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179.いくつもの幸運
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無事に怪我を治すことに成功した俺はいま、服が汚れるのにも構わずに地面をごろごろと転がっている。
「アキト、服汚れるよ?」
優しく声をかけてくれるハルと、目を合わすことすらできないでいる。
「別に汚れても良い。浄化魔法使うし」
「そんなに恥ずかしかったの?」
「今日のハルは意地悪だ」
そうだよ、恥ずかしかったんだよ。ハルのくしゃりと笑った顔と生きていてくれるだけで良いって言葉で、俺の涙腺が崩壊したんだ。ハルは霊体だから、泣きそうだけど涙はこぼれてない。俺は号泣したんだから、そりゃあ恥ずかしいさ。
「俺は涙が出ないだけで、アキトと同じ気持ちだったよ」
柔らかい笑み付きでそんな事を言われたら、さすがに俺もごろごろを止めるしかない。そっと地面から立ち上がれば、ハルは本当に嬉しそうに笑ってくれた。
なんとなく周りを見渡した俺は、自分が落ちてきた崖を見上げて、ぽかんと口を開いた。下から見上げてみるとかなりの高さがあるのが分かった。
「俺あんなとこから落ちたんだ?よく無事だったな」
思わず他人事のようにそう口にすれば、ハルに軽く睨まれてしまった。
「……無事じゃなかったよ」
「心配かけてごめんね」
素早くかつ最大限素直に謝れば、ハルは小さく頷いてくれた。
「それにしても高いよね」
「普通ならあんな怪我では済まないって高さだね」
「まあ、そうだよな」
だってすごい高い。下手したら即死だろうし、もう一度落ちるのは遠慮したい高さだ。
「多分、あの水たまりのおかげだと思うよ」
そう言いながらハルが指差したのは、ちょうど俺が落ちた時にはまったあの水たまりだった。
「昨日の豪雨でできたんだと思うけど、場所も良かったからね」
「場所?」
ハルによれば、この辺りには自然と木の葉が集まってくる場所なんだそうだ。風の精霊が遊んでるって逸話がある場所で、水たまりが無い時は寝転がってみたくなるような木の葉のベッドが一面に広がってるらしい。今はどこもかしこも水浸しだし、泥だらけだけどね。
「じゃあこの水たまりの下は、木の葉だったの?」
「だから落下の衝撃が少しは和らいだんじゃないかな」
「はーなるほど」
風の精霊が実在してるかは知らないけど、頭の中で感謝の言葉を捧げながら俺はちらりとハルを見上げた。
あれ?俺そういえば、さっき勢いだけで告白とかしちゃったよね?しかもその告白に、俺も恋人になりたい好きだってハルが言ってくれたんじゃなかったっけ?
うわぁ、どうしよう。動揺している俺の目を、ハルがまっすぐに見つめて口を開いた。
「アキト」
「ひゃいっ!」
返事が上ずったのは許して欲しい。だって何を言われるのかが分からない。もう一度ハルから好きだって言われたら、俺は顔中真っ赤にして倒れるかもしれない。嬉しさと恥ずかしさと興奮で。せめて鼻血は吹かないようにしよう。
そんな浮かれた事を考えていた俺に、ハルは一転して真剣な顔で話しかけてきた。
「この世界に治癒魔法は無いって言ったの、覚えてる?」
「えーと、かつてはあったけど今は無いって言ってたような?」
「そうなんだ。かつては確かに存在していたと古書には記されているけど、今は使える者はたった一人も実在していない」
さっきまで考えていた浮かれた考えを必死で抑え込むと、俺は出来るだけ真剣な顔で頷いてみせた。
「今のが治癒魔法かどうかもはっきりしないけど、その魔法は絶対に隠すべきだよ」
俺の太ももの傷はたとえ最高級な魔法薬がここにあっても、助からないかもしれないというレベルの傷だったそうだ。この世界では怪我を負った時や重い病にかかった時は、魔法薬や薬草で対処するのが一般的な治療法だ。
原理が分かってないからまたできるかは正直自信が無いけど、俺の魔法はそんな魔法薬が効かないような大怪我すら治してしまえるって事だ。
「うん、隠さないと大変な事になるよね」
「確実にね」
「分かった。信頼できる人の前以外では、絶対に使わないように気をつける」
まあ使い方分からないんだけどと続ければ、ハルはやっと笑ってくれた。
「じゃあ、帰ろうか」
「アキト、その前に着替えた方が良いよ」
「へ?」
目をそらしながらそう言われた時は、恥ずかしさでごろんごろんしたからまた汚れたのかなって思ったんだ。でも自分の体を見下ろしてみたら、太ももの辺りにかなり大きな裂け目ができてた。おれのふとももがこんにちはしている。
「わー」
「こっち向いてるから、着替え終わったら声をかけてね」
いつも通りの紳士的な気配りに感謝しながら、俺は慌てて魔道収納鞄の中に手を突っ込んだ。
全く気づいてなかったから、このまま帰ってたら大変な事になる所だった。良くて指差して笑われて、悪かったら露出狂で衛兵さんに捕まるかもしれない所だった。
