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141.【ハル視点】野営地の星空

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 どんどん暗くなっていく中ブレイズとアキトがまかされたのは、魔物避けの設置という野営には欠かせない仕事だった。

 野営の必需品である魔物避けには特殊な加工がされており、一晩かけてじっくりと燃える。これを野営地の四隅に配置して火をつければ、ある程度の強さまでの魔物は寄って来れなくなるというものだ。

「そんな便利なものがあるんだ」
「うん、でもあまり広範囲だと効果が薄れるし、移動しながら使ってもあんまり意味が無いらしいよ」
「そうなの?」

 物珍しそうに言っているが、実はアキトの鞄の中にも魔物避けはある。冒険者装備を集めた時にしっかりと買ってあるから持っているんだが、アキトはまだ野営をしたことがないからそういえば説明はしていなかったな。

「野営地は、広さもだいたい一緒なんだ」
「それはこの魔物避けのため?」
「うん、だからどの野営地でも、四隅に置けば大丈夫だよ」

 アキトがそっと地面に魔物避けを置くと、ブレイズはすかさず片手に持っていた松明の火を近づけた。端だけに火がついた事に驚いたのか、アキトはまじまじと魔物避けを見つめている。

「加工の段階で、端にしか火が着かないようになってるんだよ」

 こっそりとそう教えればアキトは小さく頷いてから、何故かくんくんと鼻を動かした。

「全然臭くないんだね…?」

 あまりに不思議そうに呟かれたその言葉に、ブレイズも俺も思わず噴き出してしまった。さっきからなんだか神妙な顔をしていると思っていたら、まさか魔物避けの臭さを気にしていたなんて思ってもみなかった。

「人には感じ取れない匂いなんだ」
「そうなんだ」

 何とか説明を続けるブレイズに感心しながら、俺も必死で笑いを飲み込みながら二人の会話に耳を傾ける。

「うん、そんなに臭かったら野営できないよ」
「根性で我慢するのかと思って」

 真顔で放たれた根性で我慢という予想外の言葉に、俺とブレイズは今度は盛大に噴き出してしまった。止まらない笑い声のせいで、アキトには思いっきり睨まれてしまったけれど、冒険者なら全員笑うと思うよ。



 いくら便利な道具とはいっても、魔物避けを信用して見張り番を立てないなんて事は、よほどの初心者か愚か者でない限りあり得ない事だ。幸いこのチームは、そのどちらでも無かった。

 アキトの担当は一番最初で、ウォルターと組む事に決まった。

 アキトにはまだ言うつもりは無いけれど、見張り番の順番というのはどうしても最初と最後が楽になる。まとまった睡眠時間を取る事ができるのは、どうしても最初か最後だからだ。野営に慣れないアキトへの気遣いに、俺はこっそりとチームの全員に感謝した。



 初めての見張り番ということで、アキトは緊張しきっていた。ウォルター以外が全員テントに行ってしまってからも、その場に立ち尽くす程の緊張っぷりだ。 

「アキト、こっちに座ると良い」

 見かねたウォルターがそう声をかけていなかったら、もうしばらくはあのままだったかもしれない。

「そんなに緊張しなくて良いからな。魔物が来たら叫べば良いだけだ」
「ありがとうございます」
「おう」

 起きてさえいれば何をしてても良いと言われたアキトは、やる事が思いつかないのか困った顔をして切り株に座っている。さすがにこの暗さに焚火の灯りだけでは、本は読みにくいだろうな。

「ちなみに俺は今から盾の手入れをするぞ。それが日課でな」

 ウォルターと同じく俺もこういう時は一から装備品の手入れをする派だったが、アキトは全てを浄化魔法で綺麗にしてしまうから手入れの必要が無いんだよな。

 時間つぶしに関してはろくな助言ができそうに無いなと見つめていれば、アキトはそっと夜の森へ視線を向けた。

 何か興味深いものでもあったんだろうかと気軽に距離をつめた俺は、不意にアキトの手が小刻みに震えていることに気づいてしまった。

 虫の鳴き声や、夜行性の動物や魔物が移動している音は、俺にとってはそこにあって当たり前のものだ。むしろ無音の森の方が、きっと不気味に感じると思う。そんな俺でも、初野営の時に感じた夜の森への恐怖心は、おぼろげながら覚えている。

「アキト、ちょっと周りの探索をしてくるね」

 そう声をかけると、俺はすぐに野営地の外へ向かって歩き出した。少しでも良いから、アキトの恐怖心を減らしてやりたいと思ったからだ。



 夜の森の中を、物音のした方角を目指して一気に駆け抜ける。生身なら草や枝でたくさん擦り傷ができるだろう荒れた森の中だが、霊体の俺には全く関係が無い。

 色んなものをすり抜けながら駆け抜けていくと、木々の間に立派な角のある大きな鹿の姿が見えた。さっきの物音を立てたのは、おそらくこの鹿だろう。茂みを揺らしながら悠々と歩いている鹿は、体格こそ大きいが魔獣化もしていないただの動物だ。

 無事に確認を終えた俺は、くるりと踵を返した。これでアキトに大丈夫だと胸を張って言えるな。

 元来た道をまっすぐ戻っていけば、野営地の上に広がる見事な星空が目に飛び込んできた。ああ、あれはアキトも喜ぶかもしれないな。そんな事を考えながら野営地に入って行くと、アキトは盾の手入れをじっと見つめていた。

 俺の姿が視界に入るなり、ホッとした顔をしてくれるアキトの反応に嬉しくなってしまう。
 
「近くにいたのは動物くらいで魔物はいなかったよ、だから安心して良いよ」

 そう伝えれば、アキトはにっこりと笑みを浮かべた。今の笑みの意味はきっと『ありがとう』だろうな。そう推測した俺は、いつも通りにどういたしましてと言葉を返した。

 そうだ、さっき見つけた見事な星空を教えようと俺は口を開いた。

「ねえ、アキト」

 俺はそっとアキトの隣に立つと、悪戯っぽく笑ってみせた。

「空を見てごらん?」

 言われるがままに空を見たアキトは、そこに広がる満天の星空を見上げてキラキラと目を輝かせた。

「わー」

 思わず出たといった感じの感嘆の声が、アキトの心情を伝えてくる。やっぱり喜んでくれたみたいだ。

「綺麗だったからアキトにも見て欲しくて」

 森の中では枝に遮られて星はあまり見えないものだが、野営地だけは木々を切り倒しているおかげで邪魔な枝が存在しない。その分綺麗な星空が見れるというわけだ。

 満点の星空に見入っているアキトは、言葉も無くただ口を開いたまま空を見上げている。それほど気に入ってくれた事が単純に嬉しかった。

 これで少しでも気がまぎれると良いなと思いながら、俺はじっと空を見上げるアキトの横顔を眺めていた。
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