生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

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168.【ハル視点】ルネの店と豪雨

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 久しぶりにやってきたルネの店は、俺が来た頃と何ら変わらずにそこにあった。時間が止まっているのでは無いかと思うほど、店構えにも何の変化も無い。看板も無ければ、店名も無いままだ。
 
 ルセフは無造作にドアを開くと、中に向かって声をかけた。

「ルネ、来たぞ」

 店の奥から手を拭きながら出てきたのは、間違いなく店主のルネだ。

「ルセフ、いらっしゃい。チームの皆さんもようこそ」
「おじゃましまーす」
「あー久々だなールネの飯!」
「あ、新顔さんもいるね。俺が店主のルネです」

 チームの皆を順番に見ていたルネは、アキトとブレイズに向けて笑みを浮かべる。

「俺ブレイズです」
「あ、アキトです」
「二人は何か食べられないものとかある?」

 これは新顔が来店すると必ず飛んでくる質問だ。何とも恐ろしい事に一度でも来た事がある客には、同じ質問は二度としない。つまりこれだけの人気店を切り盛りしながら、客の顔と好みを全て覚えているということだ。

「「何でも食べられます」」

 ブレイズとアキトの返答にルネは嬉しそうに笑うと、じゃあ待っててねと調理場に戻っていった。

「それにしてもよく予約できたな。しかも昼に」
「あーこの前な、ルネがどうしても欲しかったらしいスパイスが、市場のどこにも無くて困ってたんだよ」

 ルセフはウォルターの質問にさらりと答えた。

「たまたま持ってたから、俺から声をかけて譲った」
「へーそんな事してたんだ?」
「知らない奴ならさすがに声をかけるか悩むけど、ルネだって顔で分かったからな」

 それがきっかけで料理談義で盛り上がったんだと、ルセフは続けた。

「そうそう。あの時は予想外に新鮮な海の魚が手に入ってね。最高の状態で調理するためには、どうしてもそのスパイスが必要だったんだ」

 調理場から出てきたルネは、手にお皿を持ったまま笑みを浮かべた。

「その時のお礼に、もしよければ時間外に店を開けるよって約束してたんだ」
「いやールセフの人助けにこんな嬉しいお返しがあるなんてなー」
「時間外に店を開けただけで、そんな風に言ってもらえるとは光栄だね」

 幸せそうなウォルターの言葉に、ルネは軽くそう返した。



 サラダにスープと続けて出されたルネの料理に、五人は圧倒されたようだ。どんどん口数が減っていくんだが、果たしてこれが依頼後の打ち上げと呼べるだろうか。冒険者の打ち上げは、依頼について話しながら食べて飲んで騒ぐものなんだが。

「せっかくの宴会なんだし、ここからは好きに食べて飲んで騒いでね!」

 ルネはそう言い切ると、どんどん料理を並べていった。

「うわー」
「これは豪華すぎるー!」
「うまそう」
「すごいな。ルネにも感謝だけど、ルセフにも感謝するわ」
「これはまた美味しそうだな」

 貴族が食べるような豪華な料理から、下町の家庭料理まで様々な料理がテーブルに並んでいく。美味しければそれで良いという感じで、まさにルネの店らしい料理だ。

 ルネの気遣いのおかげで、五人は話しながら食事を楽しみだした。依頼の話よりも料理の感想が多いのは、この料理を前にしたら仕方のない事だろう。やっと冒険者の宴会っぽくなったなと思いながら、俺は幸せそうな皆の姿をじっと見つめ続けた。



 会計を終えて店の外に出ると、ここ数日は仲間だったチームの皆との別れがやってくる。アキトは本当にこのチームに入らなくて良いんだろうかと、つい考えてしまう。

「アキト、今回はありがとうな。また一緒に依頼受けてくれよ」
「はい、こちらこそよろしくお願いします!」
「依頼で盾使いが必要になったら声かけろよ」
「魔法の詳しい話がしたくなったら、いつでも会いにきて」
「今度は屋台の食べ歩きとかもしよーね!」

 優しい皆の言葉に感動したのか、アキトは深々とお辞儀をした。

「ありがとうございました!」

 またなと言いながら、チームの皆は離れていった。

 寂しがるかと心配していたアキトも、意外にもあっさりと背中を向けた。スタスタと裏道に向かって歩いていくアキトの後を、俺は慌てて追いかけた。

「じゃあハル、黒鷹亭に帰ろうか」

 俺を見上げたアキトは、いつも通りの穏やかな声でそう話しかけてくれた。どうやらチームには何の未練もないみたいだ。そう思うと自然と笑みがこぼれた。

「ああ、帰ろう」
「それにしてもすごかったよ、ルネさんの料理」
「俺も食べた事があるけど美味しいよな。ただ店主のルネは年齢不詳なんだよな」
「若そうに見えたけど見た目通りの年齢じゃなさそうだよね」

