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176.ゴーレムと鬼ごっこ

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 一気に距離を詰めようとしたのか、ゴーレムは突如として俺に向かって駆け出した。体が重いからか決して速いわけでは無いが、どんどん近づいてくる大きな体には恐ろしい程の威圧感がある。

 練り上げていた魔力を使って、俺は咄嗟に土魔法を放った。何度も使ったおかげか少し発動が早くなった気がする。牽制ぐらいにはなるかと、ゴーレムの顔の辺りを狙ったつぶてはまっすぐに飛んで行った。

 パシュッ。

「え…?」

 今目の前で起きた出来事が、すぐには理解できなかった。

 確かに狙い通りに飛んでいったのに、ゴーレムに当たる直前にかき消されたように消えてしまった。防御魔法で阻まれるとか、効き目が薄いとかなら理論として理解は出来る。けれど、今のは明らかに魔法が消されたように見えた。

「魔法が…通じない?」

 呆然としながら呟いた俺の言葉にハルは即座に答えてくれた。

「魔法が通じないなら、あれはシルバーかゴールドのゴーレムだ」

 つまりこのゴーレムは上級の魔物って事になる。上位の魔物を相手に、魔法無しで戦えるほどの剣の腕は、俺には無い。どうしよう。一体どうすればいいんだろう。こんな状況から俺に何ができる?

「アキト!」

 ハルの声にハッと視線を上げれば、視界が阻まれたせいで立ち止まっていたゴーレムがちょうど動き出す所だった。じろりと俺を睨みつけながら、ズシンズシンと一歩ずつ近づいてくる。足が動かない俺は、ただ呆然と近づいてくるゴーレムの姿を見つめていた。

「アキト、逃げろ!!」

 ハルの叫び声を聞いた瞬間、俺の足は力を取り戻した。考えてる場合じゃないと体の方が先に動き出す。

 くるりとゴーレムに背中を向けると、俺は全力で走り出した。森の中の移動に慣れてきていて良かったと思いながら、ひっかかりそうな大木の根っこをぴょんと飛び越える。命がけの鬼ごっこのスタートだ。

 追いかけてくるゴーレムの気配や音は感じながら、それでも後ろは一切振り向かずにひたすら足を動かす。ゴーレムの様子は並走してるハルが説明してくれる。わざわざ振り返って速度を落とすなんて無駄な事はできない。

「距離は十分にあるよ!その先、左の細い獣道に入って!」

 ハルの指示した道は伸びた草で見えにくくなっていたけど、俺は一瞬の迷いもなくその道へと方向を変えた。草を超えてすぐの地面に落ちていた大きめの石を避け、地面のくぼみを軽く飛び越える。

「そのまま、まっすぐ!」

 ハルの声に従って走り続けていると、後ろからバキバキと枝の折れる音が聞こえ出した。

「この道なら木や枝が障害物になるから、ゴーレムの速度は落ちる筈だよ」

 ああ、姿が見える前にもバキバキ音がしてたもんな。あれは移動中に枝に邪魔されたのを、無視して移動していた音だったのか。そんな所に気づいて計画を立てれるなんて、ハルはすごいな。

 息がどんどん上がってきてるから、そろそろ限界が近そうだ。そんな事を言ってる場合じゃないから、口に出しては言わないけど。

「アキト、休憩しよう!そこの木に登って!」

 俺の限界が近い事は、ずっと並走していたハルにはバレバレだったみたいだ。

「距離も十分にあるから、アキトなら登れるよ!」

 ハルが指差した木に飛びつくと、俺は勢いよくその木を登り始めた。全力疾走の後の木登りはかなりきついけど、全身の力をふり絞って一気に上の方の枝まで登りきった。

「アキト、お疲れ様。怪我は無い?」

 隣の枝にふわりと降り立ったハルは、心配そうにそう声をかけてくれた。ハァハァと弾んだ息を整えながら、俺は何とか言葉を返す。

「大きい…のは無い…っ…よ…大丈…夫」
「良かった」

 木や草を避ける余裕なんてなかったから、小さい擦り傷はいっぱいありそうだからね。深呼吸を繰り返している内に、次第に息も整ってくる。この世界に来てから、体力ついたよね、俺。筋肉は全くつかないけど。

