はできなかった。楽しむための試験と言うのがまず意味が分からない。
「ごめん。よく分からないけど、アキトは楽しかったんだね?」
俺にとって大事なのはその部分だけだ。
「うん!楽しかったよ!」
「俺もクロユの森は好きな場所だから、アキトが気に入ってくれて嬉しいよ」
色んな話をしながら、俺たちはゆっくりと休憩を楽しんだ。
「じゃあ、次は薬草を探しに行こうか」
「うん、次はどんな薬草?」
そろそろ休憩も終わりにしようと声をかけると、アキトはさっと立ち上がった。
「次に探すのはハクブーラっていう白い薬草だよ。白だから楽に見つけられる筈」
「白い薬草か」
アコの果実は見つけにくい素材だから、もう一つは簡単な素材を選んだ。生えている場所が滅多にないため上級素材に設定されているが、毒も無いし見分けやすいのが特徴だ。
「心当りがあるからついてきて」
先導して歩きだせば、アキトはすぐについてきてくれた。俺たちはクロユの森の中でも奥まった場所へ向かって歩き出した。
「ハクブーラって中級素材?」
「いや、上級素材だ」
「へー上級素材なのか」
「腹痛に効く薬草なんだけどね、前に来た時はこの先に群生…」
アキトに群生地を教えるべく説明をしていた俺は、不意に近づいてくる魔物の気配に気づくと言葉を止めた。
「アキト、そこで止まって」
前からくる気配を集中して探りながら、囁くような声でそう指示を出す。まっすぐに俺たちの方へ向かってくるという事は、これだけ距離があるのに既に見つけられているという事か。
「魔物だ。何かが近づいてきてる」
「隠れた方が良い?」
「いや、もう見つかってるみたいだから隠れても無駄だろうね…」
小さく頷いてから、アキトは魔物に身構えた。
俺の気配探知は名前まではっきり分かる場合もあれば、ざっくりとした種族名ぐらいしか分からない事もある。近づいてきている魔物は後者だった。おそらく魔法生物だろうぐらいしか分からないが、魔法生物なんてこの辺りにはいない筈なんだが。
木の枝がバキバキと折れる不吉な音が、遠くから聞こえてくる。どんどん近づいてくるその音に、アキトはそっと魔力を練り始めた。指示を出さなくてもきっちり用意ができるあたりに、アキトの成長を感じる。
警戒する俺たちの視界に入ってきたのは、ごつごつとした質感の大きな人型の魔物だった。あれはまさか。
「ゴーレム!?」
俺の叫び声を聞いたアキトは、ぽつりと呟いた。
「これがゴーレムか…」
図鑑をきっちり読み込むアキトなら、中級に載っているロックゴーレムとブロンズゴーレムは知っているだろう。確か中級にもシルバーゴーレムとゴールドゴーレムについては記載されていた筈だ。
「アキト、ゴーレムの説明は必要?」
知っているとは思うけれど、決めつけるのは危険だ。あえて質問した俺に、アキトはすぐに答えてくれた。
「軽くなら知ってるから必要無いよ。素材によって強さが変わるんだよね?」
「そうなんだが、よりによってここで会うなんて…」
思わずそんな言葉がこぼれてしまった。ここがクロユの森でさえなければ、今の時点でどのゴーレムかは分かるのに。
「色が分からなければ、どのゴーレムかも分からないよね」
「ああ、さすがに見分けはつかないな」
こそこそと話し合っている間も、ゴーレムの視線は一瞬もアキトから外れなかった。
一気に距離を詰めようとしたのか、ゴーレムは突如としてアキトに向かって駆け出した。体が重いからか決して速いわけでは無いが、どんどん近づいてくる大きな体には威圧感がある。
かなり緊迫した場面だったが、アキトは動揺せず顔の辺りを狙って土魔法を放った。先制攻撃で視野を奪うのは良い策だ。アキトが放ったつぶては、まっすぐにゴーレムの顔めがけて飛んで行った。
パシュッ。
「え…?」
アキトの呆然とした声を聞きながら、俺は絶望を感じていた。
今の魔法の消え方は、明らかに普通じゃなかった。魔法そのものを消し去るため魔法が通じないのは、シルバー以上のゴーレムだけだ。つまりこいつは上位のゴーレムという事になる。
「魔法が…通じない?」
「魔法が通じないなら、あれはシルバーかゴールドのゴーレムだ」
アキト一人でこいつを倒すのは、おそらく無理だろう。どうすれば良いのか必死で考えていると、立ち止まっていたゴーレムが動きだした。
「アキト!」
じろりと睨みつけながら、ゴーレムはズシンズシンと一歩ずつ近づいてくる。恐怖心からか動こうとしないアキトに、焦れた俺は大きな声で叫んだ。
「アキト、逃げろ!!」
ハッと我に返ったアキトは、くるりとゴーレムに背中を向けると全力で走り出した。大木の根を軽々と飛び越えて、更に速度を上げていく。
森での移動に慣れていない頃なら、きっとここまでの速度は出せなかっただろう。危なげなく駆けていくアキトと並走しながら、俺はちらりと後ろを見た。距離はまだかなり開いている。
「まだ遠いから安心して走って!」
