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170.晴天とクロユの森

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 街道を歩きながら、俺は眩い日差しに目を細めた。そっと見上げた空には、昨日の豪雨がまるで嘘のような青空が広がっている。今歩いてる街道脇に水たまりが無かったら、本当に夢だったんじゃないかと疑ってしまうような晴天だ。

 久しぶりのまとまった雨のおかげか、植物は心なしか生き生きとして見える。雨の名残の水滴が、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。

「ねぇ、ハル。この道で合ってる?」

 あまりに人けの無い街道に不安になってきた俺は、隣を歩くハルにそっと小声で尋ねてみた。

「うん。パイルス草原の向こう側だから、この道で間違いないよ」
「ありがと」
「どういたしまして」

 今日は珍しく何の依頼も受けずに、俺たちは領都トライプールから出発した。

 最初はせっかく天気が良くなったんだし、依頼を受けようと張り切ってギルドに行ったんだよ。でもいざ冒険者ギルドに辿り着いたら、これがもうびっくりするぐらいの混雑っぷりだったんだ。受付の列がドアの所まで続いているのなんて初めて見たよ。

 それでも一応掲示板は見に行ったんだけど、依頼票の数も少ないしこれだと思う依頼も無かった。

「難易度が低すぎるか高すぎるのばっかりだね。今日は休みにする?」

 みんな昨日の分を取り戻すつもりなんだろうねと、ハルは穏やかに教えてくれた。昨日も雨のせいで急に休みにしたし、出来れば今日は外に行きたかったんだけどな。どうしようかなと悩んでいた時、ハルが嬉しい提案をしてくれたんだ。

「それとも、常設買い取りの素材を採取しに行く?」

 ハルの言葉を聞いた瞬間にそれだと思った。残り少ない依頼票から無理に依頼を受ける必要も無いし、確実に採って来た素材は買い取ってもらえる。しかも俺の希望通り、領都の外にも出られる最高の解決策だ。俺はもちろんその最高の提案に飛びついた。



「今の時期ならクロユの森の薬草と果実が良いかな。クロユの森はちょっと面白い場所だから、アキトも楽しめると思うよ」

 悩んだ末にハルが選んだのは、クロユの森という採取地だった。俺でも楽しめる場所ってどんな森だろう。初めて行く場所に想像を膨らませながら歩いていくと、パイルス草原が見えて来た。

 思わず立ち止まった俺は、ひざ丈ぐらいの草が生い茂っている草原をじっと見つめた。

「懐かしいな」
「うん、初討伐依頼で来たよね」

 ハルは一瞬の間もあけずに、俺の言葉にそう答えてくれた。同じ事を考えてたのかなと思うと、すこしくすぐったい気持ちになる。もちろん嬉しいんだけど。



 そこから更に道なりに進んで行くと、ようやくクロユの森に辿り着いた。街道から見た感じはどこにでもありそうな普通の森だ。一体この森の何が面白いんだろうと首を傾げながら、俺は先導するハルの後を追って森の中へと分け入った。

「こっちだよ」

 ハルの背中を追いかけていた俺は、すぐにその異変に気が付いた。森の奥へと進んで行けば行くほど、どんどん景色から色が無くなっていくんだ。

「ハル、これって…」
「これがクロユの森の特徴だよ」

 見える範囲にある果実や木の実、植物に木々に地面まで。見渡す限りの全てのものが、もうモノクロにしか見えない。

「面白いだろう?」
「うん、面白いけど…この辺りはモノクロの物しか出来ない場所なの?」

 いや、それだと木々や地面までモノクロな説明がつかない。

「見えないだけでそれぞれに色はあるよ。森を出れば色が戻ってくるからね」

 例えばこれとハルが指差したのは、手のひらぐらいの大きさの丸い木の実だった。今は薄い灰色にしか見えない木の実だけど、実際には淡いピンク色をしているそうだ。なにその不思議現象。

「何でこんなことになってるの?」
「うーん、理由は解明されてないんだ。精霊の遊び場だって説と、精霊の試練の森だって説と、精霊を怒らせた呪いだって説があるよ」

 好きなのを選んでとハルは笑顔で言い放った。

「一つ目と二つ目はともかく、三つ目はやばくない?」
「大丈夫だよ。この森に入ったせいで何らかの呪いにかかったなんて人は、一人もいなかったから」

 そうじゃなかったら、さすがに冒険者ギルドがこの森を閉鎖してるよとハルは続けた。

「それもそうか」

 丸め込まれたような気もするけど、影響がないならまあ良いか。
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