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178.最期に出来る事

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 悲痛な声で叫んだハルはまるでこの世の終わりみたいな顔をして、俺の顔を覗き込んでいた。いつもの優しい笑みなんてどこにもない。

「アキトっ!っ!…アキトっ!!」

 最期に見るハルの表情が、こんな絶望した顔なんて嫌だな。俺にできる事はもう無いのかなって考えてたら、不意に思いついた。

 例え手に力が入らなくても、もしかして魔法なら使えるんじゃないか。

「死ぬなっ!」

 魔法でどこまでできるかなんて分からないけど、やらなければ確実に死ぬ。せっかくハルと両想いだって分かったのに、このまま逝きたくなんてない。

 俺はぐっと奥歯を噛み締めると、すぐに魔力を練り始めた。

「アキト、一体何を?」

 ハルは俺のあまりに唐突な行動に、かなり驚いたようだ。心配そうなハルの質問に、返事を返す余裕は無い。今は魔力を練り上げるだけで精一杯だ。

 今からするのは、魔力で紐を作って止血をするという未知の魔法だ。何もないところからつぶてが作れるんだから、紐だって作れるだろうという、ただの思いつきだ。手がうまく動かなくても、理論上なら魔力の紐は魔力で操作できる筈だ。

 出来上がったのは何故か透明な魔力の紐だった。いや、色なんてどうでも良い。何故か痛みを感じていない今のうちに、きっちりと止血をしないと。怪我をした場所の少し上の血管を、俺は魔力の紐でぎゅっと圧迫した。容赦なくきつく締め付けていけば、溢れていた血がようやく止まった。

「もしかして…魔法で止血をしたのか?」

 透明な紐だから目には見えないんだけど、魔力が見えるハルには何をしたのかすぐに分かったみたいだ。うっすらと笑みを見せると、俺はすぐに次の魔法のために魔力を練り始めた。

 止血だけで諦めてしまったら、ただの時間稼ぎにしかならない。俺がするべきなのはこの傷を綺麗に治す事だ。

 どこにも傷が無い状態で、全身の血管が繋がっているのを想像する。血管の周りには神経が通っていて、筋肉があって、筋肉の上に皮膚がある。特に人体の作りに詳しいわけでも無いから、あくまで漠然としたイメージでしかない。

 それでも、魔法というのは想像力に左右されるものだから、イメージしないよりは良いだろう。普段通りの自分の体を思い浮かべてみる。

 ――この傷を治したい。

 魔力を練りながらそう考えてみたけれど、魔法は発動しなかった。

「アキト…?」

 怪訝そうなハルの顔を、ちらりと見る。傷を治したいなんて軽い願いでは、駄目なのかもしれない。またハルにあんな絶望した顔をさせるなんて絶対に嫌だ。

 ――俺の体にある傷は全て綺麗に消えろ!

 命令形でそう考えた瞬間、ごっそりと魔力が減ったのが分かった。これはもしかしてと思った時には、眩い光が俺の全身を包んでいた。キラキラと輝く光が眩しすぎて、俺はぎゅっと目をつむる。

「まさか元の世界に戻ってしまうのか…?」
「ハル」

 ぽつりと聞こえてきた声に、俺は目をつむったまま名前を呼ぶ事で答えた。

 ぶわりと広がっていた光がおさまった頃には、俺の傷は本当に全て消え去っていた。落ちてくる時に草で切った手の甲の傷までが、綺麗さっぱりなくなっている。

「は?」

 怪我をしていた方の足を恐る恐る動かしてみたけど、痛みも違和感も無く普通に動かせるみたいだ。俺はそっと止血魔法を解除してから、呆然と俺を見つめているハルと視線を合わせた。

「アキト…今、何を?」

 目を大きく見開いたハルにそう尋ねられたけど、もうちょっとだけ待って欲しい。

 自分の血とはいえ、血まみれなのがどうしても気になる。すぐに浄化魔法をかければ血の跡は綺麗さっぱりなくなった。血の跡まで消せるとか、浄化魔法はやっぱり優秀だな。

「治癒魔法…なのかな?俺もよく分からないんだけど、とりあえず成功したみたい!」

 自分でも何をやったのかが分からないから、はっきりと断言できない。

「…もうどこも痛くない?」
「うん、ぶつけた場所の痣も、手の甲の傷もほら」

 俺はそっと袖を捲り上げると、いつまで経っても筋肉のつかない細い腕を見せる。ハルはまじまじと俺の腕を見てから、今度は恐る恐る太ももの傷に視線を動かした。そんなに見られるとちょっと照れる。

「……アキト、死なないんだな?」
「うん、少なくとも今すぐに死ぬ事はないね」

 なんだかいつもよりも、ハルの言葉が少しこどもっぽい気がする。

「それにしても、どうやって…?」
「ハルが死ぬなって必死になってくれたから、頑張ったら出来たって感じで」

 あれだけ血が流れたのに全く貧血の気配が無いあたり、もしかしたら厳密に言うと治癒魔法じゃないかもしれない。ただ怪我をした事が無かった事になった、そんな感じがする。

「…自分でもこれが治癒魔法かどうかすら、よく分からないんだけど」
「ああ、そうか……そうか」

 ハルはそう言うと、今にも泣き出しそうな顔のままで続けた。

「理由も魔法の種類も何でも良い。アキトが…生きていてくれるだけで良い」

 搾りだすような声で囁きながらくしゃりと笑ったハルの表情に、胸がぎゅっと苦しくなった。

 ――生きていられて、本当に良かった。
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