上 下
142 / 1,103

141.【ハル視点】野営地の星空

しおりを挟む
 どんどん暗くなっていく中ブレイズとアキトがまかされたのは、魔物避けの設置という野営には欠かせない仕事だった。

 野営の必需品である魔物避けには特殊な加工がされており、一晩かけてじっくりと燃える。これを野営地の四隅に配置して火をつければ、ある程度の強さまでの魔物は寄って来れなくなるというものだ。

「そんな便利なものがあるんだ」
「うん、でもあまり広範囲だと効果が薄れるし、移動しながら使ってもあんまり意味が無いらしいよ」
「そうなの?」

 物珍しそうに言っているが、実はアキトの鞄の中にも魔物避けはある。冒険者装備を集めた時にしっかりと買ってあるから持っているんだが、アキトはまだ野営をしたことがないからそういえば説明はしていなかったな。

「野営地は、広さもだいたい一緒なんだ」
「それはこの魔物避けのため?」
「うん、だからどの野営地でも、四隅に置けば大丈夫だよ」

 アキトがそっと地面に魔物避けを置くと、ブレイズはすかさず片手に持っていた松明の火を近づけた。端だけに火がついた事に驚いたのか、アキトはまじまじと魔物避けを見つめている。

「加工の段階で、端にしか火が着かないようになってるんだよ」

 こっそりとそう教えればアキトは小さく頷いてから、何故かくんくんと鼻を動かした。

「全然臭くないんだね…?」

 あまりに不思議そうに呟かれたその言葉に、ブレイズも俺も思わず噴き出してしまった。さっきからなんだか神妙な顔をしていると思っていたら、まさか魔物避けの臭さを気にしていたなんて思ってもみなかった。

「人には感じ取れない匂いなんだ」
「そうなんだ」

 何とか説明を続けるブレイズに感心しながら、俺も必死で笑いを飲み込みながら二人の会話に耳を傾ける。

「うん、そんなに臭かったら野営できないよ」
「根性で我慢するのかと思って」

 真顔で放たれた根性で我慢という予想外の言葉に、俺とブレイズは今度は盛大に噴き出してしまった。止まらない笑い声のせいで、アキトには思いっきり睨まれてしまったけれど、冒険者なら全員笑うと思うよ。



 いくら便利な道具とはいっても、魔物避けを信用して見張り番を立てないなんて事は、よほどの初心者か愚か者でない限りあり得ない事だ。幸いこのチームは、そのどちらでも無かった。

 アキトの担当は一番最初で、ウォルターと組む事に決まった。

 アキトにはまだ言うつもりは無いけれど、見張り番の順番というのはどうしても最初と最後が楽になる。まとまった睡眠時間を取る事ができるのは、どうしても最初か最後だからだ。野営に慣れないアキトへの気遣いに、俺はこっそりとチームの全員に感謝した。



 初めての見張り番ということで、アキトは緊張しきっていた。ウォルター以外が全員テントに行ってしまってからも、その場に立ち尽くす程の緊張っぷりだ。 

「アキト、こっちに座ると良い」

 見かねたウォルターがそう声をかけていなかったら、もうしばらくはあのままだったかもしれない。

「そんなに緊張しなくて良いからな。魔物が来たら叫べば良いだけだ」
「ありがとうございます」
「おう」

 起きてさえいれば何をしてても良いと言われたアキトは、やる事が思いつかないのか困った顔をして切り株に座っている。さすがにこの暗さに焚火の灯りだけでは、本は読みにくいだろうな。

「ちなみに俺は今から盾の手入れをするぞ。それが日課でな」

 ウォルターと同じく俺もこういう時は一から装備品の手入れをする派だったが、アキトは全てを浄化魔法で綺麗にしてしまうから手入れの必要が無いんだよな。

 時間つぶしに関してはろくな助言ができそうに無いなと見つめていれば、アキトはそっと夜の森へ視線を向けた。

 何か興味深いものでもあったんだろうかと気軽に距離をつめた俺は、不意にアキトの手が小刻みに震えていることに気づいてしまった。

 虫の鳴き声や、夜行性の動物や魔物が移動している音は、俺にとってはそこにあって当たり前のものだ。むしろ無音の森の方が、きっと不気味に感じると思う。そんな俺でも、初野営の時に感じた夜の森への恐怖心は、おぼろげながら覚えている。

