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154.クラーウ茸

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 ルセフさんをその場に残したまま、俺はハルの声がする方へと急いだ。目が見えない人を一人にしたくない気持ちももちろんあるけれど、原因が分からないと治療法も分からないままだ。

「やっぱりあった。原因はこのリュス茸の隣に生えてる黒いキノコだよ」

 ハルが指差した場所には、ずんぐりと太い白地に赤い水玉模様のキノコがいくつも並んでいた。見た目はどう見ても毒キノコっぽいけど、この水玉キノコは毒の無いリュス茸というキノコらしい。

 あれ?でもさっきハルは黒いキノコって言わなかったっけ。そう思ってまじまじと目をこらして、やっと細いエノキのような真っ黒なキノコを発見した。

「クラーウ茸という毒キノコだよ」

 クラ―ウ茸は手袋なしで触れてはいけない危険な毒キノコだけど、この黒い色とほっそりとした見た目のせいで、影になっているとかなり見えにくいんだそうだ。ここにあるとはっきり言われても、見つけるのに時間がかかったぐらいだもんな。

 しかもこのクラーウ茸、基本的にはダンジョン内にしか存在しないものらしい。だからルセフさんでも気づかなかったのか。

「治療法はある?」
「あるけど…」

 言い淀んだハルは、俺の目をじっと見つめてきた。

「アキト、クラーウ茸は上級素材なんだよ。クラーウ茸の事だけなら人に聞いたと言えるけど、その治療法を知ってるなんて…変に思われるかもしれない」

 こんな状況でも、ハルは俺の事を一番に考えてくれるんだな。そう思うと、なんだかちょっと照れくさいけれど嬉しかった。それに助けられる方法を知っているのに、黙ってるなんてできる筈が無い。俺も今はこのチームの一員だし、仲間を助けるのに理由なんていらないだろう。

「ハル、お願いだから、治療法について教えて」

 俺はまっすぐにハルの目を見返した。もしこれで変な奴だって思われて距離が出来ても別に良いんだ。だって俺にはハルがいるしね。

「…分かった。ジジの花びらと、ブローズの葉を水に浮かべて熱して作った薬を飲ませれば良いだけだよ」
「ジジの花びらは昨日採取してたからそれを使わせてもらって、後はブローズの葉があれば良いって事か…ブローズって初めて聞いた」

 探しに行かないとと言いかけた俺に、ハルはあっさりと教えてくれた。

「上級素材だからね。ちなみにあっちにある青い花がブローズだよ」
「あ、ここにあるんだ。ありがとう、ハル」
「どういたしまして」

 幸運を噛み締めながら、いそいそとブローズの葉を採取していると、不意に近づいてきたハルがそっとクラーウ茸を指差した。

「ダンジョン以外にあるなんて滅多に無い事だから、これも採っていった方が良いよ。手袋は絶対にしてね」

 俺は慌てて手袋をすると、そっとクラーウ茸を採取して自分の採取袋に押し込んだ。



 大急ぎでルセフさんの所に戻った俺は、まず原因について話す事にした。図鑑も無いのに上級素材に詳しいなんてと怪しまれるかもしれないけど、もし俺がルセフさんの立場なら早く原因を知りたいと思うんだよね。

「ルセフさん、リュス茸の隣にクラーウ茸がありました」
「あーやっぱりか」

 どうやら名前を聞いただけで、ルセフさんはクラーウ茸について理解したみたいだ。

「ダンジョン以外にあるとは思わないですよ」

 慰めるようにそう口にすると、ルセフさんは苦笑して答えた。

「いや、でも迷惑かけたね」
「いえ。ジジの花びらは昨日西側で採取したのがありますし、今ブローズの葉も採ってきたので、野営地に戻ったら薬作りますね」

 治療薬の作り方を知ってる事もついでに伝えてしまえと勢いだけで口にすれば、ルセフさんは驚いた顔をしてからふわっと笑ってくれた。何も聞かないんだな。

「…ありがとう。迷惑ついでにもう一つ頼みたい。手袋をしてからクラーウ茸を採取してもらえるかな?」
「あ、もう採取して持ってます」
「ああ、ありがとう」

 原因が分かったからか、それともすぐに治療ができると聞いたからか、ルセフさんの表情もさっきより穏やかだ。

「そっちはどうだった?」
「西側の半分ぐらいの素材で、上級素材っぽいのは無かったですね」
「ああ、こっちも少なかったな。調査は終わってるから、後は戻ってからクラーウ茸も書き加えないと」

 そんな風に二人で話していると、遠くからブレイズが駆け寄ってきた。後ろからは真剣な顔をしたウォルターさんとファリーマさんも走ってくる。

「おーい!お待たせ!」
「ルセフ、大丈夫か?」
「今どんな状態だ?」

 すぐにそう尋ねた二人に、ルセフさんは苦笑を浮かべる。

「目が見えないのと手のしびれ。原因はクラーウ茸だった」
「クラーウ茸?それは…なんでこんな所に?」
「アグアウルフもダンジョンに多い魔物だから、何か関係があるのかもなー」
「とりあえず野営地まで戻るか」

 ウォルターさんはひょいっとルセフさんを持ち上げると、そのまま歩き出した。うわーお姫様だっこってやつだ。ルセフさんはもっと他の運び方をしろと最初は暴れていたけど、心配かけたんだから我慢しろと言われて渋々動きを止めた。

「アキト、ありがとうな」

 ブレイズの唐突な感謝の言葉に、俺はゆるく首を傾げた。なんでお礼なんか言われたんだろう。意味は分からなかったけど、俺も口を開いた。

「ブレイズも、二人を呼んできてくれてありがとうな」

 よく分からないけどとりあえずそう答えて、俺たちはゆっくりと歩き出した。
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