「アキト、あそこ見て」

 葉っぱの隙間からそっとのぞいて見てみると、何かを探している様子のゴーレムの姿が見えた。いや、何かっていうか確実に俺を探してるんだけど、ちょっとぐらい現実逃避させて欲しい。鬼ごっこから急にかくれんぼに変更か。

「声は出さないでね」

 小さく頷きだけを返して、俺は出来る限り息をひそめた。もっと気配の消し方とか、ちゃんと教えてもらっておけば良かったな。

「この木はかなり葉が茂ってるから、ゴーレムからは見えない筈だよ」

 俺を安心させるように優しい声でそう言ってくれたハルに、俺は無言のまま頷きだけを返した。

 しばらくうろうろとしていたゴーレムが俺たちのいる木に背中を向けて歩きだした時、このまま去ってくれるかなとちょっとだけ期待してしまった。これを人はフラグと呼ぶ。

「ふぅ…」

 ハルが安堵の息を吐いた瞬間、ゴーレムは俺たちのいる隣の木をめがけて全力で走り出した。どかんと肩からぶつかった一撃で、隣にあった木はバキバキと音を立てながら根本から倒れてしまった。

「これは…もしかして手あたり次第?」

 俺も同じことを考えてたよ、ハル。ゴーレムはもう一度距離をとると、今度は俺たちの登っている木めがけて駆け出した。手あたり次第なのに二本目で当たりを引くとか、このゴーレム運が良すぎないかな!?

 とりあえず出来る事はと考えた俺は、衝撃に備えて目の前の木の幹にぎゅっと抱き着いた。次の瞬間、どかんと物凄い衝撃が走ると、根本の辺りからぴしぴしと音がした。ぐらりと傾いでいく木に、俺は必死でしがみつく。

「アキトっ!」

 ハルの悲痛な声を聞きながら、俺はパッと手を離すと近づいてきた地面にすかさず転がった。足から着地するよりもこの方が安全だし、何よりすぐに走り出せるのが利点だ。幽霊相手の鬼ごっこでよく使ってたから、受身を取るのは得意なんだよ。

 少しでも休憩できて良かったと思いながらすぐに駆け出した俺は、慌てすぎたせいで周りが全く見えていなかった。

「は…?」

 踏み出した先に、地面は無かった。

「…ッ!アキトッ!」

 ハルが咄嗟に伸ばしてくれたその手を取れる筈も無く、俺はそのまま下へと転がり落ちていく。

 幸いだったのはそこが切り立った崖ではなく、かなり急ではあるものの斜面になっていた事だろう。頭を守りながら転がっていった俺の体は、泥交じりの深い水たまりの上に落下した。

「うわっ!」

 俺より少しだけ遅れて飛び降りてきたハルは、すたっと華麗に着地を決める。霊体だから出来る事とはいえ、まるでヒーローみたいな完璧な着地だった。

「どこだっ?アキト!」
「ハル、ここ…」

 出たのはかすれた小さな声だったけど、ハルはすぐに俺に気づくと慌てて駆け寄ってくる。

「ゴーレムの縄張りから出たのか、もう追いかけてこないみたいだよ」
「それは良かった」
「アキト…痛いところは無い?」
「色々痛くて、どこが痛いか分からないや」

 別にふざけてるわけじゃない。頭はちゃんとかばってたしできるだけ受身もとったつもりだけど、色んな場所をぶつけたから本当に分からないんだ。

 俺は何とかその深い水たまりから這い出すと、すぐに浄化魔法を使った。泥まみれのままではさすがにいたくないからね。綺麗好きな俺にはこの泥まみれは耐えがたい。

「アキト…それ」

 元々体温の無いハルの顔が青ざめているように見えた。

 ハルの視線の先を目で追った俺は、そこでやっと太ももの傷に気づいた。落ちてくる途中で木の枝か何かに、ひっかかったんだろう。内もものあたりにぱっくりと開いた傷があった。
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