生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

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142.【ハル視点】言葉だけしか

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 見張り番を終えてテントに戻ったアキトは、すぐに寝袋の中に潜り込んだ。

「わー思ったよりも寝心地良さそう!」
「最新式のにしたからね。気に入ったなら良かった」
「あ、ハル。明日は起きる時間になったら、誰か起こしに来てくれるって」
「ああ、そうなのか。じゃあ起こさなくて良いんだね」
「うん」

 こくりと小さく頷いたアキトの目は、今にも閉じてしまいそうだ。うっすらと開いては閉じてを繰り返す目を、俺は笑みを浮かべながら見つめた。

「眠いなら遠慮しなくて良いよ。おやすみ、アキト」
「…ん。おやすみ…ハ」

 眠気が限界だったのか、アキトは目を閉じるとすぐに寝息をたて始めた。今日はいっぱい歩いたから無理も無い。夜の森にはかなり怯えているように見えたが、今日は特に悪夢にうなされることも無く、ただ幸せそうに眠っている。

 さて、ここで問題が一つだけある。

 この狭いテントの中で、俺は一体どこにいれば邪魔じゃないんだろうか。寝袋だけでテントの半分は使われているし、魔道収納鞄を置いてある場所の隣ぐらいしか居場所が無い。

 テントの外に出て待機していれば良いのは頭では分かっているけれど、できればそれはしたくなかった。あの媚薬の一件以来、眠るアキトを一人にしたくない気持ちがどうしても消えないからだ。

 買う時にもっと大きいのを選べば良かったかななんて事を考えながら、俺は部屋の隅で足を抱えると出来るだけ小さくなってから座り込んだ。



 外の気配からしてそろそろ起こしに来る頃かなと思っていたら、やって来たのは朝から元気いっぱいのブレイズだった。まず入口の布を大きく捲ると、外の光を容赦なくテント内に取り込む。そして眩しさで身じろぎするアキトに、今度は力強く声をかける。流れるような効率の良い起こし方には、ある種の慣れを感じた。ブレイズがいつも起こして回っているんだろうか。

「アキト、起きてー!」

 弾かれるように勢いよく、アキトは飛び起きた。よほど熟睡していたんだろうか。

「うわ、びっくりした。寝起き良いね、アキト」
「あ、ごめん…おはよう、ブレイズ」

 寝起きの良いアキトが普通に会話できている事を確認すると、ブレイズはあっさりとテントから出て行った。

 今度はウォルターを起こすブレイズの声が、隣のテントから聞こえて来る。会話が成立していない辺り、ウォルターを起こすのは苦戦しそうだな。聞こえてくるブレイズとウォルターのどこか噛み合わないやりとりに、アキトは楽し気に笑った。

「おはよう、アキト」

 声をかければパッと振り返ったアキトは、何故かそのまま固まってしまった。一体、どうしたんだ。俺はテントの隅で小さくなったまま、軽く首を傾げた。

「おはよ、ハル。なんでそんなにちっちゃくなってるの?」
「テントは狭いけど、アキトの近くにいたかったから…かな」

 このチームのメンバーを信頼していないわけではないけれど、どうしても一人にはしたくなかった。これは、ただの俺のわがままだ。自覚してしまうと恥ずかしくなってきて、俺は照れ笑いを浮かべながらも素直にそう口にした。

「そ、そっか。えっと俺は気にしないから、無理にちっちゃくならなくても良いからね」

 優しいアキトの言葉に、俺は笑みを浮かべて頷きを返した。



 ルセフが作った彩りの良い朝食を、ブレイズとアキトは褒めちぎりながら平らげた。言葉を惜しまず誉められた上に、これだけの食べっぷりを見せられたら料理人としても本望だろうな。

「あー、年上二人にもこれぐらいの可愛げがあったらなぁ」

 なんて言いたくなるルセフの気持ちも分からなくも無い。

「本当に俺らが褒めちぎったら、黙れって言うだろ、お前」
「な、何なら睨みつけられるよな」

 年上二人の言葉に、ルセフはそんな事は無いと断言した。

「そうかー?まあ、お前の飯はいつでも旨いな」
「俺本当にこのチームに入って良かったって、飯の度に思ってるよ」

 自分から話を振ったくせに、不意打ちの誉め言葉にルセフは顔を真っ赤にして目を反らした。こういう所は年相応な感じがするな。

 俺は微笑ましい気持ちで、チームの朝食を見守っていた。



 全員揃っての朝食が終わると、今度はテントの解体に取り掛かる事になった。設営よりも撤去の方が苦手だという奴は、意外と多い。アキトもその内の一人だったようだ。

 手順を詳しく説明し重要な場所は指差しながら教えていったが、これがなかなか上手く伝わらない。かと言って、ここが違うという場所も特に見つけられずにいた。

 指示通りに丁寧に作業をしてくれているのに、アキトが畳んだテントは明らかに袋よりも大きかった。

「あれ、袋に入らない…」

 袋に入れようとして失敗に気づいたアキトは、しょんぼりと肩を落としている。

「たたむ時に入った空気のせいかな」

 手順に間違いは無かったし、空気を抜く作業も何度も繰り返した。それでも言葉だけでは、どうしても伝わらない現状が悔しかった。

「…言葉でしか教えられないのが本当に残念だ」

 そんな言葉がぽろりとこぼれてしまう。アキトは小さく首を振ってから、もの言いたげにちらりと俺を見た。ああ、そんな心配そうな顔をさせたいわけじゃないのに。

 ごめんと口を開こうとした時、すたすたとファリーマが近づいてきた。

「アキト、代わるから見てて」
「あ、ファリーマさん、ありがとうございます」

 ファリーマは慣れた様子で、手早くアキトのテントをもう一度広げてみせた。

「こうやって、ここがポイントだ」

 説明しながらも手早く畳んでいくファリーマに、複雑な気持ちになってしまう。ああ、手があれば、俺も説明しながらやってみせることができたのにな。そんな事を、つい考えてしまう。