「アキト、ちょっと周りの探索をしてくるね」

 そう声をかけると、俺はすぐに野営地の外へ向かって歩き出した。少しでも良いから、アキトの恐怖心を減らしてやりたいと思ったからだ。



 夜の森の中を、物音のした方角を目指して一気に駆け抜ける。生身なら草や枝でたくさん擦り傷ができるだろう荒れた森の中だが、霊体の俺には全く関係が無い。

 色んなものをすり抜けながら駆け抜けていくと、木々の間に立派な角のある大きな鹿の姿が見えた。さっきの物音を立てたのは、おそらくこの鹿だろう。茂みを揺らしながら悠々と歩いている鹿は、体格こそ大きいが魔獣化もしていないただの動物だ。

 無事に確認を終えた俺は、くるりと踵を返した。これでアキトに大丈夫だと胸を張って言えるな。

 元来た道をまっすぐ戻っていけば、野営地の上に広がる見事な星空が目に飛び込んできた。ああ、あれはアキトも喜ぶかもしれないな。そんな事を考えながら野営地に入って行くと、アキトは盾の手入れをじっと見つめていた。

 俺の姿が視界に入るなり、ホッとした顔をしてくれるアキトの反応に嬉しくなってしまう。
 
「近くにいたのは動物くらいで魔物はいなかったよ、だから安心して良いよ」

 そう伝えれば、アキトはにっこりと笑みを浮かべた。今の笑みの意味はきっと『ありがとう』だろうな。そう推測した俺は、いつも通りにどういたしましてと言葉を返した。

 そうだ、さっき見つけた見事な星空を教えようと俺は口を開いた。

「ねえ、アキト」

 俺はそっとアキトの隣に立つと、悪戯っぽく笑ってみせた。

「空を見てごらん?」

 言われるがままに空を見たアキトは、そこに広がる満天の星空を見上げてキラキラと目を輝かせた。

「わー」

 思わず出たといった感じの感嘆の声が、アキトの心情を伝えてくる。やっぱり喜んでくれたみたいだ。

「綺麗だったからアキトにも見て欲しくて」

 森の中では枝に遮られて星はあまり見えないものだが、野営地だけは木々を切り倒しているおかげで邪魔な枝が存在しない。その分綺麗な星空が見れるというわけだ。

 満点の星空に見入っているアキトは、言葉も無くただ口を開いたまま空を見上げている。それほど気に入ってくれた事が単純に嬉しかった。

 これで少しでも気がまぎれると良いなと思いながら、俺はじっと空を見上げるアキトの横顔を眺めていた。
しおりを挟む
感想 315

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

氷の華を溶かしたら

こむぎダック
BL
ラリス王国。 男女問わず、子供を産む事ができる世界。 前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。 ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。 そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。 その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。 初恋を拗らせたカリストとシェルビー。 キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?

平凡モブの僕だけが、ヤンキー君の初恋を知っている。

天城
BL
クラスに一人、目立つヤンキー君がいる。名前を浅川一也。校則無視したド派手な金髪に高身長、垂れ目のイケメンヤンキーだ。停学にならないせいで極道の家の子ではとか実は理事長の孫とか財閥の御曹司とか言われてる。 そんな浅川と『親友』なのは平凡な僕。 お互いそれぞれ理由があって、『恋愛とか結婚とか縁遠いところにいたい』と仲良くなったんだけど。 そんな『恋愛機能不全』の僕たちだったのに、浅川は偶然聞いたピアノの演奏で音楽室の『ピアノの君』に興味を持ったようで……? 恋愛に対して消極的な平凡モブらしく、ヤンキー君の初恋を見守るつもりでいたけれど どうにも胸が騒いで仕方ない。 ※青春っぽい学園ボーイズラブです。

処理中です...