上 下
148 / 1,103

147.三体目の魔物

しおりを挟む
 二頭のアグアウルフは一定の距離を保ったままで、前衛の二人と睨みあっている。最初の攻撃を弾かれた事で警戒しているのか、すぐに攻撃に転じそうな様子は今のところ無いようだ。

「ルセフ、敵は三体だって言ったよな?」

 ウォルターさんがそう小声で尋ねると、ルセフさんもすぐに口を開いた。

「ああ、もう一体も確実にいる。姿が無くても気配はあるからな…」
「あーそれもアグアウルフだったら、最悪だよなー」

 軽い口調のファリーマさんの言葉に、ウォルターさんが即座に叫び返す。

「口にするな、現実になったらどうする!」

 あ、そういう考え方ってこの世界にもあるんだ。俺の世界だとゲン担ぎとかフラグとか言うあれだな。それにしても、あんなに巨大な狼達と睨みあいながら、普通に会話ができるとかすごいメンタルだよな。感心しながら見つめていると、ファリーマさんは不意に俺たちを振り返った。

「アキト、ブレイズ、俺たちで探すぞ」
「はい」
「はーい」

 野営地から見える範囲全てに目を凝らして探してみても、なかなかもう一体は見つからなかった。せめてどこにいるかだけでも分からないと、戦闘中に不意打ちを食らうなんていう笑えない事態になってしまう。

 一体どこにいるんだと焦りながら視線を彷徨わせていると、ふと景色が歪んで見える場所がある事に気づいた。その場所だけが、水の膜越しに見ているみたいな奇妙な違和感があった。

「あの木の辺り、景色が歪んでませんか?」

 自信は全くなかったけれどそう声に出せば、次の瞬間ファリーマさんが叫んだ。

「ヒュージスライムだ!」
「なっ!よりによって!?」

 ヒュージスライムは中級の図鑑に載っていたから、知識として知ってはいた。

 普通のスライムは駆け出し冒険者でも倒せる魔物だが、ヒュージスライムはかなり厄介な魔物だ。

 擬態能力が高くてなかなか気づけない上に、捕食を繰り返しどんどん大きくなっていく。その大きな体に取り込まれたら、人間だってあっさりと溶かされてしまう。酸を飛ばしての遠距離攻撃まで使いこなしてくるだけの知能がある。

 低級のスライムと同じ心構えで挑めば、危険極まりない魔物だ。

「厄介な共生関係を作ってやがったみたいだな…」
「後衛でヒュージスライムを牽制してくれるか」

 ルセフさんの言葉に、俺はすぐに手をあげた。

「俺、ヒュージスライムに行きます!」
「あ、アキトがやるなら俺も!」

 ブレイズが即座に俺に続いてくれた。

「分かった。俺はアグアウルフだな!」
「すぐに終わらせてそっち行くから、無理はすんなよ!」
「はい」
「はーい」

 俺とブレイズ、そしてハルはヒュージスライムがいる森の方へと歩き出した。



 野営地の中をゆっくりと移動して行くと、不意にハルが声を上げた。

「アキト、近づいて良いのはここまでだよ」
「ブレイズ、これ以上近づくと遠距離攻撃が来るかも」
「ああ、酸で攻撃するんだっけ?」
「うん、図鑑にはそう書いてあった」

 ハルが教えてくれた安全な距離で立ち止まって、俺達はじっとヒュージスライムを観察した。視線の先にいるヒュージスライムは、擬態がばれたことに気づいたのか、今は半透明の水まんじゅうのような姿に戻っていた。

 見た目は普通のスライムと似ているんだけど、大きさだけが異常なほどに大きい。目測だけど、あれは150cm以上あるんじゃないかな。一体どれだけの量を捕食したらこんなに大きくなれるんだろう。

 俺たちで倒せるかな。そんな言葉が一瞬だけ頭をよぎった。

「ヒュージスライムは、気づかずに近づかれた時が一番危険なんだ。姿を見せている今は遠距離攻撃にさえ気をつければ大丈夫だよ」

 そう教えてくれたハルは、俺の顔をそっと覗き込むとにこっと笑ってくれた。そのいつも通りの優しい笑みに、少しずつ気持ちが落ち着いてくる。うん、大丈夫だ。

「ブレイズ。簡単じゃないと思うけど、コアを狙おう」

 言いながら俺がじっと見つめるのは、ヒュージスライムの体内に浮かんでいるコアだ。大きな体に反して、その真っ白なコアは握りこぶしほどの大きさしか無い。

「それしかないと思うけど…あの大きさだときっとコアも移動できるよね」

 スライムのコアというのは、体内ならどこにでも移動できるものだ。それは下級のスライムもこの中級のスライムも一緒だ。

「できると思う。だから簡単じゃないよ」
「アキト、俺たちだけで倒すつもり?」

 反対なのかなと見返したブレイズは、俺以上に好戦的な瞳をしていた。俺よりもやる気の顔してるじゃないか。

「もちろん!倒してアグアウルフの手伝いに行くよ!」
「さすがアキト!最高っ!」

 ブレイズの嬉しそうな声に弾かれるように、俺たちはヒュージスライムに向けて駆け出した。
しおりを挟む
感想 315

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

氷の華を溶かしたら

こむぎダック
BL
ラリス王国。 男女問わず、子供を産む事ができる世界。 前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。 ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。 そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。 その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。 初恋を拗らせたカリストとシェルビー。 キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

処理中です...