「慣れたら簡単だから、アキトもすぐにできるようになるよ」
「次は頑張ります」
「ああ、まあ無理せずに何日か掛けて覚えれば良いよ」
「ファリーマさん。ありがとうございました」
「ああ、これくらい気にするな」

 爽やかに去っていくファリーマの背中を見つめていると、受け取ったテントを鞄の中に押し込んだアキトはぐるりと周りを見渡した。それぞれが忙しそうに作業しているのを確認してから、アキトは俺の方を見つめてそっと口を開いた。

「ハル。俺は今までいっぱいハルの言葉に助けられてきたんだよ」
「アキト…」
「だからさ…言葉でしかとか言わないで欲しい。ありがとうっていつも感謝してる」

 周りに聞こえないように小さな声で告げられた言葉に、俺は大きく目を見開いた。もし生身の肉体があったら、きっと涙を堪えられなかったと思う。ああ、駄目だ。泣きそうな顔なんてしていたらアキトにまた心配させてしまう。俺は無理やり笑みを浮かべてみせた。

 どういたしましてと、いつものように感謝を受け入れる事はできなかった。

 出会ってから今まで、俺だって何度もアキトの言葉にアキトの存在に救われてきたよ。

「うん、こちらこそありがとう」

 その言葉に全ての気持ちをこめて、俺はアキトをじっと見つめ返した。

「アキトー行くよー!」
「はーい!」

 用意ができたらしいルセフから声がかかると、アキトは歩き出す前に心配そうに俺を見上げてきた。

「もう言葉でしか、なんて言わないから」

 決意を込めてそう伝えれば、アキトは安堵の息を洩らした。

「今日もよろしくね」

 笑顔でそう告げれば、アキトも満面の笑みを返してくれた。



 爽やかな空気に満ちた朝の森の中を、あれこれと会話をしながらチームは進んで行く。

 ブレイズと並んで歩いているアキトも今日は楽しそうだなと見つめていると、ふとアキトの視線が一カ所で止まった。きちんと歩き続けてはいるけれど、少しずつ遅れている辺りが何とも分かりやすい。

「あれはバーキス草だね。特に腹痛に効く薬草の一種で、中級の図鑑に載ってたやつだよ」

 余計なお世話かなと思いながらもそう声をかければ、アキトは目を輝かせながら小さくお辞儀をしてくれた。そうか、こういうちょっとした情報ならそ伝えても邪魔にはならないのか。それならとアキトの視線が止まる度に、俺は張り切ってあれこれと情報を伝えた。

 ちょっと張り切りすぎたかもしれないが、アキトはずっと楽しそうに聞いてくれていたから良しとしよう。



 移動中の森の中には、魔物の気配もたくさんあった。だが、俺が口を挟むまでも無く、チームはきっちりと魔物に会わない道を選んで進んで行く。リーダーのルセフの探知能力は、かなりのものみたいだ。

 無駄な戦闘が無ければそれだけ疲労も貯まりにくくなるし、疲労が貯まりにくくなれば移動速度も必然的に速くなる。

 ストイン湖に辿り着いたのは、俺が計算していたよりもかなり早い時間だった。

 まず目に飛び込んできたのは澄み切った水を湛えた湖と、わずかばかりの平地、そして鬱蒼とした木々に覆われた森だった。

「今の所、魔物の気配は無いな」
「よっしゃ!」

 リーダーがそう言った瞬間、チームのメンバーはバラバラに散らばっていった。木々の所に向かったウォルターは、きっとテントを設営するための場所をどこにするかを確認しに行ったんだろうな。そんな事を考えていると、ブレイズが嬉しそうにアキトに声をかけた。

「なあ、アキト、湖見に行こう!」
「あ、うん!」

 まっすぐ湖へと近づいていく二人を、俺も少し遅れて追いかける。湖の近くまで辿り着いた二人は、まるで仲の良い兄弟のように並んで水面を覗き込んだ。

「うわー!」
「綺麗だー!」

 二人の後ろからそっと覗いてみれば、確かに歓声をあげたくなるような綺麗な湖だった。底にある藻や水草まで視認できる水の透明度は、他の湖と比べてもかなりのものだ。これは調査さえ済めば、飲用水にも利用できるかもしれないな。

「おーい、満足したら集合してくれー」

 リーダーの言葉で、散っていたメンバーがもう一度集合する。一度自由に行動する時間を取るのは、冒険者の持つ好奇心を満たすためだろうか。

「皆、お疲れ様!」
「お疲れー」
「お疲れ様です」
「お疲れ、無事に辿り着けたな」
「ああ…ちょっと魔物の気配が無さすぎるのが気になるんだがな…」
「それもそうだな」

 さっきからそれは、俺も気になっていた点だ。

 冒険者があまり来ない場所というのは、どうしてもそれだけ魔物が多くなる。これはどんな場所でも間違いなく当てはまる絶対の法則だ。それなのにこの湖の近くには、魔物の気配が無さすぎる。そうなった要因が、絶対に存在している筈だ。

「事前に討伐のためだけの依頼も出ていた筈だから、そいつらが張り切っただけならまあ良いんだけどな」

 そう呟いたルセフは、眉間にしわを寄せたまま辺りを見渡していた。

 年上組はもうひとつの可能性にもきっと気づいているが、誰も口にはしなかった。冒険者はこういう時に、口にして現実になる事を恐れるからだ。

 可能性としては二つ。討伐依頼で張り切った冒険者がいたか、もしくは、辺りの魔物を制圧できる程の強い魔物が出没しているかだ。
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