そうアキトに声をかけた時、伸びた枝が顔に当たったゴーレムが、苛立ったように手を振り回しているのが見えた。
「距離は十分にあるよ!その先、左の細い獣道に入って!」
今までアキトが走っていたのは、クロユの森の中でも一番大きな道だ。こっちの獣道なら狭い上に、伸びた植物もきっと多いだろう。ろくな説明も出来なかったけれど、アキトは一瞬の迷いもなく方向を変えて細い獣道へと飛び込んだ。
「そのまま、まっすぐ!」
足元も更に悪くなってしまったが、アキトは石やくぼみを軽く飛び越えて走り続けている。こんな速度で森の中を走れるようになったんだなと考えていると、後ろからバキバキと枝の折れる音が聞こえ出した。
「この道なら木や枝が障害物になるから、ゴーレムの速度は落ちる筈だよ」
さっき以上に障害物が増えたせいで、ゴーレムはぶんぶんと無駄に手を振り回している。速度はじわじわと落ちているから、この道を選んだのは正解だった。このままゴーレムの縄張りから逃げる事が出来れば、アキトの勝ちだ。
そう思ってちらりと並走しているアキトを見てみれば、少しずつ息が上がってきている。このまま走り続けるのは危険だ。
「アキト、休憩しよう!そこの木に登って!」
声をかけられたアキトは、驚いた顔で一瞬だけ俺を見つめてきた。
「距離も十分にあるから、アキトなら登れるよ!」
俺が指差した木に飛びつくと、アキトは勢いよくその木を登り始めた。全力疾走の直後という最悪の状況でも、アキトの木登りの腕は一流だった。全身の力をふり絞って、アキトは一気に上の方の枝まで登りきった。
「アキト、お疲れ様。怪我は無い?」
隣の枝にふわりと降り立ってから声をかければ、ハァハァと弾んだ息を整えながらアキトは答えてくれた。
「大きい…のは無い…っ…よ…大丈…夫」
「良かった」
森の中を走り抜けたんだから、細かい傷があるのは仕方が無い。ゴーレムから逃げきれたら、鞄の中にある下級の魔法薬を使えば良い。
アキトは深い呼吸を繰り返しながら、ゆっくりと息を整えていく。落ち着いた様子にホッとしながら、俺はゴーレムの気配を探った。思ったよりも近くまで来ていたゴーレムは、うろうろと辺りを彷徨いながらアキトを探しているようだ。まだゴーレムの縄張りからは出れていなかったか。
「アキト、あそこ見て」
茂った葉の隙間をそっと指差せば、アキトは恐る恐る下を覗き込んだ。ゴーレムの姿を見て、ぐっと手に力が入ったのが分かる。
「声は出さないでね」
念のためにとそう注意を促せば、アキトは小さく頷いてから息をひそめた。今俺たちが登っている木は、茂り過ぎた葉のせいで枝の辺りは全く見えない状態だ。あえてそういう木を選んだから、ゴーレムの視界に入って気づかれる事は無い筈だ。
少しでも安心できるようにとそう伝えれば、アキトはまた無言のままで頷いてくれた。
ゴーレムが俺たちのいる木に背を向けて歩き出した時には、ついに逃げ切れたかと思った。思わず俺が安堵の息を吐いた瞬間、ゴーレムは俺たちのいる隣の木をめがけて全力で走り出した。肩からぶつかった強烈なその一撃で、隣にあった木はバキバキと音を立てながら根本から倒れて行く。
気配ぐらいは察知できるのか、この辺りにいる事は既にバレていたようだ。ここからどう逃げるべきか必死で考えてみたけれど、良い案が浮かぶ前に時間切れになってしまった。
よりによってゴーレムが次に狙った木が、俺たちの登っている木だったからだ。
どかんと衝撃が走り、根本からぴしぴしと音がした。ぐらりと傾いでいく木に、アキトは全身の力でしがみついている。
「アキトっ!」
もうすぐ地面に木がぶつかるというその瞬間、アキトはパッと手を離すと地面に転がって落下の勢いを上手く殺してみせた。咄嗟の判断でそんな行動ができる人がどれほどいるだろう。俺はその機転に感心しながら、すぐに駆け出したアキトの後を追った。
まだ状況の理解ができていないのか、ゴーレムもすぐには追いかけてこれないようだ。後方を確認した俺が前を向いた時、アキトの声が聞こえた。
「は…?」
驚きすぎたせいか感情のこもらないその声に、俺は一気に距離を詰めた。
「…ッ!アキトッ!」
咄嗟に手を伸ばしたけれど、実体が無い俺の手をアキトが取れる筈が無い。アキトはそのまま崖下へと転がり落ちていく。慌てて下を覗き込んでみれば、そこは切り立った崖では無く、かなり急ではあるものの傾斜になっているようだった。
そこまで確認した所で、俺は背後から近づいてくる気配にバッと振り返った。ゴーレムは崖の手前の所まで来ると、急に興味を失くしたようにくるりと方向を変えて森の中へと帰って行った。
ちょうどここが、ゴーレムの縄張りの切れ目だったのか。
ゴーレムにこれ以上追われる心配は無さそうだ。俺はすぐに崖下へと飛び降りた。
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