俺はどこまでも冷静なハルに感謝しながら、急いで着替えだした。
「アキト、服汚れるよ?」
優しく声をかけてくれるハルと、目を合わすことすらできないでいる。
「別に汚れても良い。浄化魔法使うし」
「そんなに恥ずかしかったの?」
「今日のハルは意地悪だ」
そうだよ、恥ずかしかったんだよ。ハルのくしゃりと笑った顔と生きていてくれるだけで良いって言葉で、俺の涙腺が崩壊したんだ。ハルは霊体だから、泣きそうだけど涙はこぼれてない。俺は号泣したんだから、そりゃあ恥ずかしいさ。
「俺は涙が出ないだけで、アキトと同じ気持ちだったよ」
柔らかい笑み付きでそんな事を言われたら、さすがに俺もごろごろを止めるしかない。そっと地面から立ち上がれば、ハルは本当に嬉しそうに笑ってくれた。
なんとなく周りを見渡した俺は、自分が落ちてきた崖を見上げて、ぽかんと口を開いた。下から見上げてみるとかなりの高さがあるのが分かった。
「俺あんなとこから落ちたんだ?よく無事だったな」
思わず他人事のようにそう口にすれば、ハルに軽く睨まれてしまった。
「……無事じゃなかったよ」
「心配かけてごめんね」
素早くかつ最大限素直に謝れば、ハルは小さく頷いてくれた。
「それにしても高いよね」
「普通ならあんな怪我では済まないって高さだね」
「まあ、そうだよな」
だってすごい高い。下手したら即死だろうし、もう一度落ちるのは遠慮したい高さだ。
「多分、あの水たまりのおかげだと思うよ」
そう言いながらハルが指差したのは、ちょうど俺が落ちた時にはまったあの水たまりだった。
「昨日の豪雨でできたんだと思うけど、場所も良かったからね」
「場所?」
ハルによれば、この辺りには自然と木の葉が集まってくる場所なんだそうだ。風の精霊が遊んでるって逸話がある場所で、水たまりが無い時は寝転がってみたくなるような木の葉のベッドが一面に広がってるらしい。今はどこもかしこも水浸しだし、泥だらけだけどね。
「じゃあこの水たまりの下は、木の葉だったの?」
「だから落下の衝撃が少しは和らいだんじゃないかな」
「はーなるほど」
風の精霊が実在してるかは知らないけど、頭の中で感謝の言葉を捧げながら俺はちらりとハルを見上げた。
あれ?俺そういえば、さっき勢いだけで告白とかしちゃったよね?しかもその告白に、俺も恋人になりたい好きだってハルが言ってくれたんじゃなかったっけ?
うわぁ、どうしよう。動揺している俺の目を、ハルがまっすぐに見つめて口を開いた。
「アキト」
「ひゃいっ!」
返事が上ずったのは許して欲しい。だって何を言われるのかが分からない。もう一度ハルから好きだって言われたら、俺は顔中真っ赤にして倒れるかもしれない。嬉しさと恥ずかしさと興奮で。せめて鼻血は吹かないようにしよう。
そんな浮かれた事を考えていた俺に、ハルは一転して真剣な顔で話しかけてきた。
「この世界に治癒魔法は無いって言ったの、覚えてる?」
「えーと、かつてはあったけど今は無いって言ってたような?」
「そうなんだ。かつては確かに存在していたと古書には記されているけど、今は使える者はたった一人も実在していない」
さっきまで考えていた浮かれた考えを必死で抑え込むと、俺は出来るだけ真剣な顔で頷いてみせた。
「今のが治癒魔法かどうかもはっきりしないけど、その魔法は絶対に隠すべきだよ」
俺の太ももの傷はたとえ最高級な魔法薬がここにあっても、助からないかもしれないというレベルの傷だったそうだ。この世界では怪我を負った時や重い病にかかった時は、魔法薬や薬草で対処するのが一般的な治療法だ。
原理が分かってないからまたできるかは正直自信が無いけど、俺の魔法はそんな魔法薬が効かないような大怪我すら治してしまえるって事だ。
「うん、隠さないと大変な事になるよね」
「確実にね」
「分かった。信頼できる人の前以外では、絶対に使わないように気をつける」
まあ使い方分からないんだけどと続ければ、ハルはやっと笑ってくれた。
「じゃあ、帰ろうか」
「アキト、その前に着替えた方が良いよ」
「へ?」
目をそらしながらそう言われた時は、恥ずかしさでごろんごろんしたからまた汚れたのかなって思ったんだ。でも自分の体を見下ろしてみたら、太ももの辺りにかなり大きな裂け目ができてた。おれのふとももがこんにちはしている。
「わー」
「こっち向いてるから、着替え終わったら声をかけてね」
いつも通りの紳士的な気配りに感謝しながら、俺は慌てて魔道収納鞄の中に手を突っ込んだ。
全く気づいてなかったから、このまま帰ってたら大変な事になる所だった。良くて指差して笑われて、悪かったら露出狂で衛兵さんに捕まるかもしれない所だった。
俺はどこまでも冷静なハルに感謝しながら、急いで着替えだした。
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