 そんなどうでも良い事を小声で話しながら、俺たちは狭い裏道を歩き出した。



 翌日は明け方から土砂降りの雨だった。これほどの勢いで降る事は滅多に無いから、川の氾濫などの災害が起きないかどうしても心配になる。

 ちらりと見やったアキトは、幸せそうに寝息を立てていた。黒鷹亭の防音結界は高性能だから、雨の音は少しも聞こえていないみたいだ。ゆっくり眠って欲しいと思いながら、俺はまた窓の外に視線を向けた。



「え…あめ?」

 アキトが目を覚ましたのは、いつもよりも少し早いぐらいの時間帯だった。窓の外の大雨に気づいたようで、ぽつりと独り言を言ってから体を起こした。

「おはよう、アキト」
「ハル、おはよ」

 挨拶を交わしながら、アキトはそっと窓に近づいて行く。

「うわーすごい雨!」
「これはまだまだ止みそうにないね」

 俺の言葉に頷きながら、アキトは興味深そうに外を眺めている。滅多にないほどの豪雨だけど、特に怖がる様子も無いみたいだ。落ち着いた反応に安心して、俺は窓の外に視線を向けた。

 雨の中を全力で走って行く冒険者の姿を、アキトはまじまじと見つめていた。

「ハル、これだけ降ってても冒険者って依頼を受けるの?」
「んーよほどの理由が無いと出歩かないだろうね」
「よほどの理由って例えば?」
「そうだな。既に期限ぎりぎりの依頼を受けているとか、金が無いからどうしても依頼を受けないといけないとかかな」

 そう伝えれば、アキトはすぐに納得してくれた。

「あ、あと儲かるからって冒険者もいるよ」

 数年前から導入されたその制度は、悪天候時の急ぎ仕事の報酬を一割増やすというものだ。天候が悪いせいで人手が足りないなら、その分報酬を増やせば良いと言うあまりに単純な解決策だ。ただ単純で分かりやすいからこそ、その効果はかなり大きい。

「だから報酬目当てで、わざわざ天候が悪い日に動く冒険者もいるんだよ」
「はー稼ぎ時って事か」
「ただ、これだけの雨だと採取地も影響を受けてるからね、危険度もその分高くなる」

 これだけは、ちゃんと言っておかないと駄目だろう。

「あーなるほど」
「アキトはどうする?」

 俺の質問に、アキトは元気よく手をあげてから宣言した

「今日は休む!」
「うん、それが良いね」

 もし依頼に行くと言われたらどうやって説得しようかと考えていた俺は、笑顔でアキトの宣言を受け入れた。



 朝食のために向かった黒鷹亭の食堂は、いつも以上に大勢の冒険者で混みあっていた。何とか空席を見つけたアキトが朝食を食べていると、食堂の入口からレーブンがひょいっと顔を出した。

「今日は特別に昼飯も用意するぞ。一人500グル。部屋で食べれるように包むから、必要なやつは受付まで来てくれ」

 淡々と告げられたレーブンの言葉に、食堂内からは歓声と拍手が上がった。

「よっしゃ!さすがレーブンさん!」
「待ってましたー」
「干し肉減ってたから助かるー」

 大騒ぎする周りに驚きながら、アキトは口に放り込んでいたパンを飲みこんだ。すごい盛り上がりっぷりだなと言いたげに周りを見ているアキトに、俺はそっと声をかける。

「急な天候不良だと、昼飯は出せないって宿も多いんだ。レーブンは常に食材を多めに確保して保管してるから、こういう場合でも対応できるけどな」

 そうなんだとアキトも納得してくれたようだ。

「昼食が出ない宿の場合は持ってる果物や干し肉でしのぐか、空腹を抱えたまま寝るぐらいしかできない。だから皆喜んでるんだよ」

 食堂を後にしたアキトは、いそいそと受付に立ち寄った。レーブンの作った昼飯を逃すつもりは無いようだ。



 部屋の鍵が閉まるのを待ってから、俺はアキトに声をかけた。

「アキト、ちょっとギルドの様子を見に行って来て良いか?」
「え?ギルドに行くの?」
「久しぶりの豪雨だから情報収集をしに行きたいんだ。俺は雨の影響は一切受けないから、こんな土砂降りの中でも問題ないからな」
「…分かった」

 しょんぼりと肩を落としたアキトの姿に、俺と離れることを寂しがってくれるのかとすこしだけ喜んでしまった。

「じゃあ、行ってくるね」
「うん、いってらっしゃい。気をつけてね」

 霊体の俺が相手でも、気をつけてと言ってくれるアキトが好きだと素直にそう思った。
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