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165.ルネの店

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 ギルド横にある裏道から更に細道を進んだ先に、目的地の店はひっそりと存在していた。

 一見するとただの民家にしか見えない建物な上に、店名を書いた看板の類も一切出ていない。案内してくれる人がいなかったら、辿り着けなかっただろうな。初訪問のブレイズと俺は、店らしさの無いその建物をまじまじと眺める。

 ルセフさんは無造作にドアを開くと、中に向かって声をかけた。

「ルネ、来たぞ」

 店の奥から手を拭きながら出てきたのは、緑がかった髪の毛をした大人しそうな男性だった。この人が店主のルネさんだろうか。

「ルセフ、いらっしゃい。チームの皆さんもようこそ」
「おじゃましまーす」
「あー久々だなールネの飯!」

 勧められるままに皆でテーブルに腰を下ろす。丁寧に整えられている店内は広くはないけれど、どの席からも調理場が見えるように考えられているみたいだ。

「あ、新顔さんもいるね。俺が店主のルネです」
「俺ブレイズです」
「あ、アキトです」
「二人は何か食べられないものとかある?」
「「何でも食べられます」」

 俺たちの即答にルネさんはにこっと笑うと、じゃあ待っててと調理場に戻っていった。

「それにしてもよく予約できたな。しかも昼に」

 この店は普段は夜しか営業していないため、今は本来なら営業時間外らしい。前に来た時は、すっごく並んでからやっと入店できたんだそうだ。

「あーこの前な、ルネがどうしても欲しかったらしいスパイスが、市場のどこにも無くて困ってたんだよ。たまたま持ってたから俺から声をかけて譲った」
「へーそんな事してたんだ?」
「知らない奴ならさすがに声をかけるか悩むけど、ルネだって顔で分かったからな」

 あっさりとそう答えているけど、ルセフさんは普通に知らない人でも困っていたら助けそうな気がする。

「まあ、それがきっかけで料理談義で盛り上がってな」
「そうそう。あの時は予想外に新鮮な海の魚が手に入ってね。最高の状態で調理するためには、どうしてもそのスパイスが必要だったんだ」

 調理場から出てきたルネさんは、手にお皿を持ったまま笑みを浮かべた。

「その時のお礼に、もしよければ時間外に店を開けるよって約束してたんだ」
「いやールセフの人助けにこんな嬉しいお返しがあるなんてなー」
「時間外に店を開けただけで、そんな風に言ってもらえるとは光栄だね」

 幸せそうなウォルターさんの言葉に、ルネさんは軽くそう返した。

「はい、まずはこれ」

 テーブルに並べられていくのは、透明の綺麗なお皿に盛られたサラダだった。この世界の野菜の特徴であるカラフルな野菜が、繊細に盛りつけられている。見た目は美味しそうなサラダなんだけど、上からかかっているドレッシングの色がすごい。紫と白のマーブル模様のドレッシングなんて初めて見た。

「あーこのドレッシング、この前夢にまで出てきたよ」

 料理上手なルセフさんがそこまで言うって事は、これは絶対に美味しいやつだ。

「いただきます」

 パクリと口に放り込んだ俺は、無言のままでじっくりと口内のサラダを味わった。うん、これは確かに夢にも出てくるかもしれない。スパイスの効いた少し辛めの白と、果物の甘みのあるまろやかな紫が絶妙に調和している。

 全員が無言のままで食べ進めていくせいで、店内にはシャキシャキとした野菜の音だけが響いた。ようやくお皿の上の全てのサラダを食べつくした瞬間、ふうと誰ともなく息が漏れた。

「どうだった?」

 笑顔のルネさんに、全員が笑顔で頷いた。

「良かった。次はスープだよ」

 五人の客が並べられたスープを凝視している姿はなかなかにシュールな光景だろうけど、ルネさんの料理に骨抜きにされていた俺たちはそんな些細な事は気にしなかった。

 スープを飲み干した後は、せっかく宴会なんだからとルネさんはテーブルの上にどどんと次々に料理を並べてくれた。

「うわー」
「これは豪華すぎるー!」
「うまそう」
「すごいな。ルネにも感謝だけど、ルセフにも感謝するわ」
「これはまた美味しそうだな」

 並べられた見事な料理は、初めて見るものから食べた事があるものまで様々だった。魚介の揚げ物に、ローストビーフみたいな断面が赤いお肉、たっぷり野菜のショートパスタ、更には自家製の色んな味のパンまで並んでいる。

 どれもものすごく洗練された味なんだけど、本人の人柄なのかどことなく温かい雰囲気を感じる料理ばかりだった。何を食べても美味しいって言葉は、誇張表現では無かったんだ。俺たちは夢中になって、出される料理を堪能しながら、喋って食べて飲みまくった。



 満腹のお腹と幸せな気持ちを抱えて、支払いを終えた俺たちは店を後にした。見惚れる程の気持ち良い食べっぷりだったと、ルネさんには笑顔で褒められたよ。

「はー本当にすごかったな」
「ああ。今日は特に食材に恵まれたらしいな」

 ルネさんのこだわりがあるから、メニューの種類が極端に少ない事もあるらしい。鮮度や質が良くないと絶対に仕入れないんだって。それでもお店として成り立ってるってすごい事だよね。

「アキト、今回はありがとうな。また一緒に依頼受けてくれよ」
「はい、こちらこそよろしくお願いします!」
「依頼で盾使いが必要になったら声かけろよ」
「魔法の詳しい話がしたくなったら、いつでも会いにきて」
「今度は屋台の食べ歩きとかもしよーね!」

 チームに入るのを断ったのに、そんな風に笑顔で声をかけてくれる事が素直に嬉しい。

「ありがとうございました!」

 深々とお辞儀をすると、またなと言いながら皆は離れていった。俺も皆に背中を向けると、裏道に向かって足を勧める。人の気配が無い事を確認して顔を上げれば、ハルも笑顔で俺を見下ろしていた。

「近くに人の気配は無いね」
「ありがと。じゃあハル、黒鷹亭に帰ろうか」
「ああ、帰ろう」
「それにしてもすごかったよ、ルネさんの料理」
「俺も食べた事があるけど美味しいよな。ただ店主のルネは年齢不詳なんだよな」
「若そうに見えたけど見た目通りの年齢じゃなさそうだよね」

 そんなくだらない事を小声で話しながら、俺たちは狭い裏道を歩き出す。こうやってハルと話せるのが、やっぱりすごく幸せだ。俺はハルとの会話をしみじみと噛み締めた。
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